10 戦争の余波
さて、いざ自由になると最初に何するか迷ってしまうのが僕の悪い癖だ。
「よし、とりあえず屋台で買い食いしよう!」
「うん」
「美味しい店案内するよ~」
「お願いします!」
ミリさんに連れられてきたのは、安宿が多く連ねている通りの屋台。 正門近くの屋台はあまり美味しくないんだって。
あ、オーク肉の串焼きがある! これは食べるべきでしょう。一本5ゴルみたいだ。三本買う。
「美味っ? これってスパイスが効いてますね。普通に美味しくてびっくりしました」
「おいしー」
「でしょ? ここら辺の屋台は、裏で仕切ってる連中が香辛料を安く卸してるらしいんだ」
「なんでそんな事を?」
「よくわかんないけど、他の組織と張り合ってるらしいよ」
「そういう抗争ならどんどんやって欲しいですね」
おや? あっちの味付け芋の鶏肉包みってのが美味しそう。焼きそばっぽいものもある!
あれは何だ? あれは……例の芋虫だ。まさかメジャーな食べ物だったりするのかな?
「あの……あっちで売ってる芋虫って、みんな普通に食べるんですか?」
「げっ……まだあの店あるんだ……。アレ食べるのは、ごく一部の人かエルフだけだよ」
「言っておきますが、僕は食べませんよ」
「ユリナは何回か食べたことある。美味しいよ」
「まじで?」
「うん。噛むとぐちゃってして口に木っぽい風味が広がるの。その後だんだん美味しくなってくるの」
「……」
僕もミリさんも食欲が失せてしまった。
よし切り替えていこう!
次はお酒を買いたい。
「お酒を買いたいので、案内お願いできますか? あと、手紙を書きたいので筆記用具売ってる店に行きたいです」
「エリオお酒飲むの?」
「僕は飲みません。仕送りみたいな感じです」
「ふ~ん。いいよ。わかった」
次ミリさんに連れられてきたのは、冒険者ギルドのそばの大きな酒屋さんだった。
「ここはお酒が安いんだ~」
正直お酒の事はわからないので、オススメのワインを買ってお店を出た。
ちなみに一本20ゴルだった。
案内してくれたお礼にミリさんにもワインをプレゼントしたよ。
「後はなんだっけ? 手紙書きたいんだっけ?」
「はい。紙と筆と封筒が欲しいです。いや……封筒は要らないか」
「手紙出すんだから封筒は必要でしょ」
「そうですよね」
お酒貰って嬉しそうなミリさんに連れられて雑貨屋に来た。
興味を引く面白そうなのも置いてあるが、今日のところは用事を済ませちゃおう。
「これと、これと……これでいいか」
「どんな人に送るの?」
「結構偉い人だと思います」
「じゃあ、こっちの黒い封筒にしなよ。その方が縁起もいいし」
そう言えば、この異世界に来てから黒に関係する物が多いのは気になってた。
闇猫がヨルさんの使いと言われてるぐらいだから、ヨルさんは闇属性なんだろうか?
「わかりました。それにします」
ついでにユリナのお絵かき用のペンや色んな紙を買ってお店を出た。
異世界定番の羊皮紙みたいなのは置いてなくて、少し厚くて茶色ぽいけど紙が流通してるみたいだ。
これで用事は済んだので、興味を引いた店を冷やかしながら街を散策して夕方宿に戻った。
「夕食美味しかったぁ」
宿でご飯食べてから、ほぼ裸になってくつろぎ出すミリさん。ユリナの教育に悪いからやめてください。僕の精神的にもよろしくありません。
「服はちゃんと着てくださいよ」
「これから洗濯するし、着るものないよ」
「洗濯はお風呂場で?」
「そう。もう一回お風呂入りながら洗濯するの。エリオとユリナのも洗ってあげるよ」
「洗濯か……」
一つ思いついた事がある。アイテムボックスで洗濯できるのでは?
アイテムボックス内に洗浄のスペースを作り、そこに水と洗剤を入れ回す! 最後に服から水と洗剤を分離……完璧だ!
実際やってみたらそこそこ上手く行った。
後に服から汚れを分離するだけで良い事に気付いたのは内緒だ。
アイテムボックスは本当に楽しい。楽しみながらクラフト造形も毎日練習しているので、上達もしてると思う。好きこそ物の上手なれってやつかもね。
結局洗濯は僕がアイテムボックスでやったので寝る前に普通にお風呂に入った。
ミリさんが入って来ないように範囲収納の反発バージョンを上手く使い乗り切った。
だけど、今日最後の試練に直面している。
ベッドをくっつけて三人で寝ることになったのだけどミリさんは裸族なのかマッパだ。
しかも真ん中で寝てる僕に抱きついてる。
うん。臭くないのは良いことだ。望んだ結果だけど辛い。男の子だからね。
すると救世主が現れた。闇から現れたくーちゃんが僕とミリさんの間に入ってきたので煩悩からおさらば出来た。
最強の抱き枕が来てくれたのでこれで安心して寝られる。
「いいなぁ……」
反対側に居るくーちゃんを見てユリナが悲しそうに呟いた。
くーちゃんはスルリと移動すると僕とユリナの間に移動してしまい再びピンチ。
「わたしも闇猫ちゃんに触りたい!」
ミリさんは僕越しにくーちゃん触りまくるので色んなものが背中や首筋に当たってアレなんですよ。
ならば僕が移動しよう! スルっと抜け出しユリナの横に移動した。
すると、くーちゃんが僕の横にまた来るので結局僕を挟んだ攻防がしばし続いたのであった。
翌朝、ミリさんはパーティー拠点へと帰って行ったが、結構モメた。
「今日も泊まる~」とか言ってゴネてたが、丁重にお断りした。僕の身が持たないし。
部屋は気に入ったので一ヶ月延長することにした。
食事はユリナの分だけ毎食用意してもらう事にした。くーちゃんは美味しい水だけで良いらしい。ほんとに謎生物だ。
元々2万ゴルをヨルさんがアイテムボックス内に入れてくれてたので、お金は足りたよ。
冒険者ギルドにいけば、この前の報酬も入ってるし、これでしばらく大丈夫だろう。
さてさて……。ユリナをどうしたものか。
5歳のユリナは獣人とはいえ、普通にか弱い子供だ。あちこち連れ回すべきではないだろう。
「ユリナはお兄ちゃんと一緒に居たい……」
雰囲気を察したのか、僕の服を摘みながら寂しそうにユリナが呟いた。
ぐはっ……子供を置いて仕事に行くのが辛いシングルファーザーになった気分だよ! 託児所ってあるのかな? 勢いでユリナを連れてきちゃったけど、命を預かるというのは責任重大だと痛感した。
冒険者ギルドに行って相談してくるか……。
「うん。僕もそうしたいんだけど、仕事しないとだし、宿でお留守番してくれる?」
「……うん」
涙をこらえているユリナを見るのが辛い。
世界中の親御さんは毎日こんな苦労してるの? 世の中をナメてた高校生ですみませんでした!
「なるべく早く帰るからお絵かきとかして待っててね」
「……うん」
「そうだ! くーちゃんユリナのそばに居てあげてくれない?」
くーちゃんはチラっとこっち見て「しゃーねーな」って感じでユリナにスリスリしてた。
「くーちゃんと一緒に待っててね?」
「うん! 闇猫さまと一緒にまってる」
元気になって良かった。アニマルセラピー効果は絶大だ。
さあ、冒険者ギルドに行くぞ!
異世界に来て色々あったけど、やっと物語がスタートした気がした。
◇◆◇◆
冒険者ギルドに着き、中を見回す。人が多い。時間帯が悪かったかな? 午前中は混むのかもしれない。
相談カウンターには人は殆ど居ない。でも、足が行くのを拒否している。
例のサキュバスお姉さんがカウンターの向こうから僕をガン見してるので怖くて行けないのだ。
でもユリナのためだ! 勇気を出そう。
「あの……」
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「あ、はい。相談がありまして。子供を預かってくれる施設などはありますか?」
「はい。ございますよ。目の前に」
カウンターから身を乗り出すと、また僕の手を取り合鍵を握らせてきた。
「いや、僕じゃなくて、昨日一緒に居た女の子なんですけど」
「そうですねえ……あの子も可愛かったからエリオさんと一緒ならば構いませんよ」
「会話が噛み合ってない気がするのですが……」
「真面目な話、裕福層は子供の世話係を雇います。お金に余裕が無いご家庭は教会で仕事をさせるのが一般的ですね」
最初から真面目にやってよ!
「教会で働かせるんですか? まだ5歳の子供ですよ?」
「働かせると言っても、キツイ仕事ではありません。食事は出ますが給金は出ません。実質教会で子供を預かってもらってる様なものなのです」
「なるほど。教会に行って話を聞いてきます。ありがとうございました」
「はい。どういたしまして」
「あと、この鍵いただいても受付嬢さんの家の場所知らないですし意味ないですよ」
僕はカウンターにそっと鍵を置いてその場を後にした。
エルメスさんは特に反応することもなくニコニコしてたのがなんか不気味だ。
「あれが教会か……」
相談カウンターで教会の場所聞くの忘れるミスをしたが、今更戻るのも面倒なので、街の人に教会の場所を聞いてここまでやってきた。
子供のエルフが珍しいのか、街の人に注目されまくって恥ずかしかったよ。
逆ナンも三回された。もしかしたらただの人攫いなのかもだけど……。異世界怖いな。
教会はイメージ通りの建物で、荘厳な雰囲気だ。
ただし、キリスト教の教会みたいに真っ白ではなく、建物が黒くて違和感凄い。
やはりヨルさんを信仰してるのだろうか?
当人を見た後だとあまり信仰したい気持ちは湧かないけどね。
「あらあら……。君は? 一人で来たの?」
教会を眺めていると後ろから声がかかった。
振り返ると子供を大勢連れた和服ぽい格好の女の人が立っていた。
真っ黒教会のインパクトが強くて接近に気が付けなかったよ。
「失礼ですが、教会の方ですか?」
「そうよ~私はこの教会のシスターよ」
「えっと、僕はエリオと言います。子供を一人働かせて貰えないか聞きに来ました」
「あらあら~礼儀正しくて可愛いのねぇ~」
頭と顔をわしゃわしゃするのやめてください。
僕を撫でまくって満足したシスターは子供達を教会内の敷地に入れた後、語りだした。
「でも……ごめんね。ほら、この前の北の戦争で孤児がいっぱい来ちゃったのよ」
シスターはとても申し訳無さそうだ。
「北の戦争? すみません、人里離れた所で暮らしていたので知りませんでした」
「とりあえず中に入って? 中でお話しましょう」
案内されて入ると、教会の中は特に真っ黒というわけではなく普通だった。
奥の談話室に通され話を聞くことにした。
「はい、お茶どうぞ」
「いただきます」
「結論から言うと、この教会も手一杯なのよ。他の街でもそうみたい」
「そうなんですか……。ちなみに北の戦争について教えていただけませんか?」
「ヒイロ帝国がドルフィノに戦争を仕掛けたの。ドルフィノが勝ったのだけど、小さな街や村が戦争に巻き込まれちゃってね……」
「北ではそんな事が起きていたのですか」
シスターの話をまとめると、この大陸の北にあるヒイロ帝国はかなり野心的な国家で、常に何処かに戦争を仕掛けているらしい。よく国家破綻しないな。
北西にある国のドルフィノは、騎士たちがとても強くて文字通り一騎当千の活躍で帝国を跳ね返したとのこと。
ドルフィノの同盟国である隣国セイラもこの戦いに参加を表明したが、到着する前に帝国は逃げ帰ったみたい。
ドルフィノ強すぎでしょ。
それから、僕が今居る大陸の南側は国家ではなく、それぞれの街を領主が収める共和制を取ってる。
「事情はわかりました。こちらでなんとかしてみます」
「ほんとごめんね」
申し訳なさそうに僕を撫でまくらないでください。
教会を後にした僕は、途方にくれていた。
そうだ、ディンさんたちに相談しに行こう。
そう決めて冒険者ギルドに向かうのだった。
誤字が多くてすみません。発見次第修正します。