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虫
ムカデがいた。居間にでた。もぞもぞと器用に百本の足がうごめいている。僅かの間ただそれを眺めたが、とり急ぎ火ばさみと殺虫剤を取りに行った。もう箪笥の陰にでも隠れていてもおかしくない位には時間がかかった。諦めるしかないかと戻れば、まだ奴はゆっくりと道を渡っていた。安堵に息をついて、火ばさみで挟み込むまま殺虫剤を吹き付けた。しばらくは目一杯に体を反らして尾を突き立てていたが、直に力尽きた。
あと少し早く逃げていれば、もしかしたら逃げ切れていたのに。どうも警戒心が薄かったようだ。
そう考えると今度は、こちらの胸の内に何かつかえるようでいる。もやもやと黒い霧の凝縮した塊がある。私はそれを奴の無防備の所為とした。
その晩、母にムカデことを伝えたら、
「自然の世も若者はマイペースだね」といった。
霧は余計に濃くなった。




