18 結末
そして結末へ……。
私と大田刑事は、津元さん殺害の犯人が岸村広美であり、確保されたこと、そして井上豪が共犯だったことを係長に伝えた。大田刑事が、私の推理通りだったと、私のことを持ち上げて話してくれた。
「おう、香崎、よくやった。あのつばのデカい帽子の女だったとはな」
係長はストレッチャーの上で上体を起こして喜んだ。係長の顔色が少しだけ良くなった気がした。近くでこちらの様子を見ていた谷中さんが、私たちの元へやってきた。
「あの、犯人、捕まったんですね」
「ええ」
「良かった。村田さんも命に別状がないみたいで……」
谷中さんは、自分が倉庫部屋の鍵を開けたせいで係長が穴に落ちてしまったことに責任を感じているように見えた。係長は若干ニヤけ顔になっていた。
「谷中さん、失礼ですが、私たちとどこかでお会いしたことないですか?」
私は尋ねたが、質問の意味が理解されていなかった。
「というのは……谷中さん、妙に私たちに接しようとしていませんでしたか? まるで、探偵か何かみたいに事件に首を突っ込もうって感じで……」
そう尋ねると、ただでさえ真面目な谷中さんが、身が引き締まるように緊張した表情になった。
「あ、いえ、すみませんでした。出しゃばったことをしてしまったみたいで……。あの、申し遅れました。私、四月からK県警察学校に入校します、谷中ことりです。皆さんが警察官だと知って、どうしてもお力になりたくて、余計なことをしてしまったようで申し訳ありませんでした」
「え! え〜〜!!」
「そうなの!?」
係長も私も声を上げて驚いた。大田刑事は冷静に驚いていた。
「あ、T県警の香崎小春です」
「あの、私は妹です。香崎夏子っていいます。警察官ではありません」
「T県警の村田圭吾です。34歳、独身です」
私は慌てて、未来の警察官に自己紹介した。夏子も。係長はキモく自己紹介した。
「あの、係長、34歳ではないですよね」
「35歳、独身です」
「もっと上ですよね」
「36歳、独身です」
「いや、もっと上です。サバを読むのは警察官としてどうかと……」
「……独身です」
係長はひたすら独身であることを強調して、ウザかった。
「うふふふ。皆さん、面白い方ですね」
谷中さんは素敵に笑った。
「谷中さん、怪我は大丈夫なんですか?」
「はい、軽症ですので。私のことよりも、村田さんのほうが」
「いえ、大丈夫です。全く怪我してません」
青白かった顔はどこへやら、係長はカッコつけながら言い切った。
「そうですか、良かったです。あ、私は業務がありますので、失礼します」
谷中さんは安心して、深々と頭を下げて去っていった。
「彼女、俺のダンディーさに気づいたのかな、脈アリだよな」
係長は自信満々な顔で、キモかった。さっきからずっとスマホを触っていた夏子が、係長にスマホの画面を見せた。
「村田さん、谷中さんのインスタポンド、見つけました、ほら、これ。谷中さん、来月に彼氏と結婚するんだって。結婚後に警察学校に入るみたいですよ」
「……え……」
係長はボケーっと画面を見つめて動かなくなった。そして、だんだんと青い顔に戻っていった。
「村田さん、そんなにがっかりしないで……え、泣いてる……」
「ぅぅぅ、ぐぅぁぁぁあ」
係長は悪魔のようなうめき声を発した。
「係長、よくあることかと。そんなにショックなんですか?」
「……ぅがぁ……たぶん、脚の骨、折れてる」
「え! 救急車呼ばないと!」
「あ、救急車、待機してますよ」
パニクる私とは対称的に、大田刑事が低いテンションで言った。
「夏子ちゃんには感謝しないといけないな。ありがとう。俺が穴に落ちた後、夏子ちゃんが俺の名前をずっと叫んでくれてたよね。だから、俺は夏子ちゃんを残して死ねないって思ったんだ。おかげで、生きて帰って来れた。夏子ちゃん、心配してくれて、ありがとう」
「そんな大げさな。村田さんが死んじゃったら、Tプリンホテルのスペイン祭のディナーに行けなくなっちゃうから、死んでほしくなかったんです」
「……え、いや、その、え、あれ……四万円……だったかな……やっぱ、泣いていいかな……」
係長は、脚の痛みより、経済的な痛みに涙しそうになっていた。大田刑事はこのおバカなやり取りを見て呆れていた。私は、周りにK県警の捜査員がたくさんいる中で、結構恥ずかしかった。係長はこの情けない状態で、救急車で運ばれていった。
係長は左膝と左足かかとの骨折でK県の病院で少なくとも二週間の入院が決まった。鑑識によると、落とし穴、いや、船底に降りるための扉が開いてしまった理由は、興梠さんが言った通り、固定していた二本の鉄の棒が金属疲労で折れてしまったことが大きいということだった。私は事件の現場検証と調書作成のために、滞在が一週間伸びることになった。大学が冬期休暇のため、夏子も私と一緒に滞在を伸ばすことに決めた。
その後、津元さん殺害事件の捜査は進み、岸村広美は殺人罪で逮捕、井上豪は幇助犯として逮捕された。判明した事件の概要は次のとおりだ。
岸村広美は、津元と交際していた。津元のユー・ストリームの動画に出演するくらい二人は仲が良く、事実婚状態だった。しかし、津元が別の女性と関係を持って、岸村に別れ話を切り出した。そのことが引き金となり、岸村は津元を殺そうと思い立った。
岸村はたまたま、ネット掲示板に書かれた " 豪華客船クルーズで事件が起きる " という書き込みを見つけ、クルーズ船での殺人を思いついたそうだ。そこで、岸村は、四国なると観光の井上豪を利用しようと考えた。井上はその二年前、無料動画サイトのユー・ストリームの津元が運営する " 野外キャンプ&料理チャンネル " において、津元の動画自体だけでなく、津元の人格や岸村の容姿等を批判する意見を多く書き込み、二人から裁判を起こされた。その結果、井上は誹謗中傷したとして、裁判所から300万の支払い命令を受けた。岸村は、自分の手助けをすれば、その支払いを免除するという条件を井上に持ちかけた。
岸村は津元をクルーズ旅行に誘った。岸村は不倫プレイをしようと津元に提案して、それぞれ別に部屋を取ったそうだ。108号室と109号室に。
私の推理したとおり、岸村は偽造した運転免許証を使い、変装して西武雄として乗船し、デスクの中に隠れて下船した。その後、岸村本人として乗船した。岸村はあらかじめ井上から予備の鍵を受け取り、物置部屋に津元を誘い出して殺害した。凶器のナイフは海に投げ捨てるか、下船後にどこかに捨てようと考えていたそうだが、津元の死体が発見されてしまい、私たちが警察官だということを偶然知り、酒木さんに疑いが向くようにして捜査を撹乱するために私たちに向けてナイフを投げたということだった。普段から野外キャンプをしていた岸村は、アウトドアナイフの扱いに慣れていた。
西武雄という架空の人物を乗船させた理由は、単純に西に殺人の疑いを向けるためだった。ずっと行方不明のままの人物になら、永久に殺人の疑いが向くだろうと考えたそうだ。
殺害当日の朝に、 " ニシピッピが死ぬかもしれない " とネット掲示板に書き込んだのは、岸村だった。岸村は「西と名乗ったのは、仁志さんへの未練があったからかもしれない」と話したそうだ。西として受け取ったルームキーは、デスクの中に隠れる際に、メンテナンス用の床の扉の下が船底まで続いていると井上から聞き、西という人物の存在の証明を続かせるために、床の隙間から発見されにくい船底へ落としたということだった。
私たちの乗ったなると丸が帰港した朝、四国なると観光本部前で、捜査員が出勤途中の井上に事情聴取をした際、津元が殺されたことを伝え、前日に縄梯子やカラオケマシンと一緒にデスクを船から降ろした理由を訊いた途端、井上は頭をかきむしってその場にしゃがみ込み、岸村から依頼されたことを白状したそうだ。ただ、井上は殺人が行われるとは知らなかったようだ。
もし、岸村が " ぴっぴ " という言葉に反応しなければ、T県在住でなければ、もし、井上が白状せずに白を切り通したなら、この事件は完全犯罪になっていたかもしれない。
ネット上にあふれる膨大な掲示板、日本中で毎日数多く行われている豪華客船クルーズ。その中で、天文学的確率で、私は関連する二つのことを引き当ててしまった。ひとつは、夏子の同級生がネット掲示板に書かれた意味深な書き込みをたまたま見つけたことで、夏子が興味を持ち、私が " ニシピッピ " という重要な言葉を知ったことだ。もうひとつは、殺人事件が起きた豪華客船なると丸に私が実際に乗り合わせたことだ。それらのことがなかったら、今回の殺人事件を解決できなかった。
運に見放されてせっかくの旅行が仕事に変わってしまったが、事件解決のための運を引き寄せてしまった。今回の事件もいつも通り、通常起こり得ないであろう変な事件だった。
変な事件だったのかなあ。
まあ、係長、今回も失恋。




