第24話 5月4日②
――晴町ダンジョン 第07階層――
――午後8時03分――
第01階層での自転車事故のあと、私とご主人様はダンジョン内を全力で走り抜け(モンスターはスルー)一気に第07階層までたどり着いた。
ダンジョンでは第05階層以降トラップ(罠)が出現する。
晴町ダンジョンのトラップは『鉄矢』『毒矢』『麻痺矢』『飛び出すトゲ』『トラバサミ』『地雷』と凶悪なラインナップになっている。ふつうに警戒しながら進めばかなりのタイムロスになるだろう。
しかし私が先行して走り、あえて(?)罠を踏み、『盾』になることで、速度を落とすことなく各階層を突破することができた。
すべてを『不死』で受けることにより、ご主人様を守りきったのである。誇らしい! じつに誇らしい! 私にも役目があった!
そんなこんなで私とご主人様は現在、キャンプの準備をしている。今日はダンジョン内で一泊するのだ。
場所は第07階層と第08階層を繋げる広場である。
ダンジョンでは階層移動も石碑で行われる。第〇〇階層と書かれた階層移動用の石碑に触ると、次の階層へ転移できるのだ。
キャンプする場合はこの階層移動用の石碑が設置されている広場に設営するのが基本である。不意のモンスター襲撃に対して階層間を移動して逃げるコトができるからだ。
「先輩! テントできたっす! こんなもんで良いっすか?」
「うん、完璧だね。さすが私のご主人様」
投げるだけで自動的に広がって完成するタイプのテントだが、ご主人様がなんか嬉しそうなので褒めておく。
地下迷路ダンジョン内は無風のためテントを固定しなくても割りとテキトーで良い。何なら雨も降らないので『テントなし布団のみ』でも十分だったりする。
晴町の深部なんて探索者は誰も来ないのでモンスター以外に寝込みを襲われる心配もない。
今回はご主人様が「ちゃんとキャンプしてみたいっす!」と言ったのでマジメにやることにした。
ダンジョン内でキャンプを設営する場合、まず大きな耐火シートを地面に敷く。『ダンジョンでは物体(非生命体)を放置していると1時間で消滅してしまう性質がある』それに対しての対抗策である。
生命体である探索者がこの耐火シートの上で活動している限り、シート上にあるすべての物体が消滅することはないのだ。耐火シートでなく、ふつうのブルーシートでも良いが、今回はたき火をするということで耐火シートを使う。
ちなみにテントやらシートやら薪やらはすべて白餡のアイテムボックスに収納されていたものである。さすがパーティー内序列2位の白餡様。便利さが違う。
「たいへんっす! 大問題発生っす! ネットに繋がらないっす! これじゃ、なにも調べられないっすー!」
ご飯を炊こうとしたご主人様が急にワタワタしだした。
「そういえば『ご飯の炊き方なんてネットで調べればどうとでもなる』って言ってたね。ごめん、ネットが使えないこと私も忘れてたよ」
ダンジョンの中はネット未対応である。
電波が届かないのだ。
「これは……飯炊きは博打になるっすね……」
なんで博打?
「とりあえず水を多めにいれて、弱火で煮ればお粥になると思うよ? そんな博打に走らなくても……」
「先輩ダメっす! せっかくのキャンプっす! ちゃんとしたご飯が食べたいっす! 飯盒炊爨するっす! カレーにお粥は合わないっす!」
ちゃんとしたご飯になるならそれが一番だけどさ。博打って自分で言ったよね? 失敗した時ご飯なしでカレーのみになるけど良いの?
「とりあえず、強火でいってみるっす!」
とりあえず強火!? とりあえずなら中火だろ!?
「まあ……ご飯はご主人様に任せるよ。私は鍋でカレーを温めておくね」
ご主人様の幸運力ならなんとかなるかも知れない。私はカレーでも温めておこう。ちなみにこのカレーはご主人様が今朝作ってきたカレーである。アイテムボックスに収納して持ってきたそうだ。
うーん、いい香り。めちゃくちゃ美味そう。
ちょっと味見してみたけどマジで美味い。お店のカレーよりはるかに美味い。なにこれご主人様カレーの天才じゃん。料理まで才能があったのか。
「そのカレー、グラム(100g)4000円のサーロイン使ってるからめちゃ美味いっすよ。先輩のために奮発したっす。カレーを美味しく作るコツは『高級な肉をひたすら放り込む』これだけっす!」
グラム4000円!?
これ肉めっちゃ入ってるけど材料費どうなってんの!?
すごすぎない!?
そりゃ数万円分の肉を使えば美味いに決まっている。でもこれ許されるのか? 世のカレー好きに許されるのか? カレーとして認められるのか?
「お、飯盒から水が吹き出てきたっす。弱火にするっす」
ご主人様が燃えている薪をどけていく。
どうやら『強火→吹きこぼれる→弱火』に賭けたようだ。これだけのカレーなんだ、頼むからご飯も成功してくれ! 頼む! 頼む! 頼む!
…
……
………
ふつうに失敗した。
ご飯は米が生の部分があり、噛むとボリボリしていた。
しかし、カレーが美味すぎたのでプラマイ0といったところだろう。この成金カレーにとっては米が生であることなど些細なことだ……
キャンプ飯は失敗がつきもの。
そういう意味では私達はキャンプを満喫できたのかも知れない。ご主人様も私も楽しくカレーを食べた。笑顔の絶えない晩御飯だった。
…
……
………
――夜――
――テント内――
「も、もも、もうちょっと、こっちに寄るっす。先輩が布団からはみ出るっす」
「え? べつにはみ出てないけど? ダンジョン内はそんなに寒くないし、布団なくても大丈夫かも」
現在の状況、
私とご主人様はテントの中に入り、いっしょの布団に包まれている、
以上。
ご飯は食べた。あとは寝るだけである。
「先輩っていい匂いがするっす」
ご主人様が私にくっついて大きく息を吸う。ちょっと止めてくら。さすがにそれは恥ずかしいよ。『洗浄』はしてるけど体臭っつーもんは常に出てるワケで。
「すっごく恥ずかしいからそれはホントに止めて欲しいかも。ご主人様が止めないなら私もやり返さざるを得ないし」
ご主人様に抱きついて全力で匂いを吸ってやった。
すうーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
みよ! これが私の肺活量だ!!
めっちゃいい匂いでなんか眠くなってきた……ヤバい私けっこう疲れてるかも。よく考えたら今日はトラップを受けまくってるから精神的に消耗したのかも知れない。毒矢と麻痺矢のチャンポンを受けた時はさすがに頭がクラクラした……
「先輩、いつまで吸ってるっすか?」
ーーーーーーーーーーーーーーーハッ!!?
危ない! 意識を失いかけてた!
あまりにも甘美な香りすぎた! 魔性だよこの子は!
「ごめん、ごめん。めっちゃいい匂いだったから意識が飛びそうになってた」
「たぶんそれ酸欠っすよ」
「たしかに!?」
私とご主人様はお互いに顔を合わせてお喋りしている。二人の距離は吐息がかかるくらい近い。先ほどは寒くないと言ったが、ご主人様にくっついてるのは気持ちいいし仕方ないね。布団の中なら触り放題だし。ん?
外の見張りは白餡に任せている。白餡の『索敵』スキルの効果範囲は200mなのでモンスターが攻めてきても攻撃される前に知らせてくれるだろう。
「明日はボス部屋だし早めに寝ようかな。今日は本当に疲れちゃってるみたいだし」
不死でも疲れるんだなー。気分か?
「んー、そっすねー。もうちょっとお話ししたかったっすけど、先輩が眠いならウチを気にせず眠っちゃってくださいっす」
「うーん、もうちょっとは大丈夫だと思うけど……」
なんか今のご主人様の言い方だと眠くなった瞬間に寝てしまいそうだ。忠犬的に。
「先輩……」
「なに?」
「これは命令……じゃなくてお願いなんっすけど……もしも……もしもウチが殺されそうになった時は『契約』を解除してひとりで逃げて欲しいっす」
「え? なに突然?」
「もしもの話っすよ。ボス部屋……今回は余裕だと思うっすけど……今後も探索を続けていくならウチが命の危険に曝される可能性は十分あると思うっす。変身も使えない絶望的な状況とかっすね。そんな時に先輩がウチといっしょに死ぬ必要はないっす」
だから契約を解除して私ひとりで逃げろと?
そんな『もしも』は考えたくないし、そんな絶望的な状況にならないように細心の注意をはらって探索してるのだが。
「その命令は聞きたくないし、守りたくはないかな……撤回して欲しい」
「…………」
「ご主人様、撤回して欲しい」
「……っす。……撤回するっす」
ふーーー。
「そもそも、一度ボス部屋に入ったら逃げることは出来ないし、ダンジョンでピンチになったらご主人様を背負って逃げるだけだよ。私だけで逃げろなんて二度と命令しないでよ」
私はご主人様の頭をなでなでしてあげた。犬と主人の立場が逆だろと思ったけど、これはこれで、イイ!
「うっす……」
初めてのダンジョン攻略でご主人様もなにかしら緊張してるのだろう。まだ若いし、ピチピチの1年生だし、ナーバスになっても仕方ないのかも知れない。
「ご主人様は私よりずっと強いんだから、堂々としてればいいんだよ。ご主人様が死ぬ時は私も死ぬ時。もちろん私がそんな事態にはさせないけどね」
後輩が落ち込んでいたら励ます!
先輩探索者の見せ所だ!
「先輩……そうっすね! そうっす!」
ご主人様が私に抱きついてくる。
うわー、ふわふわな感触やないかーい。
「そうだ! 先輩、明日って昼頃までには攻略できるっすよね?」
ん? 急にどした?
「ボスいれてあと03階層だし『できる』と思う……」
第08階層と第09階層の移動がややしんどいが地図もあるし(ありがとう偉大な先人)おそらく4時間も走れば踏破できるだろう。第10階層は第09階層から転移してそのままボス部屋なのでボスと戦うだけだし楽勝だ。ボスもそんなに強くはない。
「それなら晴町を攻略したあとウチとお祭りに行って欲しいっす!」
「お祭りって……出現祭?」
当然、曇山の方だろう。
ダンジョンは最終ボスを倒して攻略が完了すると、ボス部屋に『ダンジョン入口まで転移できる脱出用の石碑』が出現する。行きはメンドーだが帰りは楽なのだ。とにかく走ってボス部屋にたどり着き、ボスを瞬殺すれば、夕方までには曇山に行けるハズだ。
「うん、いいよ。いっしょに行こう」
ご主人様とお祭りデート。やったぜ。
「やったっすー! 嬉しいっす! 10周年祭りだしすっごく楽しみっす!」
ご主人様がそんなに喜んで私も嬉しい。
「あーあ、それにしても『ダンジョン側もなにかサプライズ』を用意してくれないっすかねー? ウチが運営だったら絶対10thアニバーサリーイベントをやるっす!」
「うーん、今まで何もなかったし、さすがに無理なのでは……?」
まさかね……
ダンジョンが出現してから明日でちょうど10年……
もしかしたら何かが起きるかも知れない……
でも……きっと私達には関係ない……
私達は……ただの……
女子高生だから……
「あれ? 先輩、眠くなってきたっすか?」
なんか急激に眠くなってきた……
明日はボスだし……
がんばらなくちゃ……
「せーんぱーい? せんぱーい?」
そもそもあれ……?
ダンジョンが出現したのって……何時だっけ……?
うーん…………んん……ん……
「やった! 先輩、眠ちゃったっす……!」
ご主人様がなにか言ってるが……
もう聞こえない……
なんか……
ゴソゴソしてる……気もする……
なにかしてるの……かな……?
今日は……本当に疲れたみたいだ……
ねむい……
私はそのまま深い眠りに落ちた。スヤァ。




