わが子
青い空の広がるうちは、安らかに眠るこの子に、ようやくほっと一息つける。
揺り籠に柔肌。軽い寝息の落ち着くままに、私も誘われ、それでも閉じかけた瞼を堪えた。
洗濯カゴを提げてベランダへと出れば、吐息は白く立ち昇り、それの陽光に輝く間にも、洗濯バサミに靴下を留める。
ふと見上げて窓に映る顔は、老けた五十代の女――否、二十代後半の私。あの痛みの先に、更に苦しいものがあるとは…。
吐いた溜め息は、これまた白く立ち昇った。
追うように空を眺めれば、太陽に薄く膜を張り、灰の雲が家の上から広がり始めていた。逸る気を深い呼吸で収めながら、干した靴下をもう一度カゴに戻して、急ぎわが子の元へと階を下った。
崩れた表情に、薄暗くなる部屋。チロチロと玩具を鳴らしても、子供騙しにすらならない。
妙な静けさに覆われて、ゆっくりと小さな口が開いてゆく。
――くる。
「わぁーんっ。あーーんっ」
「はいはい。いい子だよー」
立ち込めた暗雲から、透明な涙と共に雨粒が落ちる。小雨で留まることはなく、屋根や地を叩く音は大きく響く。泣き声も呼応して、大きくなる。
和音のように馴染んでいるのに、その合奏は脳を痛く揺らす。
乳をあげようと差し出したが、そうではないらしい。ではおむつかと替えても泣き止まない‥‥。
段々と強まる雨足に、抱きかかえた腕の力が僅かに緩んだ。赤子の泣き顔が、誰か分からなかった。気づけば私は重い石を持っていた。
このまま落とせば足が潰れる。だから近くの揺り籠へとその石を置いた。
そして、お風呂を洗っていないのを思い出した。
洗面台にいけば、どうしてか鏡を雨粒が伝っていた。ティッシュで拭ってもそれは勢いを増すばかりだった。
雨音がまたうるさくなった。
強く擦った。それでも、キュッキュッと音の成すだけ、雨粒は取れない。
不思議に思い指で触れた。すると、それはただ冷たい鏡面だった。傾げた首に、また鏡を雨粒が滑った。ふと頬に手をやった。雨粒は私の涙だった。
「あーーんっ! わーーんっ!」
突如降ってきたその声に、心臓が止まった。
「ごめんっ。ごめんねっ…。ごめんなさい…」
泣きながらわが子を抱き上げた。懸命に揺すってあやした。雨の降り止むまで続けた。
――晴れた空。そしてわが子の寝顔。久しく思えた。
上向く手に、そっと指を差し出せば、優しく握り返してくれる。
その温もりが、駆けて戻る時にぶつけた足の小指をひどく痛くした。
両者はじんわりと、体の中心へ広がりきた。ただ、私の眠る間に。




