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コンコン
あーべっどさいこー
もういっしょううごきたくない
コンコン
もうさーなにもかもがめんどくさいよね
やとうとかてーこくとかぜんぶまかせちゃえばよくない?
コンコンコン!
だいたいさーこちとらただのけいびいんよ?
いせかいてんいとかにがおもいって
カチャカチャ……ガチャッ
バン!!
ここからはじまるおれのすろーらいふ
このままあじわうむげんすりーぴんぐ
うーん、いまいち……
スタスタスタ、スゥッ……
「起きろーーーーー!!!!」
「ハイ!?」
急な大声に飛び起きる。
まだぼんやりした頭で何事かと周囲を見回すと、隣で寝ていたライラも起き上がり、眠そうな目で俺と同じようにキョロキョロと周囲を見回していた。かわいい。
「ようやく目を覚ましたね。まったく、何度ノックしても起きやしないから勝手に入っちまったよ。さぁ、起きた起きた。お客さんだよ」
そこまで言われて、ようやく寝る前までのことを思い出す。そういえば夕方くらいに来るとか言ってたな……てことはもう夕方なのか。ウソだろ全然休んだ実感無いぞ……。
「なんだいなんだい、ずいぶんとボンヤリしてるじゃないか。来た時はあんなにシャンとしてたのに、寝起きだからって気を抜きすぎじゃないかい?」
あぁ、確かになんかボンヤリするというか、頭が働かないというか、なんかスイッチが入ってないというか……。
「ほら、さっさと着替えちまいな。あんたのお客さんには準備中って伝えとくからね。急ぐんだよ」
そこまで言って宿屋の女将さんはさっさと部屋を出ていく……いや、いくらなんでも勝手に入って来んなよな……。
まぁそんなこと言ってもしょうがないか。もし起きなかったら起してくれとか頼んだ気がするし。
それにしてもなんだ、本当に頭が切り替わらない。もうずっと寝てたい。
でも行くしかないんだよなぁ……めんどくさい。めんどくさいが、言ってても仕方ない。
やる気なく、もそもそと警備員の制服を着込んでいく。
警備会社のワッペン付きの水色のワイシャツ、濃紺のスラックスに、小豆色のネクタイを締める。スラックスと同色のジャケットを着て、その上から腰にベルトを巻く。ベルトに警棒を固定し、ジャケットにネームプレートをセット。最後に帽子を被って完成だ。
そうやって一揃え着込むと、さっきまでのぼんやりとした意識が消し飛ぶような感覚に襲われる。それこそ頭や身体を動かすスイッチを、片っ端からバチバチと一気にオンにしていくような、何か漲るような感覚だ。
まぁめんどくさいという思いは消えないんだけど。
これはもしかしなくてもあれだな、『警備の心得』だな?
はー、なるほどなるほど。つまりこれからも戦ったりなんだりで生き抜きたければ、警備員の制服をバッチリ着込めと、そういうわけだな?
めんどくせーーーーーーー!!!!!
でもスキルはあれば便利どころか必須級だからなぁ……特にあのスローがデカい。
あれが無ければ俺はとっくに死んでる。ライラを助け出すどころか、最初の一人で普通に死んでたわ。
ちゃんと着るしかないかぁ……マジでめんどくさいけど……。
そうしてる間にライラも起きだし、服を着て準備万端待っていたみたいだ。ライラは簡素な麻の服だし、楽でいいなぁ……。
「よし、行こうか」
「はい!」
うん、良い元気だ。しっかり休めたみたいだ。
とはいえ足は挫いたままだし、運んであげないとな。来るときはおんぶだったし、今度はお姫様抱っこで連れてってあげよう。
意気揚々と抱き上げ、ライラには俺の首の後ろに手を回させる。若干恥ずかしそうにしているのが可愛い。お姫様抱っこにした甲斐があるってもんだ。
少しギシギシと鳴る階段を降って、一階の食堂になっている場所に降り立つ。
夕方だからか食べ物の匂いが充満していて、そういえば昨日の夜から飯をまともに食べていないなと思い出す。同時に、目の前から「くぅ~……」という可愛らしい音が鳴った。ライラに視線を向けると、とても恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めた。可愛い。もっと埋めといていいぞ。
そんな風にほっこりしていると、横合いから声をかけられた。
「来たなケント」
「ジャン? 人を向かわせるって話じゃなかったか?」
「なに、俺が直接呼びに来た方がいいだろうと思ってね。すぐに行けるかな?」
「あ~……先に飯食べたりとかってしてもいいか? 昨日からまとも食ってなくてな」
そう聞くと、ジャンは我が意を得たりというような顔で待ったをかける。
「そうだろうと思ったよ。お堅い報告は昼間のうちに済ませてあるから、君たちからの話は食事でも取りながらでも、ということになっていてね。大変だっただろうし、労いの意味もある」
「それは助かる。で、場所は?」
「領主邸だ」
Why?
◇◇◇
領主邸への道すがら、俺はジャンへと問いかける。
「なんで領主邸なんだよ。食事って領主邸でか? 俺は礼儀とか知らんぞ」
「今回の件、やはり帝国の軍による襲撃であると判明したからね。外交問題になる以上、領主様が出張らないわけにもいかないだろう?」
通りを歩きながら、周囲から漂う料理の香りに腹が刺激される。
ライラのように可愛い音は出せない。「ぐぐぅ……」といったくぐもった低い音がさっきから鳴り続けていた。
ジャンには聞こえていないようだが、お姫様抱っこをしているライラにはしっかり聞こえているようで、さっきからこちらをチラチラと見てきている。そうだよ俺の腹の音だよもう我慢の限界だよ。
「領主邸での食事は特に他意は無い。先ほども言った通り、領主様が直々に労うと仰っていてね。領主様は気のいい方だから、普通にしている分には礼儀も気にする必要はないさ」
あぁ、あの肉美味そうだな……なんかハーブめっちゃ使ってるせいか、すげーいい匂いしてるんだよなぁ……。
「領主様が特に気にしていたのが、君が村に飛ばされたとかいう話で……聞いてるか?」
「もちろん聞いている」
「そんなよだれ垂らしそうな顔で言われても説得力はないぞ。……まぁ、一本くらいならいいだろう」
ジャンは肉屋に近付き、肉串を二本買って戻ってくる。
さっきから漂っていたハーブの匂いがさらに強くなり、ひと際大きな音が腹から鳴った。さすがにこれはジャンにも聞こえたようで、苦笑しながら串を差し出してくる。
俺はライラを降ろしてありがたく肉を受け取り、勢いよくかぶりつく。肉は硬めで野性味溢れる感じだが、ハーブが効いているからか臭みはない。むしろ強い肉の味とハーブが合わさり、不思議な風味を醸し出していた。現代の洗練された繊細な肉とは違うが、これはこれで中々美味い。
夢中で一本食べきり、若干の物足りなさを感じていると、肉が数個減った串が目の前に差し出された。
「ライラ?」
「私には一本は多いですから」
そうニッコリ笑い、「はい、どうぞ」と肉を口に押し当ててくる。そのまま齧りつき、もぐもぐと咀嚼する。なんかライラも嬉しそうだし、このまま全部食べてしまおう。
全部食べ切り、「ありがとうな」と礼を言いながら頭を撫でる。くすぐったそうに、気持ちよさそうに目を細めるのがとても可愛い。なんか今日可愛いしか言ってない気がする。
さて、腹の虫も落ち着かせたし、領主邸の飯……もとい、領主様の元に行きますかね。