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ライラを抱きかかえて歩くこと十数分、遠くからも目立っていた領主邸へと到着した。
柵や庭などは無く道に直接建物が面しているが、その分だけすぐ近くの建物と見比べることができる。そうして見ると、他の家と比べこいつだけ異様に高いしデカい。階数は外から見る限り三階建てっぽいが、一階あたりの高さが他よりもかなり大きい。一階部分には石をふんだんに使い、しっかりとした土台を感じさせる。二階以上には木と煉瓦を組み合わせた感じで、いかにも防御力高いですって主張しているみたいだ。
……なんか今までの事を考えると、実はこの街って結構ヒリついてるんじゃなかろうか。街の規模は小さめだけど全周囲を石壁に覆われてるし、領主邸も煌びやかさよりも防御力を重視してるっぽいし、近くの村を帝国軍とやらが襲うし。
さすがに常時戦争状態というわけでもなかろうが……もしかしてかなり最悪なタイミングでこちらの世界に飛ばされてきたんじゃ……? これ今からでも回れ右してどっか逃げてもいい?
そんな事をつらつらと考えている間にも、ジャンが入口にいる衛兵っぽい人に話しかけて、扉を開けてもらっていた。二人いたうちの一人が屋敷の中へと先に入っていったのは、たぶん到着したっていうのを領主様だかに知らせに行ったんだろうな……。なんて事だ、もう逃げられないゾ。
「さぁ、領主様がお待ちだ。部屋まで案内しよう」
「ウッス」
「……どうした、急に嫌そうな顔をして」
「いやぁ……キナ臭いにおいがプンプンしてきたから、できればお暇できたらなーと」
そこまで聞いたジャンはニヤリと笑い、逃がさぬとばかりにこちらの腕を掴む。
「もう遅い。君の特異性といい、経験といい、もう首までどっぷり浸かってるんだ。諦めろ」
「ですよねー……」
そのまま領主様が待つ部屋とやらへ強制連行されるのだった。
◇◇◇
領主邸の廊下を歩いていく。
見渡せば、領主邸らしい煌びやかさなどは無く、ただ無骨な砦らしさが続いているだけだった。床の中央を覆うカーペットと、わりと短い間隔で蝋燭が灯されているのが、贅沢らしい贅沢といった感じだ。まぁこの世界におけるカーペットとか蝋燭の価値知らんけど。
やがて両開きの大扉の前でジャンが止まり、若干ではあるが衣服を正してからノックをした。
「エドリック様、件の者をお連れしました」
「入れ」
中から聞こえてきたのは領主らしく命令する一言と、それとは裏腹な優しげな声だ。
はたして扉の先に居たのは、貴族らしい恰好をした、優しそうなおじさんといった風貌の男だった。
ひとまずライラを横に降ろし、領主に向き直る。
「ようこそ、ケント君。私がストンヴェイル領が領主、エドリック・ストンヴェイルだ」
「初めまして、ストンヴェイル卿。ケント・モリヤです」
とりあえず相手の爵位も何も知らんので卿でお茶を濁す。まさか領主を拝命していて爵位も何もないとかいうことはないだろ。……ないよな? 間違いではなかったようで「エドリックでよい」と微笑みながら返された。
一応お辞儀なんかもしたけど、こっちの作法から見て礼儀として通るかはわからん。わからんけどやっといて損はないだろう。何か言われれば「自分の地方の礼儀はこうなんです」で通せばいい。
挨拶をしつつ、部屋の中をキョロキョロとしない程度に見渡すが、カーテンやそれらしい調度品で一応飾ってはいるものの、やはり建物自体の無骨さを消しきれていないと感じる。本質的にはやっぱり砦みたいな感じなんだろうな。最低限、会食に使えるように整えたんだろうなというのがわかる。
「そちらのお嬢さんが村の生き残りだね? 大変だったね」
「は、はい、ライラっていいます」
村人に対してお嬢さんと呼んだり、露骨に下に見るような物言いをしたりしないところを見るに、気のいい方だというのはその通りなのだろう。領主らしくないとも思うが、そもそも俺の知識が小説とかから仕入れてるから、実際はどうかわからんな。
「立ち話もなんだろう、座ってくれたまえ。すぐに料理を運ばせよう」
そう言って席を指し示すエドリック卿。では遠慮なくと、ライラに手を貸して席に案内し、自らも座る。
ジャンは……席には着かずに、エドリック卿の後ろに控えるように立った。一応護衛みたいなもんか?
席に座るとすぐさま扉が開き、料理が運び込まれてくる。テーブルに並べられる料理はどれも美味そうで、量も申し分ない。ライラの前に並べられる皿は、ライラの年齢を考えてか盛り付けが少なくなっていた。ちゃんと調整してるんだなぁ。
「さぁ、我が料理人自慢の品々、遠慮なく食べてくれたまえ」
では早速……と言いたいところだけど、この世界では食事前のお祈りとかするんだろうか。しなきゃ失礼とかあるのかな。
……考えても仕方ないか。挨拶の時の礼儀と一緒だ。地球流で失礼がないようにすればいい。
正直そういうのめんどくさいとは思うけど、やって損があるわけでもないからな。やらないで何か突っかかられる方がめんどくさいし。
そういうわけで「いただきます」と言って顔の前で手を合わせ、目の前の料理を口に入れていく。
「これは……!」
美味い。いや正直舐めてた。なんか世界は中世風だし、今まで街並みとか服装とか見てきて11世紀とかその辺の時代っぽい技術水準かなと思ってたから、料理もそこまで期待はしていなかった。ここに来る前に食った肉もハーブつけて焼いただけで、塩だの胡椒だのの調味料が使われた感じなかったしな。
でもこの料理はちゃんと塩味や香辛料を感じるし、ソース等もしっかりと味がついている。
まぁパッと見は肉焼いただけだったり、サラダは盛り付け適当だったり、スープも肉や根菜を入れて煮込んだだけだったりで、技巧という方面では洗練されていないが、味は申し分ない。
夢中になって食べていると、こちらを見てニコニコしているエドリック卿に気が付いた。
「っと、これは失礼。料理が美味すぎて夢中になってしまって」
「構わんよ。それだけ美味しそうに食べてもらえれば、うちの料理人も喜ぶだろう」
それに、と続けて俺の隣に視線を移す。
「ライラ嬢も気に入ったようだ。結構結構」
俺も横を見れば、そこには小食なりに夢中で食べているライラがいた。
口いっぱいに頬張るということはしないが、注目されているのにも気づかずにもぐもぐしててかわいい。
ライラを見てほっこりしていると、エドリック卿が「さて」と言って若干雰囲気を変える。
さすがにそれにはライラも気付き、食事の手を止めてエドリック卿へと顔を向けた。
「大まかなあらましはジャンから聞いた。捕らえた敵兵も尋問し、帝国の兵士であるという確証も得た。ライラ嬢には災難であったが、不幸中の幸いとして、ケント君という『渡り人』をこちらに引き込めたのは大きい」
『渡り人』?
なんだそりゃ。
「失礼、エドリック卿。渡り人というのは?」
「そうか、渡り人本人はそういった知識は無いのだったな。渡り人とは、我々が住む世界とは異なる世界より渡ってくる、超常の力を持った人物の事だ。その知識は数世代は先を行き、その武力は一騎当千とも伝え聞く」
なるほどね、そういった存在がいると伝えられている程度には、渡り人とやらは過去に何人か来て何事かを成し遂げたってことか。
そして、俺にもそういった働きを期待されている、と。
めんどくせーーーーーー!!!!!




