宝くじ
男は宝くじ屋を前に、三百円を握りしめていた。鼻先は赤く、吐く息が白い。彼の前には一人だけ客がいて、彼女がバラの十枚を買い終えるとすぐ、男は、
「一枚ください」
そう言った。そして、差し出されたトレイに百円玉三つ落とし、くじの紙を受け取れば彼はそのまま走り去った。頭頂部のはげたのを、どうにか周りの毛で隠していたのが、その勢いで露わになって、それでも気にせず走る。にやにやと、我慢しきれないような笑み――それを浮かべて。ファスナーの開いたジャンパーは、紙切れと共にはためいて、その褪せたカーキが重たい雲間から差す陽光を飲み込んでいる。
大通り、並木向こうの車道を過ぎる車は五十台に上った。疎らに往く歩道の人々は、奇異な目を向けている。
男はそれを気にする様子もなく、途中を右に折れ、細い路地を過ぎて今度は角を左へ行った。すると、家を3軒横切ったところで、ようやく走る勢いを緩め、その五歩目でゆっくりと歩き始めた。古い街並みの住宅街。木格子のかかる窓のある家々が左右に建ち並び、等間隔に電柱が刺さっている。
彼が戸を空けたのは、どれより幅の狭い家だった。すぐの土間に、踵を踏みつぶした靴を脱ぎ捨て、遠慮のない足取りで廊下から通じる階段を昇っていく。それは、人ひとり通るのがやっとの狭さで壁のような急坂だった。キシキシ甲高い音の末、上がってすぐの障子戸が開かれた。畳部屋が雑多なもので溢れ、その真ん中に丸い木机が置かれていた。
男はその前に座って、未だ荒い息を整えつつそっとくじの紙を置いた。ただ静かな部屋。物が多いだけで整頓はされて、埃はない。彼がこうして宝くじを買うのは既に十五回目で、三年を過ぎている。
突如吹きつけた風に、窓が軋んだ。窓外に、今に降り出しそうな雲を見上げてから、男はクローゼットのノブに引っ掛けたタオルを睨みつけた。そして、部屋の隅に積み上がる中からノートを一冊手にすると、その一ページ目にボールペンのペン先を置いた。
ただ一画、正の字の三本目を入れて、彼はそっとノートを閉じた。




