31.スキルスナッチ
はい。俺は嘘をつきました。
この世界では神殿かイメージ修行でしかスキルのオンオフが出来ないって。
確かに、他の人はそうだろうね。
でも俺は、自分用に〈神殿の守り〉というネックレス型のアイテムを作ったので、いつでも自由に付け替えられるようになっているのだった。
これで、【透明さん】が覚えていた40近いスキルを余すところなく使えるようになったというわけだ。
ということで、俺が口から吐いてる〈火の息〉も元から覚えていたスキル。
「ぎゃああ、あちちっ、あちっ。なんすかぁ、それぇ~! 竜人っすか!? にゅくしゅさん竜人ハーフらったんすか!?」
「さっきから避けてないで、ダメージを食らう覚悟でこの技を“見切って”くれよ。レベル1の俺が使う技なんか簡単に見切れるんだろう?」
以前聞いたスキャンダーさんの話じゃ、神殿でも過去にはお金を払わなくてもスキルの付け替えをしてくれていた時代があったらしい。
ということは、お金が必要なのはシステム的な問題――例えば、3万トネルに相当するエーテルを必要とする――とかじゃなくて、単に付け替えの人を減らしたい神殿の苦肉の策でしかないわけだ。
ならば、神殿に替わるものさえあればいつでもスキルはオンオフ出来るはず。
という考えのもと作った〈神殿の守り〉だけど、ぶっちゃけ、これでツイッギーのスキルも付け替えてやればいいんだよね、本当は。
俺にしか使えないという制限付きで作ったアイテムだけど、ポイントを余分に払えば誰にでも使えるものが作れたかも知れないし。
でも、しない。
下手なことして〈データベース〉みたいなチート級のスキルを持っていることなんてバレたくないし、いざという時でもない限り、なるべくこの世界の法則に従っていこうと思う。
ということで、ツイッギーにはもう少し大変な思いをしてもらわなきゃ。
そもそも、ツイッギーの炎耐性なら、こんな低級スキルぐらい、耐えるのなんてわけはないはずなんだ。驚きのあまり腰が引けているだけで。
「ほら、ダメージを受けたら〈きずぐすり〉で回復してやるから。集中して」
「でぇええ~っ! 無理れすって~」
「ツイッギー! ちゃんと見て! これが実戦だったらどうするんだ? 相手の技の隙を見切り、自分の力を最大限に活かせるように! 俺だって、ノーリスクでこの技を使ってるわけじゃないんだぞ!?」
ツイッギーには言ってないが、この技を使うにはある重大なリスクがある。
だが、俺は最初の技にこれを選んだ。
炎が吐けないという体質のツイッギーに見せたかったからだ。
「うぅ~……っしゃあああああっスぅ! やってやるっすよぉおおお!」
俺の覚悟が伝わったのか、ツイッギーが吠えた。
と言ってもやることは地味だ。
ただ、耐え続けるだけ。
しかし、先ほどまでと目つきが変わった。
「うぐ……ぐぐぐ……なんで、にゅくしゅさんが炎を……! やったるっす! 見切ったるっすぉ!」
そして、〈きずぐすり〉を6回ほど投入したのち、俺はツイッギーの目の動きがそれまでより明らかに違うことに気がついた。
彼女の目がほぼ同じタイミングで俺の動きをトレースしている。
「ツイッギー、スキルを確認してごらん」
「……え、あれ? 見たことないのが増えてま。〈スキルスナッチ〉? なんれすかねぇ、これ?」
俺からツイッギーに渡してやれる最高の贈り物が、今手渡された。
「おっけー。じゃ、次は〈スキルスナッチ〉と唱えながら〈火の息〉を受けてみてくれ」
「うぅ、何かよく分からないれすけど……〈スキルスナッチ〉ィイイイィ!」
俺が口から炎を吐くと同時、ツイッギーがやけくそ気味に絶叫する。
瞬間、俺の吐いた〈火の息〉は、ツイッギーの胸元にかかった〈紫封晶〉めがけて勢いよく吸い込まれていった!
「うっひょぁあああああ!? なんっすかぁ、これぇぇぇ?!」
「これで、俺のスキルはツイッギーに強奪された」
と言っても、ゲーム的には、本当にスキルを奪われて忘れるわけではない。
……そのはずだよな?
ちょっと心配になってステータスを覗き、〈火の息〉がまだあることを確認して一安心する俺である。
「ツイッギーがその〈紫封晶〉をつけている間は、〈火の息〉は自分の覚えているスキルと同じように使える。最後に吸収したスキルに限っては、わざわざイメトレして装備状態にしなくても使える。スキル枠をむりやり一つ追加しちゃう、結構強力なアクセサリーだよ。ツイッギーにはそれを使って、あのドラゴン討伐に必須のスキルをこれから調達してきてもらいたい」
「え……じゃ、うち、今〈火の息〉吐けるんっすか? マジっすか」
俺の説明もどこ吹く風で、ツイッギーは茫然としていた。
スキルコスト制を採用しているエタクリにおいて、スキルは一つ装備できるだけで劇的に能力が変わる。
コスト消費なくスキルを一つ追加できるのはかなりメリットが大きい。
「ただし、使う際は気をつけろよ? 特に竜が吐く炎とされるブレス系については、使うだけで大きなデメリットがある。……寝れば回復する体力と違って、命そのものが損なわれる。つまり……」
と、そこまで説明して俺は思い直した。
そもそも、ステータスに【HP】という項目があるのだから、当然、この世界の住人もHPという概念を知っているはず。
こんな持って回った言い回しをしなくていいのだ。
エタクリ内では極力メタいセリフを出さないように考えていたけれど、現実となったこの世界では逆にそういう気配りはいらないというのも何だか不思議な感覚だ。
「つまり、HPの最大値が減る。さっき渡した丸薬には回数制限があるし、丸薬以外の上昇方法は強力なデメリットがあるから、基本的にはいざって時の切り札として使うようにしてくれ」
「なんか、まだぽやぽやしてます」
「上から見えたけど、ここと、帰り道をふさいでいるドラゴンの棲み処との間に小型の魔物が棲みついていただろう。今の感じでその魔物からあるスキルを強奪してきてほしい。そのスキルさえあれば、俺とツイッギーの二人でも、あのドラゴンと渡り合えるはずだ」
「ほぁああああっ、おけーっす! なんらか、今なら何でも出来そうなんれ!」
俺が詳しいことを説明しようとする前に、ツイッギーは飛び出していってしまった。
なんて魔物の、なんてスキルを奪えばいいか分からないで大丈夫なんだろうか。
「まぁ、いいか。分からなかったら聞きに戻るだろ。俺は俺で、こっちの作業を始めるか」
* * * * *
そして。
狙うべきモンスターを聞きに戻ったツイッギーは、ぽかんと口を開け、尻餅をついていた。
「なんれすかぁ!? これぇ!?」
彼女が見上げる先、何もなかったはずの湖の中央に、巨大な島が出現していた。