第1話 ヤヌスの門は未だ開かず(1)「最近引きこもりがちだった勇者様に、出勤を促す上司のメールが届きました」
※前回までのあらすじ
[ゆうしゃ]
*「やったぞ!
ついに まおう を たおしたぞ!▽
これで やっと せかい に へいわ
が おとずれるぞ!▽
…なにっ?▽
1わめ なのに もう まおう を
たおしてるのか って?▽
わかってないなぁ…▽
いいかい?▽
…………▽
…………▽
おれたち の ぼうけん は
まだまだ はじまったばかり だ!▽
………ってヤツですよ▽
おわかり?▽」
※注釈
*黒い森
シュヴァルツヴァルトとも。ドイツのとある地域(?)の呼び名です。
分かりやす~く言えば、赤ずきんちゃんとかヘンゼルとグレーテルの舞台がこの黒い森。森と言いつつ、そこまで森でなかったり。
日本人が思い浮かべるファンタジーな光景って、大体この黒い森とそっくりだったりします。
※登場人物紹介
*カイル・アリラハン・サッカーモンド
本作主人公。
本名、坂本 珂依。
聞き間違えられてカイルとかサッカーモンドになった。
異世界に転生し、アリラハン王国唯一の勇者として魔王を倒す。
本作は魔王を倒したその後のお話である。
アリラハンの名は王から授かった。
*ドイツ軍
本作の真の主人公。勇者のラノベ主人公特有のチート能力に対抗出来るだけのチート主人公補正を有している。
真の主人公なので、ただの主人公である勇者如きには絶対に負けない事が世界の理によって確定している。
一時的に追いつめられる事もあるが、それは演出の都合上そう見えるだけであって、最終的には勝つので特に心配は要らない。
また、第二次世界大戦で負けたのも、それは演出の都合上そう見えるだけであって、既に勝っているので特に心配は要らない。
好きな軍隊はフランス軍。※ドイツ軍に毎回ボコられるが、何度も懲りずに挑んでくるモブキャラである事が世界の理により確定している。実はドイツ軍に片想いしている。
嫌いな軍隊はソ連軍。※ドイツ軍が真の主人公である以上、本作に於けるラスボスである事が世界の理により確定している。実はダークサイドに堕ちた父親である事が最終話で判明する。
そしてアメリカ軍。※ドイツ軍とは因縁のライバルだが、最後は協力して一緒にソ連軍を倒す事が世界の理により確定している。実は血を分けた兄。
更にイギリス軍。※ドイツ軍をいじめてくる悪の女幹部だが、根は優しい。最終決戦でドイツ軍を庇って死ぬ事が世界の理により確定している。
同盟軍はイタリア軍。※互いに気付いてはいないが実は両想い。つまり本作のメインヒロインである。しかし最後は闇堕ちしてドイツ軍と戦う事が世界の理により確定している。
そして日本軍。※大好きなドイツ軍先輩のために役立とうと頑張る後輩キャラ。ずっとドイツ軍が好きだったが、途中から敵であるはずのアメリカ軍が好きになってしまい、照れ隠しでウッカリ真珠湾を攻撃する。最後まで自分の気持ちに正直になれずにいたが、ソ連軍に無理矢理NTRされそうになったところをアメリカ軍に助けてもらい、最終的に結婚する事が世界の理により確定している。
*エイラ
カイルとともに住む魔族の少女。ていうか魔王の娘。
何やかんやあって今は勇者と一緒に住んでいる。
その“何やかんや”に関してはまたいずれ。
──ラスボス倒してハッピーエンド。
世の中にはその様な物語やゲーム、創作物がごまんとある。
悪者倒せて良かったね。それで終わり。
フィクションの世界ならばそれで構わないのだが、残念ながら実際にはそうはいかない。
魔王を倒しても悪堕ちした親友を倒しても龍を倒しても侵略者を倒してもそれで全てが終わる訳ではない。
またその後があるのだから。
さて、斯く言う私も“その後”を生きる人間の一人である。
私の名は坂本珂依。
21歳。
そこそこに遊び、そこそこに勉学に励み、そこそこにバイトし、就活に悩む普通の大学生であった。
であったと過去形になってしまうのには理由があって、単純に今はそうではないからだ。
名前からお察しの通り某東洋の島国出身の私だが、窓ガラスに薄ぼんやりと映る私の顔は日本人のそれではない。
西洋人の様な蒼い瞳に赤っぽい髪、童話に出てくる王子様の如き端整な顔立ち。
自分でこう言うのも何だか気が引けるのだが──はっきり言って美青年。
私が目をパチパチと開いたり閉じたりすればガラスに映るその美青年も目をパチクリさせるし、私が首を傾げれば彼も同じ方向に首を傾げてみせる。
そう、これは私。
彼は私で、私は彼。
誰が何と言おうが間違いなくこれが今の私の姿なのである。
私が見つめる窓ガラスの向こうには見慣れた某島国とは全く異なる風景。
少なくとも日の本ではまずお目にかかれない様な光景が当然の如く広がっている。
我が家は小高い丘の上にポツンと建っており、遠くまで景色が見渡せる。
この窓から見下ろす限りだと、右側には──さながら黒い森*の様な──ファンタジーな光景。
正面には延々と続く小麦畑。今は収穫を待つ黄金の小麦がわんさとひしめく。
その様子は何度見ても気持ちの良いもので、秋の田んぼにも似た──というかほぼ同一の美しさがある。
ただ、稲と小麦で大きく異なるのはその収穫時期であろう。
稲は秋に実るが、小麦は春だ。春以外に収穫出来る麦もあった様な気もするが、一般的な麦は春である。
左側には碧い海。
朝日を浴びて青玉なんぞよりも遥かに綺麗な輝きを放っている。
そしてずーっと奥には灰色の地面が見える。
人工物。
人が造った石の建造物の集合体──所謂街がそこにはあった。
東京のコンクリートジャングルに比べればちっぽけなそれだが、あれでもこの世界では十分大きな部類である。
嗚呼、ここは日本ではないのだ。
中世のヨーロッパにタイムスリップでもしたかの様な気分だが、時間軸どころの問題ではなく根本的に違う世界。
ここは異世界。
私のいたあの世界とは異なる世界である。
その証拠にほら…
「──ご主人様、お目覚めになったのですね」
背後から気配を感じ、振り向くとそこに少女が立っている。
美しく、そして吸い込まれていくかの様な紫色の髪の少女。
頭には小さな角が二つ。
首には大きな金色の首輪。
シンプルなエプロン姿で、身長はやや低く、身体つきは幼い。
人間ならば十代半ばぐらいか。
しかし彼女の見た目は全くアテにならない。
こう見えて、私の数倍の長い年月を生ける魔族なのだから。
この少女の名はエイラ。
私の事をご主人様などと呼んでいるが、本当に心の底から私を主として認めているのか、と問われれば少し怪しい。疑り深過ぎるかもしれないが、私は彼女をどうも信用出来ずにいる。
何せ、魔王の娘。ただ者ではない。
彼女自身、一騎当千の強大な力を持っているのだから。
「おはよう、エイラ。この寝室には鍵がかけてあったはずなのだけれど…昨夜はどうやって入ったのか訊いて良いかな?」
嗚呼、忘れもしない昨夜の出来事。
夜中に突然この部屋に侵入してきたかと思えばいきなりあんな事やらこんな事を…
ぎりぎりのところで彼女を気絶させなければ大切な童貞を儚く散らされるところだった。
「申し訳ありません、それは企業秘密ですので。そんなに聞き出したいと思われるのならどうぞ煮るなり焼くなり好きにして下さって結構ですが、どんないやらしい拷問にも私は屈しませんから!どうぞ!」
挑発(?)めいた彼女の言葉を無視し、私はドアの方へとズカズカと歩いていく。
いや、正しくはドアだったものか。
そこには無残にも粉々に粉砕されたドアが散らばっていた。
拷問などせずとも侵入方法は一目瞭然だ。
その残骸の横にそっと立派な錠前が添えられているのが何とも乙なもの。
彼女お得意のこっそり隠密行動である…
後でまた大工のトムソンさんに連絡せねば…などと心中で思いつつ、私は破片を踏まないようにぴょんっと跳び越えて廊下をさらに進む。
「もっと平和的に開けてくれないか?」
「何がです?」
後ろから付いてくるエイラに怒りを込めてドアの破片を蹴り飛ばしてやるが、ヒョイっと避けられてしまう。物理的にも会話的にも。
「ほぼ連日、トムソンさんに直してもらう羽目になっているからな…別に金銭的に困っている訳ではないが、トムソンさんに申し訳ないだろう?私の寝室に忍び込むためにわざわざドアを破壊するのはやめろ」
はっきりとそう言ってやるが、勿論その程度では彼女にはちっとも効きやしない。
「ならば鍵をかけなければ宜しいのでは?」
彼女は惚けた口調でぬけぬけとその様な事を言ってのける。
まるで真理を語るかの様な口調である。
「お前が夜這いを仕掛けてくるから鍵をかけているのだろうが…我が家なのに夜にビクビク震えながら寝なければならないとは悲しい限りだな。いつお前が襲ってくるかと不安で不安で夜も眠れぬ日々だ」
「だから私が添い寝してさしあげようと申し上げているのではありませんか」
ふざけるな、と言ってやりたい。
少しでも寝室への侵入を許せば、添い寝どころか獲物を前にした飢えた狼の如くペロリと私を平らげるクセに。
「はあ…何を言っても無駄だな…おい、それよりもメシだ」
「まあっ…!ご主人様、いけませんよ。そういう態度が一番傷付くんです。折角頑張って朝食を作ったのに…!それと、いつも言っている様に“おい”とか“お前”とかいう呼び方はやめましょうね。そういう呼び方って、冷え切った夫婦仲を想起させるし避けるべきだと思うんです。ちゃんと“エイラ”って名前で呼んで下さいよ。…あ、でも、“お前”と“あなた”の組み合わせも何だかシックでイイですね。ご主人様風に言えば、昭和風?」
まあ、確かに“お前”と“あなた”の組み合わせは昭和風だが…
驚くべき事に、昭和の女性にとっては“お前”と旦那から呼ばれる事が憧れだったのである。
私の世代からするとちょっと違和感があるが。
まあ、そんな事はどうでもいいじゃないか。
それよりも、彼女は稀にこの様なまるで私の元いた世界を知っているかの様な発言をするから不気味だ。
“昭和風”などという言葉、教えた事はないはずなのだが…
エイラのよく分からないお小言と独り言を聴き流しつつ階段を駆け下り、ダイニングへ。
そこには四人掛けのテーブルが置いてあって、椅子が6つ。
キッチンの方では小ぶりの鍋から薄っすら湯気が立ち上っている。
スープの良い匂いがする。
「あ、そうだ。お手紙、2通来てましたよ」
彼女はそれだけ言うと、キッチンの方へと小走りで向かっていく。
テーブルの上には彼女の言う通り手紙が2通置いてあった。
木製の硬い椅子に腰を下ろし、手紙をじっと睨む。
可愛らしい筆跡で「カイルへ」などと書かれている小さな手紙と、外側には何も書かれていない大きなものの2つ。
「嫌な予感がする…」
封を切って、先ずは小さい方から。
それを読んで溜息をつき、今度は大きい方の手紙を読む。
…そしてまた溜息をつく。
「どうしました?」
そこへ朝食のパンとスープ、紅茶のポットを持って、エイラがやって来る。
当然の様に私の隣の席に座り、手際良くティーポットからカップにお茶を注いでいく。
どうせなら向かいの席に座ってもらいたいが、何度言っても無駄なのでもう諦めた。
「リアナが来る」
「リアナって…あの魔法を使う女ですか?」
「ああ。それで合ってるよ。要約すると“助けて~死んじゃ~う!もうマジでヤバいからカイルん家遊びに行くね!”とか手紙には書かれていた」
「それ、要約になってます?」
「うん。なってるぞ」
何が「助けて~」なのか「死んじゃ~う」なのか「マジでヤバい」なのかはさっぱり分からないしそれが何故私の家に遊びに来る事に繋がるのかも不明だが、何れにせよ面倒だ。
正直、リアナが遊びに来るというのは私としては面倒な事この上ないのである。
元は勇者パーティーの頼れる参謀役兼魔法使いだった彼女だが、何かとトラブルメーカーな気質がある。
エイラの事も「後から出てきて私のカイルを奪った泥棒猫!」とかよく分からん認識であり、それ故にしょっちゅう喧嘩している訳である。
そのクセ、私にメロメロ…という訳でもなく、単に私を揶揄って遊んでいるだけの様に見える。要するに、よく分からん面倒臭い奴なのである。
その彼女が我が家に遊びに来る、と手紙を寄越してきたのだから、溜め息をついたとしても仕方ないというもの。
「あの女…嫌いなんですけど」
露骨に嫌そうな顔をして、彼女は八つ当たりの如く哀れなパンをちぎり始める。
「頼むから仲良くしてくれよ…結局私が被害を被る羽目になるのだから」
「別に私から何もしませんよ。毎回あっちからちょっかいかけてくるんです」
そうだったっけ?と思いつつ、紅茶を啜る。
まあ正確には私の知る紅茶とは別物なのだが、味が似ているのだからこれはこれで紅茶と呼んだって問題ないだろう。
カフェインも入ってるしな!
「で、あの女はいつやって来るのですか?」
「喜べ、今日だ」
私がそう言うと同時に彼女はパンを口に放り込んだ。
「なるほど、それはそれは…歓迎パーティーの準備でもします?」
料理に毒でも仕込みそうな…いや、本当にやりかねん表情だ。
「それがな、リアナを歓迎している暇も毒を盛る暇も無いのだ。もう一通の方を見てくれ」
大きい方の手紙を彼女に差し出す。
「私、文字を読むのは苦手なんですけど…えっと…勇者カイル・アリラハン・サッカーモンド、登城せよ。陛下の…えー…何て読むんですかコレ」
彼女はぐぬぬぬぬ…と眉を寄せて手紙と格闘するが、やはりまだ難しいらしい。
人間と魔族では話す言語は同じでも使う文字が違うのだ。
「ああ、やっぱ難しいか?“陛下のご容態が優れぬため、陛下に代わりオリンダ第一王女殿下から貴殿ら勇者一同に参集命令が下った。至急王城に参られよ。 英雄の今再びの忠誠と活躍を期待する”だとさ。まあ、早い話が直ぐに来いって事だ」
「へー…何かあったのでしょうか」
イマイチ興味の無さそうなエイラ氏である。
「さあな、まあどうせ特にやる事もないし…行ってやるか」
「やる事ならたっぷりありましたけどね。今日こそ一緒にお買い物する約束だったのに。まあ、あの女と出くわさなくて済むならそれはそれで良しですが」
「残念だが、手紙には“勇者一同”とあっただろう?きっとリアナはこの事を知らないはずだからあいつも連れていく」
「えーーーー…!そんなっ…酷いっ!」
「仕方ないだろうが」
「仕事と私、どっちが大事なの?!」
お決まりのセリフが。
「仕事」
「あの女と私、どっちが──」
「喧しい。ほら、支度しろ」
スープを一気に掻き込むと私は席を立って、脚に縋り付こうとするエイラを軽く蹴飛ばす。
「DVだ…ドメスティックヴァイオレンス…あと、私とあの女との二択をはぐらかしましたね?」
まあ、その指摘に関してはちょっと図星だったりする。
「知らん、どうでも良い。お前に加えてリアナの面倒まで見なければならないとは…気が滅入りそうだ…」
だが、その口にした言葉とは裏腹に階段を駆け上がる私の足取りはかつての仲間との再会を期待してか、やけに軽かった。




