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第1章プロローグ「決戦」

 ──対峙する両軍。

 人間達の正面には、天に向かって伸びる、巨大な城が待ち構えている。その尖塔は雲を貫くほど高く、その壁は山を思わせるほど厚く、城全体が異様な威圧感を放っている。

 魔族達の背後には、彼らの守るべき城がある。その重厚な存在感は、彼らの拠り所であり、彼らの誇りである。この城を失う事はそれ即ち、彼らの敗戦を意味するのだった。


 整然と整列した我々は、自らを鼓舞する様に、敵を威圧する様に、天に向かって叫び、吠え、寸分違わず揃った足踏みで大地を震えさせ、盾と盾とをぶつけ、槍穂(やりほ)を打ち付け、獣の様に狂った声を響かせた。恐怖を打ち払う様に。

 遠く向かいに群れている、敵軍の魔獣達はピクリとも動かない。かと言って、気圧された風でもない。少なくとも、戦意の喪失とは無縁の様子である。

 その余裕が、我々を意固地にさせた。


「もっと声を張り上げろ!魔族どもを震え上がらせろっ!!」


 鮮やかな羽飾りを付けた百人隊長(ケントゥリオ)が、怒りとも焦りとも取れぬ表情で怒鳴った。

 前方を見遣れば、旗手(シグニフェリ)が巨大な軍団旗を一心不乱に振っている。

 我々は声が()れるも(いと)わず更に叫び、足踏み、土を踏み締め、(ピルム)(スクトゥーム)を掲げ、ぶつけ、大地を揺らした。


「──精鋭アリラハン王国軍第7軍団(レギオー)、此処にあり!勇者様が率いし英傑の軍とは、まさしく我らの事よ!敵の血だろうが(おの)が血だろうが知った事か!戦場を血に染め彩り飾るこそ我らが本分よ!ここで散らずして何とする!?華々しく花と散ってやろうではないか!王国最強と(うた)われし我らが勇姿、魔族どもにも他国の軟弱者どもにも、とくと見せつけてやろうぞ!これより先は本物の死地!人生最後の晴れ舞台よォ!!兵士諸君──否、戦友諸君!死ぬ覚悟は良いかァ⁈えいえい──」


「「「──オォォォォ!!」」」


 老練と言うにはほど遠い、若々しい軍団長(レガトゥスレギオニオ)が声を張り上げた。彼の前任は、つい数日前の戦闘で命を落としたばかりだ。

 常に戦いの中に身を置くアリラハン王国第7軍団。そしてその先頭に立つ第7軍団長は、王国軍に於いて他の追随を許さぬ高い戦死率を誇る。国王から第7軍団長のポストを拝命する事は、アリラハンの武人にとって他に代え難い誇りであると同時に、死刑宣告にも等しかった。しかしそれ故に彼らは名誉を与えられ、兵士も彼らを信じる。

 勇敢な兵士達から、勇敢な軍団長へ──これぞ快哉(かいさい)、とばかりに兵士達は全力の(とき)の声で応える。


「見よ、眼前(がんぜん)の魔王軍を!奴らこそ憎っくき宿敵ぞ…我々の滅ぼすべき敵ぞ…!おお見よ、眼前の禍々しき城を!あれこそ敵の本丸ぞ…落とすべき城ぞ…敵の首魁(しゅかい)──魔王はそこに…!今こそ一世一代の大勝負、最終決戦、長き戦に終止符を打つ時…っ!!何人(なんびと)たりとも我々を制止するに(あた)わず!ここで死なずして、何処(いずこ)で死なんとす⁈聖戦の最後こそ、我ら精鋭、アリラハン王国軍第7軍団の死に場所よォ!!」


 幾分か芝居がかった軍団長の声に、兵士達は更に応える。


「偉大なる我らが最高神よ、勇ましき我らが軍神よ、我ら人の子を護り給え…!武運を授け給え…!…何があっても止まるなよ!…前進!!」


 軍団長の号令に合わせて、鼓笛隊のドラムとラッパと涼やかな笛の音が、リズミカルで勇ましい音楽を奏でる。

 我々を死地へと駆り立てる残酷な死のメロディーが、これほども明るく軽快で良いのだろうか。


 …文句を言おうが言うまいが、我々兵隊はドラムの音に合わせて綺麗に整った足踏みをしてしまう。キンと尖った笛の音に合わせて、同じ歩幅で前に進んでしまう。

 これは条件反射だ。兵士はそういう風に躾けられているものなのだ。

 兵士とはそういう、悲しい生き物なのだ。


 それに、我々を先導する鼓笛隊(ハーメルン)は、我々よりも先頭を歩いているのだ。

 彼らこそ最も危険に身を晒しているのに、見棄てて逃げられる輩などいるはずもない。


 …しかし、無粋者はいつでも存在するものだ。


 それも、絶妙なタイミングで。


「──待たれよ!おおい!!この部隊を指揮しておられるのは、どなたであらせられるか!?」


 前進する部隊の後方から、二頭の馬が急いで追いかけてくる。

 先頭の男は、存在感を放つ立派な甲冑から察するに、かなり高貴な身分の人間であろう。

 後ろの男も──護衛か何かであろうか──これまた立派な鎧を身に(まと)っている。


 たかが一兵卒の集団に過ぎぬ我々相手に、彼が曲がりなりにも敬意を払うのは、何よりも我々が“勇者様の率いる軍”である事が理由。

 アリラハン王国軍は、我々精鋭部隊であろうと、(たと)い徴兵された農民達で構成された二線級部隊であろうと、勇者様麾下(きか)の“英雄の軍”という事になっているのだ。


「我が名はペルディリア国王の四男にして、ペルディリア王国遠征軍第5軍指揮官、フェリド・ペルディリア・アンギュスフである!陛下の御命にて、貴国軍──アリラハン王国軍──への使いとして参った次第!再びお尋ねするが、指揮官はどなたか!?…もしや、勇者様でございますか⁈それとも他の尊きお方か!?どなたであろうと、御前参上仕りたい!」


 余程急ぎの用なのか、それとも彼がせっかちな気質なだけなのか、隣国の第四王子は優雅に馬から降りると、手近な兵士に詰め寄った。

 だが、哀れな兵士が困惑した顔で首を横に振っている間に、主席百人隊長(プリムス・ピルス)が、どこからともなく駆けつけてきた。


「止まれェェ!全軍、その場にて停止っ!!」


 同時に、一時停止の号令が下され、軽快な音楽も止んだ。


「ペルディリアの第四王子殿下とは、あなた様の事でしょうか⁈一体如何なる御用で⁈…我らアリラハン王国軍第7軍団は、現在は軍団長が指揮を執っておりますが!」


「勇者様はいらっしゃらないのか??」


「…勇者様?大将軍閣下(インペラートル)の事を指しておられるのですか?」


「無論だ!」


「それならば、勇者様はいらっしゃいません!」


 不可思議だ、と王子は首を傾げる。同時に、苛立ちからか眉間に皺が寄った。


「では、何故貴様らは突撃している?勇者様が直々に率いておられるならば、まだその意味も理解出来たのだが…貴様らの独断か??上から通達は受けていないのか?事前に取り決めてあったはずだ、全軍で一斉に突撃をかける、と。大事な一戦で、この様に和を乱す行為は控えていただきたい…!」


「いえ、恐れながら申し上げますが…これは独断専行などではなく、命令を受けての正式な作戦行動です。我が軍団は、他の軍に先んじて突撃するように厳命されております!」


「…勇者様に、か?」


「いえ、勇者様ではありません!」


「貴国の、貴様ら以外の軍団は動いていない様に見受けられるが?たかが一個軍団に無謀な突撃をせよ、と本当に貴国の上層部は命じたのか!?…犬死にだぞ!?今ならまだ間に合う…!直ぐに退却して、本来の作戦通りに行動せよ!」


「…失礼ながら、それはどの様なお立場からのお言葉でございましょうか?我々はアリラハン王国軍です。他国の王族に指図されるなど──」


「──何だ?過ぎた干渉だとでも言いたいのか…?」


 主席百人隊長に今にも襲いかかりかねない王子を、後ろからもう一人の男が宥める様に抑える。

 彼は、主の代わりとばかりに口を開いた。


「…確かに我々ペルディリアの人間に、アリラハン王国軍に命令する権利はございません。しかし今は越権なぞと言っておる場合ではないでしょう!?各国で協力して戦だという時に、現にあなた方は足並みを乱しておられるではないですか!我々にも苦言の一つも申す権利がありましょう」


「あなた様の主張も尤もですが、我々にも我々の立場というものがあります。それをご理解願いたいのです。我々は命令に従うのみです」


「そうですか…はあ…結構。つまり、あなた方に何を言っても、どうしようもないという事ですな。…では、その様な馬鹿げた命令をなさったのは一体誰です?」


 呆れた様にそう訊ねた彼の、その質問は、彼の予期せぬ相手から回答を得る羽目になった。


「──“馬鹿げた命令”?それは私が下した命令の事を指して、その様に仰っているのかしら?」


 ハッとした彼が後ろを振り向くよりも先に、背後から気配も無く接近していた女性が、ぽん、とその肩に手を置いた。

 彼の表情は、次第に引き攣っていく。それは、恐怖と焦りから。


「こ、この声は…リ、リアナ・ディア殿でしょうか…?」


「そう思う?」


 彼女は、フッと甘ったるい息を彼の耳に吐きかけた。

 彼は振り返る事が出来ない。


「勇者様のお仲間である、大魔導士のリアナ・ディア殿…でございましたか…」


 王子は我に返り、片膝を地に付けると、(こうべ)を垂れた。


「まあ、間違っちゃいないけど…今はアリラハン王国軍大将軍代理のリアナ・ディアよ」


 燃える様な赤い髪を二つに括った、正直言って戦場には似つかわしくない格好の女性は、にんまりと微笑んだ。


「さっきから好き放題言ってくれてたけど、私の作戦に何かご不満でも?」


 滅相もございません、と二人の男は首をブンブンと横に振った。


「知恵者で名の知れておられるリアナ・ディア殿相手に、私の如き凡人が何の不満など申せましょうか。きっと、才無き者にはあずかり知れぬ深謀遠慮があってのご判断なのでしょう」


「へえ、良く解ってるじゃない。じゃあ用は無いわね。どうぞお帰りはあちらから~」


 適当にあしらおうとする彼女相手に、王子はグッと拳を握り締めつつ反駁(はんばく)した。


「リアナ・ディア殿の作戦自体に関しては、我々はもう何も申しません。しかし、事前の各国の取り決めを破るならば、それなりの礼儀というものがあるのではないでしょうか…!」


「ほぉ…なかなか言うじゃない」


 リアナ・ディアの笑みが深まる。

 王子は恐怖を感じつつも、今更後には退けない。


「作戦計画に無い動きをなさるのなら、せめて他国の混乱を招かぬよう、事前に通告する等の心配りをなさっては如何でしょうか。アリラハン王国軍だけで戦争しているのではないのですから。…我々だって、微力ながらも命懸けで戦っているのです…」


 振り絞る様に口に出されたその言葉が、彼女にとっては意外だったのだろうか、リアナ・ディアは暫く黙ったままだった。


「──あなたの言う通り、敬意が足りていなかったわね。確かに、もう少しやり(よう)はあったでしょうに。…申し訳ない」


 後悔と共に冷や汗がドッと後から出てきていた王子だったが、意外にも彼に投げかけられた言葉は、謝罪とも受け取れるものであった。


「ただ、誤解しないでもらいたいのは、私だって好きでこんな事をしてる訳じゃないって事。理由も無く好き勝手してるんじゃないの。それだけは解って欲しい」


「それはそうでしょうが…」


「まあ、説明されなきゃ納得もいかないでしょうね。…でもね、私が各国で話し合って事前に決めた作戦を蹴って独断専行したのは──当然だけど──戦略的意義あっての事だからね?…ここだけの話、我々の作戦は敵に漏れてるわ。つまり、私の行動は突飛で奇異に思えるかもしれないけど、全て情報漏洩を防ぐために理由を話さないだけで、ちゃんと意味のある事なの」


「作戦が…漏れている…?」


 あり得ない、とでも言いたげな表情で王子は目を見張った。


「あり得ません…知る者は、信用出来る一部の人間に限られています。裏切る様な者はいませんよ。…そもそも、その必要性がありません」


「そう、裏切る様な者はいない…はずだった。でも、確かに情報は漏れている。情報を漏らしている者がいる。確かに機密は漏れてる。事実として、裏切り者はいる」


 彼女はそう断言した。


「本来の作戦では、全軍で一斉に突撃し、一気呵成(いっきかせい)に勝利をもぎ取る手筈だった。右翼と左翼に足の遅い重装歩兵を配置し、中央には軽装の歩兵を中心に配置。騎兵等の機動力のある兵科は後方にて待機。敢えて中央を突出させる事で、わざと包囲され、薄くなった敵側面に集中的に機動戦力を投入。無理矢理側面を突破し、裏から回って逆包囲。…敢えて包囲される事で敵の縦深を薄くし、それの突破を容易にし、逆包囲を仕掛けるというかなりリスキーなもの。失敗すれば全滅必至だし、成功しても、仮にも包囲される訳だから、犠牲は大きいでしょうね。まあ、こんな一か八かの作戦、敵の虚を突けなきゃ上手くいきっこないのよ。スパイから情報が漏れちゃってるから、十中八九失敗するわね」


「そんな…では、我々はどうすれば──」


「──だから私が独断専行したんじゃない。全滅を防ぐために、私達が動いてるんでしょ。情報漏洩を防ぐために、他国には秘密で、アリラハン王国軍だけで。100万人が死ぬよか、5千人が死ぬ方がマシだから。身体を張って、命懸けで囮になりに行くんじゃない。時間稼ぎするのよ。本命の策が上手くいくまでの間、無駄な犠牲を増やさないために、私達が犠牲になるの。だからね、邪魔しないで」


「時間稼ぎ…本命の策が…何か策があるのですか!?」


 リアナ・ディアは、小さく頷いた。満面の笑みで。

 そして、彼女はそれまでとは打って変わって真剣な表情になると、高らかに宣言した。


「アリラハン王国軍大将軍代理リアナ・ディアより、ペルディリア王国遠征軍第5軍指揮官フェリド・ペルディリア・アンギュスフに通達する。“アリラハン王国軍第7軍団の行動は大将軍代理と軍団長の暴走によるものであり、アリラハン王国軍全体の意思とは反するものである”。よって、ペルディリア王国軍全軍はアリラハン王国軍の行動を静観し、下手に動く様な事のないようにされたい。また、各国にも同じ旨を報せられたい。以上」


 リアナ・ディアはそう告げると、颯爽とマントを翻して去っていった。

 王子に出来たのは、その後ろ姿を眺める事だけだった。


 ──そしてその日、戦争は終わった。



 *



 月夜に物思いに(ふけ)る(──その様な贅沢な時間の使い方が出来るようになったのは、いつからだったろうか。

 真夜中に目が醒めた私は、取り留めのない事を考えつつ、ぼんやりと月を眺めていた。


 毎晩月を見上げて泣くかぐや姫もこんな気持ちだったのだろう、月は人の哀愁を誘う。

 哀しい色をしているからか。弱々しくもしっかりと夜を照らす光を浴びせてくるからか。


 心に浮かびゆくのは、かつての思い出。辛くも幸福だった日々。既に過ぎ去った時。

 隠居すると心まで老いてきてしまうのか、それとも本当に心が老いつつあるのか。考える事は全て過去についてであり、そこに未来の入り込む余地など無い。


 そして、そんな過去への思索から現実へと私を引き戻したのは──


「──かつて、我々はひとつでした。共に手を取り、厳しい生存競争を生き抜き、共に汗を流し、共に喜びを分かち合い、共に世界の摂理の理不尽を嘆き、共に抗い、共に兄弟愛のテーブルに着き、共に生きた仲間──同胞(はらから)──だったのです」


 その声のする方を私はハッとして振り向いた。

 常闇(とこやみ)

 先ほどまで出ていた月も、雲にでも隠れたのか。何も見えない。

 ただ、無限にも思える闇がそこにあるのみ。


 この部屋はせいぜい数畳しかない狭い部屋で、無限の闇などという大層なものが存在するはずもないのだが、そう錯覚させるほどのものがその闇の先から感じられた。

 そして同時に私は理解していた、その様に思えてしまうのは彼女──この声の主──のせいである、と。


 私はベッドの上に腰掛けていた。

 寝間着姿であった。

 闇を探る…というよりは闇そのものを精査する様に、私は目を凝らした。

 一瞬、ほんの少しだけ覗きかけた心の底の警戒心を引っ込め、私は無を装った。


 その声は続ける。

 まるで(うた)(うた)う様に。


「ですが、ある時から…我々は違う道を歩み始めました。元いた場所に残る者。新天地を求め、仲間の元を去る者。その中には私の祖先もいた事でしょう。そして、それから気が遠くなるほどの長い長い年月が過ぎていき…最初はほんの少しであった違いがどんどん大きなものとなって…終には我々は他人となりました。かつての互いの関係すらも全て忘れ去り、別の存在として生きていく事になったのです」


 再び、月が出る。


 ぼんやりとした月明かりに照らされ、私の目の前に現れたのは少女。

 薄闇の中、少女はぽつりぽつりとそう語り、一歩一歩、こちらへと歩を進める。


 美しく、そして吸い込まれていくかの様な紫色の髪の少女。

 同様に、深い深い闇の底の様で、それでいてアメジストの如く輝く美しい瞳。

 頭には小さな角が二つ。

 身長も低く、幼ささえ感じさせる容姿ながら、逆にその奥底に秘められた高い知能を伺わせる諸々の所作。

 そして圧倒的なまでの存在感。


 古い木でできた床が、彼女が歩く度にぎしりと軋む。

 その音の他には自分の心音と互いの呼吸音が微かに聴こえるのみ。


 本当に、この場には私と彼女しかいないのだ。

 遠くから微かに聴こえてくる、家畜の鳴き声の他に我々以外の生物の存在を感じさせるものはない。


「まだそれだけならば救い様もありました…互いを忘れ、別々に生きていくだけなら。でも、もっと悲惨な事が起きてしまいました。互いに剣を取り、かつての同胞と同胞が血みどろになって争う戦争が起こってしまった…そこには大義などありません。ただ、えも言われぬ虚しさのみが戦場の空に漂うだけ。憎しみは憎しみを呼び、散っていった者達の血肉は更なる仲間の死を招くだけでした。かつての同胞は…憎悪の対象、それ以外の何物でもなくなってしまったのです」


 彼女は立ち止まり、そこで一旦口を閉ざす。

 彼女が私を見つめ、私も彼女を見つめ返す。

 これが恋人同士ならば多少風情もあったのだろうが、我々はそれとは無縁であった。かと言って、敵同士のそれでもない。そこにあるのはただひたすらに、冷たくも温かい、意味を成さぬものである。

 私には心地好いとは思えぬそれだが、仕掛けてきた当の本人(少女)にとってどうかは私には判らない。


 再び、月が隠れた。

 月光に慣れた私の目は、再び暗闇の中へと放り込まれる。


「そして、戦争は終わりを迎えました…他ならぬあなた自身によって。互いに傷付き、互いに嘆き、互いに怒り、互いに憎み合った戦争が。ですが、戦いが終わっても、人々の心の中の憎悪の感情には永遠に終わりなど訪れず、これからも相手に向け続けられるのです」


 暗闇の中、目の前の手を伸ばせば触れられる距離に彼女はいた。

 音も無く、そこに彼女は佇んでいる。


「悲しい…私はそれが悲しくて堪らない…私は取り戻したいのです、かつての我々の関係を」


 しゅるる、と何かを脱ぐ音が聴こえる。

 ぱさりと布が床に落ちる音がする。


「…っ!」


 次の瞬間、私の上に何かが覆い被さってきた。


 彼女だった。


 彼女は半裸で私の上に乗っかると、私の頰をゆっくりと撫でる。

 私が彼女に押し倒されている構図である。


 何か柔らかいものが肌に触れる。

 薄い月明かりでほのかに見えるのみだが、大体彼女がどの様な体勢であるかは理解出来た。


 彼女はまたもや語り出す。


「では一体、どうすれば良いのでしょう?我々はどうすれば、また同じ道を共に歩んでいく事が出来るのでしょうか?」


「…」


 私は何も答えなかった。

 彼女は続ける。


「私はそれに関する一つの解を持っています。再び我々の友情を取り戻す方法を。それは、私とご主人様がお手本となるという事です。私は魔王の娘、ご主人様は魔王を倒した勇者。本来ならば激しく憎み合っていても不思議ではない関係でしょう。でも、その二人がもし親しくしていたら?敵対しているはずの二人が、種族を越えての友好の可能性を証明してみせたら?きっと民衆の中にも──」


「──待て」


 私は途中で制止する。


「何ですか?」


「お前が急に演説チックな事を始めたから黙って聞いていたが…つまり何が言いたい?」


「当ててみて下さい」


 彼女の声が急に悪戯っ子の様なトーンに変わる。

 シリアスムードかと思いきや、やはりただの胡散臭い演技だったか。


 まったく…面倒臭い奴だ…


 だが、私はほぼ確信していた。

 彼女の言わんとする真意を。


「要するに…あれだ。その…あれだろう?我々が手本になるとはつまり、(かい)より始めよという事で、その、つまり…k──」


「──そう、子作りですっ!!」


 あれ、おかしいな!?

 何段階かすっ飛ばしてません?!


「流石はご主人様!理解が早くて助かります!“という事で”早速子作りをば、始めちゃいましょう!!」


「軽い!子作りに対してのノリが軽過ぎる!そうやって無責任な親と不幸な子供が量産されていくんだ!」


 貧困の、正体見たり、無謀な子作り!


「大丈夫っ!私が一人で育てていきますからっ!ちゃんと幼少期から英才教育を施して、男の子なら最終的には立派な魔王に育て上げてみせます!」


 魔王!?自分の息子が魔王になるなんて、お父さん許しません!!


「あ、でも、女の子だったらどうしましょう?うーん…悩みますねぇ…」


 …


 ああ…言わざるを得ない。

 敢えて言おう…


「どうしてこうなった!?」


 どこで間違えた…?


 途中までは順調そのものだったはずだ…

 ならば何故私は魔王の娘に夜這いされて“私達の子供が生まれたら立派な魔王に育ててみせるわ!”的な事を宣言されているのだろうか?


 どこで間違えたらここまで振り回される羽目になるのだ?


「さあ、ご主人様…いきますよぉ…!」


 肉食獣の様な爛々と光る彼女の瞳を闇の中で確かに見た気がした。


 だが、ここで負けては勇者の名折れ。私は全力で迎撃を試みた。

 スコーンっという気の抜けた音と共に、我が家に再び静寂が訪れた。

「はじめまして」の方も「ふっ…また会ったな」の方も、どうもこんにちは、筆者の「guestさんが入室しました」です。

ええ、名前が長いですね。テキトーに略して「ゲストさん」とかそういう感じで呼ぶと良いんじゃないでしょうかね。たぶん。


遂に2作目、スタートです!


やっとこさ2作目に突入出来ました…やっほーい!


だって、この小説…実は前作の投稿開始の1か月後には既に書き始めていたんですが、もう長い間お蔵入り状態だったんですよコレ!かれこれ5年弱放置されていたものなんです。


てな訳で、やっとこの小説が日の目をみる事となり、親(筆者)としては非常に嬉しいのです。

(一作目が放置状態ですが、それはご愛敬ということで何卒ご容赦を)

どうぞ宜しくお願い致します。

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