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ひなたに、あたたかな陽だまりを。  作者: ふぇにもーる
終章 存在を賭けた戦い
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第48話 最終章 ―存在を賭けた戦い― 10

 エスカレーターを駆け上がり、二階へと出る。一瞬見失ったが、影が映画館へと入っていった。ひなたは追いかけてゆく。

「あっ!」

 映画館を入った所に、水の入ったバケツが一つ置いてあった。バケツに躓き、水をひっくり返しながらひなたは転倒した。その影にさとりが待ち構えていた。包丁を構えて走ってくる。

 さとりの包丁が床に突き刺さる。ひなたを狙って刺した所は、既に彼女が転がって回避した後だった。包丁が一瞬で抜けず、ひなたがその間に起き上がりざまに足払いをした。さとりも転倒する。代わりにひなたが起き上がると、先ほど躓いたバケツを拾い上げた。

 起き上がりざまに斬りかかってくるさとり。バケツで殴りかかり、包丁を弾くと、そのままさとりの頭に向かってジャンプしてバスケットボールのダンクシュートのようにバケツを被せ、怯んだ所を蹴飛ばして転倒させた。

「ぐぅっ!」

「間抜け!」

 ひなたはバケツを取る事に集中するさとりを一瞬の内に撒き、映画館の入り口から姿を消した。

「どこだひなた、どこにいったあああ!」

 バケツを投げ捨て、怒鳴り声を撒き散らす。映画館の外から壁にぶつかる音がした。さとりは駆け出し、追いかける。角を曲がった所で、さとりはまた再び大きく転倒した。背中から転倒し、べっとりと制服に何かが付着した。

「な、ふざけんなひなた! なんだこれ!」

 不良言葉になって罵声を浴びせるさとり。さとりの背中にはべっとりとオレンジ色の粘着性の高い液状のものが塗りたくられた。

 ひなたが物陰から姿を現す。

「どう? それ床用ワックス。お掃除おつかれさま。一生やってていいよ!」

 ひなたがたっぷりとワックスの付着したモップを捨て、近くに置いてあった空のワックスの缶をさとりに向かって蹴り、ぶつけた。足に当たり、缶は間抜けな音を立てて転がり去る。

「お前ええええ!」

 さとりは激昂し、ツルツルと滑るワックスから逃れようとゆっくり起き上がる。ワックスが塗りたくられたブレザーを脱ぎ捨てた。その間にひなたは映画館からは姿を消していた。

予想以上に策謀家なひなたの動きに、直情型のさとりは逃げるのでさえ苦戦していた。

「ちょっと私も甘く見てたかなーひなひな。いいわ、本気でぶっ殺してあげるわよ!」

 さとりの目付きが変わった。瞳に狂気を宿している。化け物じみた笑いを浮かべながら、さとりは走り出した。

 ひなたは先に、罠を仕掛けようと三階へと上がってきていた。エスカレーターの出口、足元にゴムひもを張る。転ばせる作戦だ。新しい武器も調達した方が良さそうに思えた。ショッピングセンター内であるので物は豊富にある。罠を作るには不便しなさそうだった。

「ひなひなー、待って待ってー」

 さとりが上がってきた。新しい武器は探している暇は無かったが、遠くに何か良さそうな店を見つけた。『刀匠店』だった。実際の実用的な武具を扱っている、マニアにはたまらない店だ。もちろんコレクション用のレプリカ品もある。

 マニアックな店のために普通の人は入ろうとはしないが。あそこに入る時間があれば、さとりと渡り合うためにいい武器が手に入りそうだったが。

「待って待ってよー」

 階下から無邪気な声を出しているさとり。だがさとりが駆けてくるのと同時に、何だか変な音も一緒に聞こえてきた。何かモーター音の唸りのような音だった。

――な、なに? あの音。

 しかもさとりが近づいてくる気配と連動して、音も大きくなってきていた。ひなたの脳裏にとてつもなく嫌な予感が過ぎる。

――まさか、アレ……?

 背筋が凍るような悪寒を感じたひなた。

「ひなひなみーつけたっ」

 さとりが三階まで辿り着いてきた。エスカレーターを駆け上る。

「ぎゃっ!」

 案の定、エスカレーター出口に仕掛けておいたゴムひもに引っかかり、転倒するさとり。一緒に、持っていた武器も落とす。恐ろしげなモーター音、回転する歯車。あれは……。

――やっぱり、チェーンソー!

 さとりの両手に握られていたのは、音速で物を切り刻む刃を持つ、チェーンソーだった。殺人の道具としてあれほどまでに恐ろしい物が他にあるだろうか。あんな刃に当たったら、間違いなく体中バラバラにされてしまう。

――イヤ! 怖いよ!

 さとりが立ち上がる。それと同時に、ひなたは一目散に三階のフロアを駆けて逃げ回り始めた。あんなものに正面から太刀打ちできるわけが無い。ズタズタに引き裂かれて惨殺されるのが関の山だった。

「待ってよーひなひなー!」

 さとりは、唸りを上げるチェーンソーを振りかざして追ってきた。右へ左へチェーンソーを振り回し、至る物を切り刻みながら。太い柱を切り刻み、破片を撒き散らしながら大きく抉る。雑貨屋のポスターをビリビリに破く。おもちゃ屋で三日間の間走り続けていた電車のおもちゃを叩き壊す。本屋の店頭雑誌も回転刃物で木っ端微塵に破られた。

 さとりの目は歓喜に満ちていた。全てのしがらみから開放され、やりたい放題やっているような、満ち足りた表情。彼女の中に眠っていた、野獣のように猛り狂う凶暴さが具現化した姿だった。

「あっはっはっはっはっは! いいよぉ、そうやって逃げ回る姿! 家畜にはお似合いだぁあ!」

 気が狂った声を上げながら、さとりはひなたを追う。立ち止まってノンビリなどしたら、それこそ一瞬でさとりのチェーンソーに身体を切り刻まれてしまう。

「おい、まだ人質が残っているぞ!」

 私服だが、拳銃と防弾盾を構えた人間が二人、ひなたの前に姿を現した。恐らく、警官隊の人達だった。ひなたは走りながら前方の二人に向かって叫んだ。

「たすけて! チェーンソー女が暴れてる!」

「何だと!」

 警官隊の二人が拳銃を構えた。ひなたは先に走って逃げる。後から、チェーンソーを振り回しているさとりが追いかけてきた。

「待ちなさいよォ、ひなひなああ。私の愛でグッチャグチャになるまで細切れにしてあげるからあああ! ハンバーグでも何でも作れるよォ、お前の身体が材料でなあああ! あっはっはっはっはっはっはっは!」

 恐ろしげなモーター音が、壁やら観葉植物やら、店の商品やらを切り刻みながら追いかけてきていた。まさにその姿は気の狂った怪物女。奇声を上げ、トーンの外れた声を撒き散らしながら、立ちはだかるものをチェーンソーで切り刻んで突き進んでくる。

「止まれ! さもなくば撃つぞ!」

 大型の拳銃をさとりに向ける二人。だがさとりは止まる様子は無い。

「なーに? 私はひなひなと遊びたいの。邪魔するならお前達なんか一瞬でバラバラにするよ!」

 さとりは目をギラギラさせながら、唸るチェーンソーを構えて突進した。

「がああああ!」

 奇声を上げ、生身の人間に高速の刃を叩き付ける。

「う、うあああああ!」

 チェーンソーの刃が二人を襲う。一人は咄嗟に飛んで避け、もう一人は手すりを乗り越え、命からがら三階の吹き抜けから飛び降りた。二階の手すりに力でつかまる事が出来、難を逃れた。

 無敵のチェーンソーは誰の手にも負えなかった。ひなたしか目に入っていないさとりは、ひたすら三階を追いかけ続ける。次第に、疲弊が重なったひなたが追いつかれ始める。

「やめてよ! そんなもの!」

「私はひなひなと遊びたいのよー。私の愛を受け取って!」

「なに言ってんの? そんなチェーンソー振りかざして!」

 振り回しているチェーンソーが壁に当たり、めり込んだ。さとりはそれを取ろうとしている。隙を見てひなたはスピードを上げて走った。一気に振りほどきに出る。だがさとりはすぐにチェーンソーを引き抜き、奇声を上げてきた。

 ひなたは通路に逃げ込んだ。ボウリング場に出る。入り口のガラス張りの扉を急いで閉め、ロックをかけた。

「この豚女!」

 さとりはロックに阻まれ、扉に激突する。だが手にしたチェーンソーで扉ごと斬り刻もうとしていた。

 ひなたはその様子を見るや否や、ボウリング場の奥に向かって走り出した。迎え撃つ準備をするために、有り合わせの物で道具を用意する。

――ここなら、武器になりそうなものもいっぱいある!

 左右に目を逸らす。目に入ってくるものはボウリングの重い球、奥にあるビリヤード台の球を打つキュー(棒)。

――ボウリングの球は重すぎ。キューだときっとチェーンソー相手じゃ歯が立たない! 

 突如、扉が破壊され、耳障りなチェーンソーの音が聞こえてきた。ガラスは叩き割られ、怪物のような形相をしたさとりが、凶器を携えて笑っていた。

「こんなガラス扉なんかで、私を足止めしたつもり? 随分とナメてくれるわねぇ、低脳女がああ!」

 チェーンソーの回転が唸りを上げ、標的を定める。確実にひなたに向いていた。

「ヤバ!」

 ひなたの気付いた時には既に遅かった。さとりに一瞬にして間合いを詰められ、目の前まで迫っていた。咄嗟に、転がって振りかざしたチェーンソーの一撃を避ける。すぐに勢いを殺さないままチェーンソーを叩きつけて来た。

 ひなたは側にあったボウリングの球をつかむと、叩き付けられてきた刃にぶつけるようにして突き出した。空中で火花が散る。道路工事でコンクリートに穴を開けるような凄まじい金属音が鼓膜に突き刺さった。

「がっ!」

 さとりの目に、散った火花が入った。目潰しを食らい、一瞬怯む。ひなたは隙を逃さず、ボウリングの球をさとりに向かって投げ付けた。胸に球が当たり、抱え込む形で背中から重さに押し倒される。ドッヂボールのように取ろうとしたようだが、十ポンドの球は空いている左手だけでは防ぎきれなかったようだ。

 ひなたは走った。袋小路であるボウリング場から出る。球を捨てたさとりは、すぐにチェーンソーを担いで追ってきた。

 疲れが出ていた。次第に追いつかれる。遂にひなたは追い詰められた。約三メートルという距離にまで二人は縮み、奇声を上げてさとりは音速の刃で斬りかかってきた。

「キャアァッ!」

 ひなたは後ろに飛んで避ける。だが着地に失敗した。尻餅を着いて転ぶ。すぐに起き上がろうとした所に、さとりは斜め上の角度からチェーンソーの刃を振り下ろしてきた。

――殺されるっ!

 その時、予想外な事が起きた。さとりは激しく回るチェーンソーを操作しきれず、刃が金属の手すりに当たった。激しい火花を散らし、刃が破裂音に似た音を立ててへし折れた。

 だが折れた刃が、ひなたに向かって飛んできた。立ち上がりかけたひなたの右の脇腹を切り刻む。

「いやあああっ!」

 悲鳴を上げ、ひなたは脇腹を押さえた。制服が刻まれ、脇腹が出血している。掠れた程度のようであり、大怪我ではないが、それでも回転する刃物でズタズタに皮膚が切り裂かれ、痛みに歯を食いしばった。

「あーあ折れちゃった! ったく、弱いわねー」

 刃の折れて使い物にならなくなったチェーンソーを捨て、さとりは再び逃げた。武器を探しに行ったのだろう。

「ま、待ちなさいよ……!」

 さとりを追いかけようとするも、怪我の痛みで思うように身体が動かない。

「いたたた……」

 それでもひなたは立ち上がった。決着をつけなければならない。

そうしなければこの戦いは終われない。

「あたし、絶対負けない! さとりなんかに絶対負けない!」

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