絶景と絶望の断崖城
高い崖の上に、その都市はあった。
まるで空に浮かぶ城のように、天を突く絶壁の上に広がる石造りの街。
「うおお……高所恐怖症にはキツいな」
崖の下から続く、延々と続くらせん階段を登りきった悠真は、膝に手をついて息を整えた。
「ここが、リムロスの断崖城……まるで空中都市ね」
セラは風に揺れる髪を押さえながら、どこか感慨深げにつぶやいた。
「景色は綺麗だけど……なあんか、空気がピリついてない?」
ザイドが眉をひそめる。確かに、町全体にどこか妙な緊張感が漂っていた。
「ようこそ、旅人たち」
彼らを迎えたのは、重厚な鎧を着た男――この都市の守備隊長を名乗るガラドという人物だった。
「少々、お力を貸していただきたい」
彼はそう切り出した。
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「城の外縁に、不審な亀裂が現れ始めておりましてな。住人たちも動揺しておる」
ガラドは街の地図を広げる。崖の外壁に沿って、無数の亀裂が刻まれているのが見て取れた。
「このままでは……都市ごと崩落しかねません」
「マジかよ……」
悠真たちは愕然とする。
「亀裂の発生は自然ではない。何者かが下から破壊しようとしている。もしくは……」
「もしくは?」
「この城自体が、誰かを封印するための蓋だったとしたら?」
バスの言葉に、一同は静まり返る。
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調査に乗り出した一行は、崖の裏手――立入禁止区域に入り込む。
薄暗い岩壁の奥、そこにはかつての聖堂の残骸があった。
そして――
「これ……転移魔法陣? 崩れてるけど、構造は残ってるわ」
セラが驚愕する。床一面に刻まれた紋様、それは悠真が過去に地下遺跡で見たものと酷似していた。
「まさか、この都市そのものが、転移装置の一部だったってこと?」
「いや……違う。これは封印の構造だ」
フィリエルが、崖下から吹き上げる風の流れを読み取り、確信めいた口調で言った。
「この街の重さが、何かを押さえつけている。だから今、外壁が割れてるのは……」
「……その下の何かが、目覚め始めてるってことか」
悠真が呟いた。
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「じゃあ、俺たちはどうすればいい?」
崖の上に戻った悠真たちに、ガラドは深く頭を下げた。
「戦う覚悟は、ありますか?」
「……あるさ」
「でもな」
悠真は仲間たちを見回す。
「俺一人じゃ無理だ。ここにいる仲間たちがいるから、俺は立てる。フィリエル、空を飛べなくても、俺たちを見守ってくれ」
「うん!」
「セラ、魔力管理は任せた」
「当たり前でしょ」
「ザイド、前衛は任せる」
「任された」
「バス、仕込みは完璧に頼むぜ」
「任せろ、鍛冶屋の誇りにかけてな」
「よし、じゃあ……崖を守るぞ!」
放浪団の声が、断崖の風に乗って響く。
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夜。崖の下から、黒い影が這い上がってくる。
巨大な魔物だった。名前も、由来も不明。ただ、かつてこの地を滅ぼしかけたという伝承だけが残っている。
「こいつが、封印されてた……?」
「いや、これは番犬だ」
ザイドが歯を食いしばりながら言った。
「本体はまだ、目覚めていない。こいつは……それを起こすための前座だ!」
「じゃあ――止めるしかねぇ!」
悠真が剣を抜いた。バスの作った剣は蒼く輝き、セラの魔力と共鳴する。
「放浪団、総力戦だ!」
魔物の咆哮。それに負けない怒声をあげて、仲間たちは駆け出した。
空は、夜の闇に包まれていたが――
その下で確かに、光が燃えていた。
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戦いは激戦だった。だが、彼らは勝った。
崖の都市は崩れずに済み、魔物はふたたび眠りについた。
「……結局、本体は目覚めなかったけど」
セラが空を見上げる。
「たぶん、次は……もっと大きな波が来るわ」
「なら、その時までに――俺たちも、もっと強くならないとな」
悠真は笑う。
リムロスの断崖城。そこで彼らは知った。
世界は、崩れかけている。
それでも、希望は仲間と共にある。