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第二話『魔王は呪われている!』

 勇者に剣を向けられても魔王は立ち上がらなかった。

 ゲートと比べて小さいとはいえ、魔王の体と比較するとやや大きすぎる程の玉座である。改めて視点を魔王に定めれば、十分に存在感があった。

 金の縁取りの内側に黒い革が張られ、座する箇所に深紅のビロード地がゆったりとかけられている。魔王は右端部分に座り、手すりに頬杖をついている。

 どちらかと言えば細身の勇者より二回りは逞しい体つきをしているが、玉座はそんな魔王が三人いてもゆとりを持って座れそうな大きさだった。

 しかし、そうであっても魔王の存在感が薄らぐことはない。


「歓迎しよう、勇者とその仲間達よ。我が輩はメディウス・フロウ・アートランド。そなた達が門の魔王と称する者である」


 魔王メディウスと名乗る男は、シルエットこそ人に近いが、見るからに異形であった。闇を塗り込んだような黒髪に褐色の肌、血のように赤い切れ長の瞳。やや下がり気味の尖った耳。皮膚にはわずかにきらめく鱗が浮いている。

 だが、なにより目立つのが側頭部から後頭部にかけて弧を描く巨大な一対の角だ。

 口を開けば鋭く発達した犬歯が覗き、なまじ精悍な顔立ちをしているため、口の端をあげるだけで恐ろしく迫力がある。

 身につけている黒と濃紺を基調とした装束の素材は布製のもののみで、あまり厚手でもない。その装備の薄さが返って魔王という存在を強靱に見せた。見え隠れしている腕や腹は一目で鍛え抜かれているのがわかる。


「勇者様が三下のチンピラだとすれば、紛れもなくボスの貫禄ですね」

「誰が三下のチンピラだコラ」


 軽口を叩いてはいるが、姿勢を低くしてダガーを構えるエレオノーラに隙はない。レオニールも魔王から視線を外さないまま、相手の一挙一動に全神経をそそぐ。

 警戒を解かないまま相手の出方を窺っていると、「さて」と呟いて魔王は座ったまま足を組んだ。すぐに襲いかかってくる気配は無しと判断し、僅かに剣の切っ先を下げる。


「ここまでの道程で迷子になることはなかったかね」


 続いた言葉に、レオニールは「あ゛?」と眉根を寄せた。


「ご丁寧なことに、分かれ道に看板が立ててありましたので」


 不機嫌を隠しもしないレオニールに代わり、セラスがにこやかに答えた。魔王相手でも笑顔を崩さないのは余裕の表れなのか天然なのかと考えて、多分後者だろうと勇者はますます眉間の皺を深くする。

 立て看板は罠だと思う、というレオニールの意見に賛同したのはエレオノーラだけで、セラスとテオは看板の案内通りに進もうなどと言い出した。このラインナップをあげれば、その後どうなったかは考えるまでもない。

 エレオノーラはあっさり意見を覆して看板の指す方へ向かおうと言いだし、パーティのリーダーであるはずの勇者の意見は通らずに終わった。結果として罠などは無く、こうして無事に最奥まで辿り着くことが出来たが、それはそれで腹立たしい。


「おお、あれがようやく役に立ったのか! 素晴らしい! 勇者が来やすいよう城の警備という警備を撤去させ、魔物達も下がらせていたんだが、案内板を立てても誰も信じてはくれなんだ」

「そりゃそうなるだろ」


 相好をくずす魔王に勇者は間断なくツッコミをいれる。

 普通は罠だと考える。だが、あんなものに馬鹿正直に従うヤツは危機感の無い脳みそお花畑野郎なのだ、というのは思っても口にしなかった。言ったが最後、エレオノーラのダガーの切っ先がこちらに向くのは間違いない。


「魔王自ら危険を退けてくれたのは感謝するが、あいにく長居する気はねぇんだ。そろそろ土産を持って帰らないといけなくてね」

「土産?」

「そうだな……アンタの鱗か、そのやたらに尖った爪の先にするか。角一つというのは欲張りすぎか?」


 レオニールはそう言って、一歩間合いを詰める。結界などの存在はあまり感じられない。完全に舐めきっているな、とは感じたが好都合だった。相手が隙だらけのうちに必要なものだけ頂いて、さっさと逃げ帰るに限る。

 退路となる背後の扉は未だに開け放たれたままで、閉じこめられてはいない。


 勇者の動きに合わせ、仲間達も各々の構えをとる。


「おお、世界を支えし八柱が一つ『贖罪のレブロティアス』よ。全ての罪と災いを受け入れてなお、耐え許す肉体と精神を我らに授けたまえ!」


 セラスが祈りを捧げると同時に、4人の体がほのかな光を帯びる。

 あらゆる術式や物理攻撃に対して強固な耐性を得る上位の祝福で、祈りを捧げている間だけは自然災害にすら耐えうる強靱な肉体を得る。その間セラスは無防備になるが、幸いにして敵は魔王一体。臨戦態勢を取ってなお、魔王はここに部下を呼ぶつもりがないらしい。


「行くぞ!」


 レオニールの後にテオとエレオノーラが続く。

 魔王は駆け寄る勇者達を見ても、微動だにせず様子を見ていた。まずはこちらのお手並み拝見ということか。

 しかし、特定の距離まで近づいた途端、ざわりと皮膚の上を悪寒が走った。

 ぎくりと体を強ばらせたレオニールに、テオとエレオノーラも警戒して足を止める。


 この嫌な感覚には覚えがあった。

 皮膚からじわじわと何かが浸透してくる。空気が突然濃密になり、目眩を覚えた。

 反射的に一歩下がろうとして、縫い止められたように足が動かないことに舌打ちする。


「どうしたんですか!」


 痺れを切らしたように手を伸ばしたエレオノーラも、その境界をハッキリと感じたのだろう。


「呪縛領域……?」


 いぶかしむように、伸ばしていた手を引いた。

 その反応も無理はない。

 呪縛領域とは、かけられた対象の身を守るためのものではなく、対象の身を苛むモノである。その効果が強ければ強いほど領域は広くなる。

 つまり、この魔王は何者かによって呪いをかけられているのだ。


 魔王との距離はおおよそ15メートル。

 かなり心得のある術者がかけたものだと推測は出来た。


 呪縛領域は対象者を中心にして広がり、領域内を『汚染』する。

 効果は多岐にわたり、無機物、生物、肉体、精神、なにに影響するかはかけられた呪いの内容によって変わる。

 軽度であれば異臭を放ったり一時的に視野が狭くなったりする程度ですむが、酷いものでは周囲にあるものを無差別に腐敗させたり、近寄った生き物の身体を蝕むようなものもあるのだ。

 この領域効果によって、神官や祈祷師の力で呪いを払いにくくするのが呪縛領域の特徴である。解呪の手段として一般的なのは呪術をかけた当人を倒すこととされ、呪術の中でも極めてタチが悪い。


「下がってください勇者」


 エレオノーラが襟首を掴んで後ろに引っ張るが、勇者の体はぴくりとも動かない。それどころか抵抗するように、前へ前へと進もうとする。


「勇者!」


 呼びかけると、ギクリとレオニールの体が固まった。

 今、エレオノーラは覚悟を決めて、領域内に手を伸ばす。襟首だけで駄目なら、体ごと掴んで引きずり出した方が良いと判断したためだ。

 だが、領域内に体をいれて、その違和感に彼女は再び眉根を寄せた。


 今、彼らの体はセラスの祈りによって祝福された状態にある。

 覚悟を決めて領域内に踏み込み、エレオノーラは確信した。汚染の内容こそ知れないが、今の自分たちにはこの程度の呪縛領域では汚染の影響を受けないだけの耐性が備わっている。つまり、セラスの祈りが続く限り領域内であっても通常通りの行動が可能なのだ。


「あ、平気だ!」


 エレオノーラに続いて足を踏み入れたテオも、なんともないと飛び跳ねるようにして体を動かす。その動きに癒されつつ、エレオノーラは座ったままの魔王を見据えた。


「やはり勇者達には効かぬか。何よりである」

「誰がどんな理由でかけた呪縛かは解りませんが、どうやら大したモノでも無いようですね」

「うむ……そうだな。強き魂を持つ者であれば、神の加護がなくとも通じぬ程度の些末な呪いだ。これまでの勇者も皆平然としておったわ。だからこそ勇者よ、我が輩はそなた達を歓迎する」


 ここに来てようやく魔王は椅子から立ち上がる。緩慢な動きであったが、エレオノーラとテオはすぐさま迎撃の構えを取った。

 しかし、レオニールだけが剣の切っ先を下げたまま微動だにしない。


「……勇者?」

「レオ?」


 どうしたのかと問いかける声に、返事はなかった。

 横目で見た勇者の表情には、明らかな苦悶が浮かんでいる。構えを解いているにも関わらず全身からぴりぴりとした緊張感が発せられ、今までの投げやりな空気はどこにもなかった。

 鋭い視線からはこれまでの冒険で一度も見たことがないほどの殺気を感じる。


「予定は変更だ」


 そう勇者は呻くように呟いた。


「魔王は倒す。倒さなきゃなんねぇ」

「ど……どうしたのです、勇者」

「どうもこうもあるか。世界平和だのゲートの破壊だのはどうだっていい。コイツは俺が倒す。何があっても倒す。……いや、待て、違う、いや、違わない」


 明らかに様子のおかしいレオニールに、一つだけ思い当たる原因が浮かぶ。テオも同じ答えに至ったのか、すぐさま勇者の傍から飛び退いた。


「魔王メディウス。この呪いの汚染効果はまさか……」

「なに、些末な精神汚染……ただの魅了(チャーム)だ」


 答えを聞くと同時に、エレオノーラは躊躇無くダガーの柄で勇者の顔面を狙った。

 それに呼応するように、テオの回し蹴りが勇者の腹部めがけて繰り出される。

 だが、二人の息のあった協力攻撃はどちらも勇者の剣と篭手によって完全に防がれてしまう。クリーンヒットであれば強化された肉体であれ衝撃で吹っ飛んだだろうが、勇者の体はその場からわずかも動くことはなかった。


「腐っても勇者ですか」

「防いじゃだめだよレオ」

「うるせぇな、解ってる! 下がれば良いんだろうが、下がれば!」

「そう言いながら前ににじり出ようとしないで下さい」


 テオの組み付きをさらりとかわし、エレオノーラの本気の一撃も軽々と剣でいなす。反撃はせずあくまで防いだりかわしたりするのみであったが、焦りを帯びた勇者の表情とは裏腹に、魔王との距離は徐々に縮まっていった。


「お、おい、なぜ仲間割れを始める」


 突然のことに一番戸惑っていたのは、その様子を端から見ていた魔王だった。

 困惑を隠しもしない魔王に、エレオノーラは面倒くさそうに視線だけをなげて寄越す。


「呪縛領域の影響です。ちょっと下がっていただけませんか、出来れば5メートルほど、今すぐ、早急に」

「邪魔すんじゃねぇエレオノーラ!」

「するに決まってるでしょうが! 貴方以前、廃教会で自分がなにをしたか覚えてないんですか!」

「解ってる! 解ってんだよそんなこたぁ! 誰よりも! 俺が! 一番!」


 だが、勇者の足は止まらない。

 仲間の制止を振り切って駆けだしたレオニールに、エレオノーラは悲鳴をあげる


「逃げて下さい!!」


 その悲痛な叫びは、テオでも勇者でも、まして後方に控えるセラスでもなく、魔王に投げかけられていた。だが、当然魔王はそのような事実に気付かない。

 見る間に二人の距離は詰められ、いつのまにか剣を投げ捨てていた勇者の両手が魔王の二の腕を掴んでいた。


「なんのつもりだ、勇者よ」


 斬りかかるわけでも拳をふるうでもなく、組み付くにはいささか無理のある体勢だった。目だけは今にも噛みつかんばかりにギラギラしているというのに、行動からは攻撃の意思が汲み取れず、魔王は未だ様子をうかがっている。


「すっとぼけてんじゃねぇぞ魔王、こんな厄介なもん無差別に振りまきやがって」

「少々激高してはいるようだが、お前の目には理性の光がある。精神が汚染されているようには見えないが」

「うるせぇ! こんな可愛いなりしてても所詮は魔物の王だからな。どうせ今まで何人もの勇者をたらして囲ってくわえ込んで来たんだろうが、俺はそうはいかねぇぞ」

「え?」


 勇者の言っている意味が分からず……いや、分からないことはないがなぜ唐突にそのような下世話な謂われを受けているのか理解できず、魔王はその仲間達に視線を向ける。しかし、なぜかテオは呪縛領域から少し離れた場所で耳を塞いで目を閉じており、エレオノーラは後方に控えていたセラスの目を必至に覆っていた。


「ええ?」


 再び魔王の疑問の声が響いた。

最終決戦の緊張感なんてなかった。

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