第25話 忠犬少女と
――晴町ダンジョン 第09階層――
「ご主人様は離れてて! 危険だよ!」
「先輩……! 気をつけるっす!」
ここは『晴町ダンジョン』の第09階層。
地図によるともうすぐ第10階層への石碑である。
私達は現在、走ることを止めて立ち止まっている。
なぜ立ち止まっているかというと、目の前に『宝箱』が出現したからだ。
晴町ダンジョンは『地下迷路ダンジョン』である。
地下迷路ダンジョンは『採取ポイントがない』代わりに極稀に通路に宝箱が出現するのだ。イベントやボスドロップ以外での宝箱は奇跡みたいな存在である。
しかも今回は、
「銀箱! 今度こそ良いモノ頼むよ……!」
宝箱にはランクがあって『銀箱』は上から3番目のレアリティである。この前のイベント部屋の賞品も銀箱だった。あの時はゴブリンハウスを壊滅させたが、今回は無条件での入手である。凄いことだ。
いや、完全に無条件ってワケじゃないけどね。
ダンジョン内に出現(もしくは配置)される宝箱には十中八九トラップが仕掛けられている。宝箱を開けると連続で繰り出される矢、毒矢、麻痺矢、毒ガス、強酸、電流トラップ、すごい光、臭いガス、爆竹、煙幕、なんか服だけ溶かすスライム……、
とにかく素人は迂闊に開けられない。
命の危険が危ないのだ。
「それじゃあ、開けるからご主人様は離れててね」
パカッ!
ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
痛い……宝箱を開けるとどこからか矢が飛んできた。
眉間に1本、左肩に1本、右脇腹に1本、矢が刺さっている。パンピーなら確実に即死である。
「痛てて、これは……傷口が腐るタイプの猛毒!」
言いながら、眉間に刺さっている矢を引き抜く私。矢を抜く時は矢じりを折ってから抜くとスムーズに抜ける。
「先輩……少しは回避する努力をしましょうっすよ……」
「ダメだよ。避けた矢がご主人様に当たるかも知れないし。そんな危険なことできないよ」
不死の私は宝箱のトラップを解除するよりも、迂闊に開けて全受けした方が早いのだ。そもそもトラップ解除の方法なんて知らないし。第09階層までの通路トラップも踏み抜くことで解除してきた。
せこせこやるより何も考えずテキトーにやった方が早い場合もあるのだ。
「ご主人様、毒の味って分かる? ダンジョンで使われる毒は色んな種類があるみたい。身体を蝕む感覚がみんな違う。締めつけられる痛み、焼けるような熱さ、血管が逆流する不快感。だんだん細かい違いが分かるようになってきたよ。私、そろそろ毒ソムリエを名乗って良いかな?(決め顔)」
「えっと…………す?」
呆れられとる!?
めずらしくカッコつけてみたのに!!
「まあ冗談はさておき、宝箱の中身は何かなっと」
宝箱の中を覗くと『大きな斧』が入っていた。
―――――武器―――――
【風神の斧(片手斧)】
魔力を込めると魔法風が発生する。
とても繊細な作りのため壊れやすい。攻撃力大。
――――――――――
「片手斧っすね! 先輩の新しい武器っす!」
見た目がかなり大きいので大斧かと思った。私がいま装備している斧の3倍はある。これで片手斧なのか。たしかに柄は短いけど。
「魔力を込めると風が出るって、どういう感覚なんだろうね。ちょっと一戦だけ試してみても良いかな?」
「もちろん大丈夫っす。いくらでも試してみるっす」
いや一戦だけで良いけどね。とりあえず試すだけだし。ボス戦はいつもの斧を使うつもりである。この斧の本格的な練習は後日で良いだろう。
「それじゃあ、白餡、モンスターを探すっす!」
「きゅぷりゅっ!」
白餡が『索敵』のスキルを使いモンスターのいる場所へ案内してくれる。第10階層までの通り道にいるモンスターで良かったんだけど……ま、良いか。
「いたっす! モンスターっす!」
通路の先にいたのは『巨大なひとつ目にコウモリの羽』を生やしたモンスターだった。
「ギョロン3匹か、試すにはちょうど良いね」
ギョロンは大きな目玉に羽が生えただけの、雑なデザインのモンスターである。しかし、この晴町ダンジョンでは最強の雑魚モンスターだ。
ギョロンの得意技はサンダーブレスである。目玉が真っ二つに割れて口が開き、稲妻を吐き出してくる。放射状で不規則に飛んでくるサンダーブレスはとにかく避けづらい。麻痺の効果もあるので下手するとカスるだけで死につながる。かなり殺意の高いモンスターである。まあ私には電流効かないけど。
新しい斧を試すには良い敵だ。
私は風神の斧を右手に装備して、魔力を込める。
「風神の斧よ! 風を纏え!」
とりあえず、なんとなく、カッコ良いかなと思って詠唱的なモノを唱えてみた。私のオリジナルである。
よく考えたら魔力を込めるって概念が分からないよ。
探索者としてジョブを授かると魔力的なものを使えるらしいが、私はそういうのとは無縁の探索人生を歩んできた。ゴブリンに対して力いっぱい斧をブンしてるだけの人生だった。
ビュォォォッーーーー!!
と、斧から風が巻き上がった。
「先輩!? 風が!?」
斧から生み出された風が私の身体を覆っていく。まるで竜巻を纏っているようだ。風がビュービュー吹いていて涼しい。でもこれ……意味ある?
「斧から噴出する風を纏うのが効果みたいだね。どういう意味があるのか分からないけど、とりあえずギョロンを攻撃してみるよ」
「ええ〜? 先輩なんっすか!? 風の音で良く聞こえないっすー!!」
ご主人様が大声でこちらに話しかけている。なるほど風がうるさすぎて会話がままならない。戦闘中に連携取れないとか、かなりの欠点だぞ風神の斧。
「とりあえず、行ってみる!」
私は一歩踏み出して、
一瞬でギョロン3体を斬り殺した。
「え゛え゛っす!?」
「はあ?」
はあ?
はあー?
はあーーー!?
今起こったことを解説するよ。私が走り出そうと踏み出した瞬間、気がついたらギョロンの目の前にいた。だから斧を振り回して斬った。一振りで3匹同時に斬れた。何が起きたかというより、どうしてこんなコトが出来たのかが分からない。これが風纏の力なのか? 強すぎない?
「先輩……すごいっす! 一瞬でモンスターに走り込んで倒しちゃったっす! 今の速さはウチでも無理っす!」
ご主人様が目をキラキラさせて私を見てくる。いや確かに今の動きは神がかっていた。自分がスーパーマンにでもなったかと思った。
「この斧強すぎない? あ、でももう、刃がちょっと欠けてる……」
マジか。先ほどの攻撃の代償だろうか? 斧の刃がちょっと欠けていた。いや脆すぎだろこの斧。繊細とは書いてあったけどココまでなのか? 修理代大丈夫か?
その後『この斧どっちかというとご主人様が使った方が強くない?』と考えた私は、ご主人様に試しに使わせてみた。が、風は纏えるモノのスピードアップ等の効果はとくに見られなかった。
「何っすかね? 風で攻撃範囲は広がってるみたいっすけど、先輩みたく『劇的に素速くなる』みたいな効果はウチには出ないっすね。何か仕組みがあるっすかね?」
「うーん、なんだろうね……バグかな?」
風神の斧は私だけ特別な効果があるのだろうか?
それとも何かべつの理由が……?
詳しく検証している時間もないので、とりあえず今はダンジョンを攻略することにした。
…
……
………
――第09階層 転移の間――
地下迷路を抜けた先の大きな広間に私達はいた。
部屋の中央には『第10階層 最終BOSS部屋』と刻まれた石碑が鎮座している。
なんで英語と日本語混じってんだよ、とか思ってしまうが無粋なので止めておこう。これはダンジョンの意思なのだ。他国ではどういう表記なのかは知らない。
「なんでBOSSだけアルファベットなんすかね?」
無粋! ご主人様無粋!
「たぶんだけど、ダンジョン側が雰囲気で『BOSS』という表記を当ててるんだと思う。支配者部屋とか監督部屋とか書かれてもモチベーション下がるでしょ?」
「うーん、よく分からないっすが、ダンジョンも文字表現とか大変なんっすね」
ダンジョンのデザインに対して労った人類はご主人様が初だろう。良かったなデザインしたヤツ。どのジャンルにも変なところに注目してくれる人間はいるぞ。
「それじゃ、あとはこの石碑に触れて第10階層に行くだけだね」
「っす、第10階層はボス部屋だけなんっすよね?」
「そうだよ。転移先がボスの部屋になっててそのまま戦闘になるんだ。ボス部屋に入ったらもう逃げることは出来ない。帰還石も使えなくなる」
帰還石持ってないけど。
『ボス部屋に入ると逃げれない』というのが、ダンジョン最大にして最悪のクソ要素である。今回のように誰かが一度でもクリアしていれば、後発パーティーはボスの情報を持って攻略に挑める(私達は晴町のボスの姿から技、弱点まですべて理解している)。しかし誰もクリアしていない場合、完全に無情報でボスに挑まなければならないのだ。
ボスがどんな姿か? 名前は? 技は? 特性は? 弱点は? 攻略に最適なジョブは? そのすべてが伏せられている状態で挑むというのは、とてつもなく難易度が高いのである。
この世界はゲームとは違う。
死んだからと『コンテニュー』できるワケではない。
万全に準備しても手落ちがあるかも知れない。アイテムは足りるか? 魔法は? 武器は? 相性は? 悩みだしたら沼である。誰にもクリアされていないボス部屋は、入るまで一切の全容が分からない。
そんなこんなで情報のないボス部屋に好き好んで突入する探索者はほとんどいない。Sランクダンジョンの攻略が進まない理由のひとつでもある。ダンジョン攻略におけるボス部屋へのファーストペンギンは命がけなのだ。
「もう一度確認しておこう。晴町のボスは【ボルケーノライノ】。全身が炎に包まれたサイのモンスターだよ。炎を撒き散らしながらの素早い突進と、口から吐き出す火球には注意が必要だね。弱点は水系魔法と真っ直ぐしか突進できない点だ。私達は水魔法は使えないけど、ご主人様の『魔法少女変身』だけでも十分倒しきれると思う」
「うっす! 戦闘開始と同時に変身して一気に息の根を止めるっす!」
どこのダンジョンでも第10階層のボスは『LPポーション』を確定で落とす。つまりここでパーティーを解散して私とご主人様が別々にひとりづつボスと戦えば、LPポーションを2個ゲットすることも可能だったりする。
しかし、ご主人様が「初めてのボス部屋は先輩といっしょに入りたいっす」と言ったので今回はいっしょに入ることにした。二人の初めてのダンジョン攻略である。その提案、全然悪くないと思った。
「それじゃ、行こうかご主人様!」
「う……うっす!」
「ん? そんなに緊張しなくても……たぶん1分もかからず終わると思うよ?」
「そうなんっすけど……なんかイヤな予感がするっす」
「えー? 本当ー?」
ご主人様の『イヤな予感』とか初めて聞いた。ご主人様ですらイヤなレベルだったら私なんか絶対ムリなレベルだぞ。
「大丈夫だよ、ご主人様は私が守る!」
私とご主人様は手を繋いで石碑に触れる。
白餡はビデオカメラを構えて撮影モードだ。
二人の初めてのダンジョン攻略である。
しっかり撮れよ白饅頭。
イヤな予感は吹きとばせ! 私達は上手くいく!
ダンジョン攻略できる!
「行くよご主人様!」
「はいっす! 先輩!」
私達の身体が光に包まれる。
そして私とご主人様は、
第10階層のボス部屋へと転移した――。
『ピコーン!』
『全国の探索者様にお知らせです!』
『現在の時刻を持って【ダンジョン開設10周年!】となりました!』
『つきましては、新規アップデートが行われます!』
『新しいコンテンツが追加されました!』
『新しいコンテンツが追加されました!』
『新しいコンテンツが追加されました!』
『新シナリオ【魔王パレード】が始動します!』
『これによってランダムなダンジョンに、』
『【魔王】が出現します!』
『魔王出現後30日以内に討伐できなかった場合、』
『そのダンジョンでは【スタンピード】が発生します』
『みなさん頑張って魔王を討伐しましょう!』
『今回『魔王』が出現するダンジョンは、』
『ドゥルルルルル……(ドラムロール)』
『九重ダンジョン……葛葉ダンジョン……天城ダンジョン……』
『闇路ダンジョン……城崎ダンジョン……水科ダンジョン……』
『晴町ダンジョン……』
『……です! みなさん頑張りましょう!』




