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「いいえ、ことが動き始めた。とだけ伝えるつもりです」
「そうだな」
苦笑し身震いした。忍者といえども人間。五感はある。
「先走る奴らの集まりだ…まだ、良いだろう」
「如何成されます、その男の居場所を早急に割り出しますか」
「可能か??」
「伝播の情報網でどの程度、分かるかは保証しかねますが、動くことはできます」
「あの男を甘く見るな…しかし、春まで待っていては奴の思う壺。できれば、冬の内に始末を付けたい。」
「御意に」
「戦と私情は分けねばな。」
「またまた、九十九様…戦などするつもりも、ないとお聞きしましたが」
九十九は、鴉主を見てため息を付く。
「お主等に隠し立てはできんな。誰から聞いた。お頭か?」
「はい。白夜時雨様本人から」
「…相変わらず、お喋りなお方だ」
「あと…」
「うむ」
「九十九様が先日、茶飲み友達の雨水様にふられたと…」
ビュン。
言葉が終わる前に九十九の投げた茶釜やら布団やらが散乱した。
投げる物が無くなり、九十九は部屋に閉じこもってしまった。鴉主が苦笑したのは言うまでもない。
「白夜様から、元気をだして、そろそろ、仕事に戻れと言うことでした」
そう告げて、馬に乗る。
「ウバメ、もう少しだけ辛抱してくれ、夜が明けたら、少し休もう」
赤茶の馬の名を呼んで、門へ向かう。
松明はまだ風に揺れる。
白夜藩城下猫ヶ町の通りを、速馬がせわしなく駆け抜ける。
伝播とは、日ノ国の情報屋。
その実体は、馬借と言われる運送業者である。
朝方の風は澄みきり、月は静かに傾いていた。
人々はまだ安らかに寝ている…。
猫ヶ町に隣接した、針葉樹林帯の今昔森でさえも。
馬の足音だけが空に響いた。