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絶対鎖国国家エルフの森  作者: 及川 正樹
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 樹海面に腹ばいになって遠くを見続けている一人の男が居る。彼は樹海の青々とした木の葉で作った蓑を被ってただひたすら樹海の先を眺める。彼から離れた場所には彼の目の代わりとなる鳥達が配置されている。鳥達の目を通して彼一人で広大な樹海面上をカバーしている。


 この仕事を始めて既に数百年が経とうとしていたが時折巨大魚に絡まれる以外には特に代わり映えのない日々が続いている。


 初めの百年間はこの仕事が退屈でつまらないと思っていた彼であったが自然と一体化してただ何もせずに地平線を眺めている事が次第に苦ではなくなった。今では眠っていても無意識に見張りをする事ができるようになった。


 彼がいつも通りに地平線を眺めていると黒い点が見えた。くじらか怪鳥か、はたまた鮫かと思って目を集中させて黒い点を拡大して見た。


 黒い船が結界に守られながら樹海を漂っている。彼の心臓は跳ね上がったが落ち着いてしっかりと観察した。稀に幽霊船が樹海をうろつく事がある。


 幽霊船だろうと思いながらも嫌な想像が思い浮かぶ。喉が急速に渇いて唾を飲み込みながら船の乗組員を凝視した。多くの乗組員が双眼鏡を片手に樹海を観察している。乗組員はどう見ても生者だ。


『こちらホオジロ、こちらホオジロ。 黒い船が東よりエルフの森に向かって航行中! 乗っているのは人と獣人だ! こちらはまだ気が付かれていない。至急村長に報告を頼む。どうぞ』


 彼が混乱する頭でなんとか念話を飛ばした。一瞬、耳鳴りのような念話の乱れが走った。


『り、了解した。すぐに報告する。どうぞ』


 双方とも念話が激しく乱れているがとりあえず頭が真っ白になっても普段通りの念話が出来たことに彼は胸を撫でおろした。そして夢なら冷めてほしいと願いなら黒い船を監視し続けるのであった。


『東から黒い船がエルフの森に向かって航行中。村人は村長宅に集合。村長宅に集合せよ』


 広域念話が鳴り響くとエルフの村は驚愕と悲嘆で満たされた。顔を真っ青にして悲鳴を上げている者、呆然と立ち竦む者も居たが比較的冷静なエルフが彼らを先導して村長の家へと向かった。



 堅固な塔を思わせる大樹の枝の一つにこじんまりとした家が建っている。家の中から白衣に薄い青の袴を着た少年が慌てて飛び出してきた。黒い髪をした少年は足を滑らせて体勢を崩しながらも大樹を上へ上へと駆け上がる。そして先程よりも大きい古びた建物に辿り着いた。


 少年の名は源エルダー白川真守(しらかわまさもり)。東京村村長の息子だ。


『東京村の村人は村長宅の寄合所に集まってください。東京村の村人は村長宅の寄合所に集まってください』


 マサモリは広域念話を終えると建物に掛かっている東京村寄合所の看板に向かって手を水平にゆっくりと払った。するとゆったりとした風が生じて看板の埃を飛ばした。そしていくつもある灯籠に手をかざして一斉に火を灯した。


 建物が目覚めたかのように明るくなるとマサモリは懐から鍵を取り出して寄合所の扉の鍵を開けた。寄合所の中に入るとマサモリは小さい灯籠を山ほど持ち出した。


「飛べ」


 マサモリが灯籠を一つ一つ丁寧に飛ばすと灯籠は柔らかい光を放ちながら中空に漂った。


『寄合所は飛び灯籠が目印です。多めに飛ばすので目印にしてください』


 山ほどあった灯籠を飛ばし終えるとマサモリは手に付いた埃を軽妙に払った。次にマサモリは寄合所に入って奥にある巨大な文箱へ向かった。文箱に入っている住民票を取り出す為だ。


 文箱に到着するとマサモリは文箱に手を当てた。薄い光がマサモリの指先から手の甲に向かって走った。少し待つと文箱の蓋がゆっくりと持ち上がった。


 マサモリは住民票を取り出すと素早く目を走らせた。


「迎えに行かなくちゃならない人は何人いるかな……」


 マサモリが頭を掻きながら寄合所の前で住民票を見ていると息を切らした男女が男の子を抱えて駆け込んできた。


「坊ちゃん! 村は大丈夫なのか!?」

「あっ、佐藤さん。広域念話にあった以上の事はないのでとりあえず寄合所の中に入ってて」

「ほらっ、坊ちゃんも困るしさっさと入るわよ」


 男の子を抱えた佐藤さんは奥さんに耳を引っ張られながら寄合所に入った。


「超大陸の船がエルフの森まで来るのは初めてでみんな蜂の巣をつついたような状態だよ。迷いの結界があるので大丈夫だとは思う。父さんと母さんは千葉村に向かった」


「そうなの、大変ね。坊ちゃんはまだ二十歳なのに偉いわね。先代様はどうしたんだい?」

「じっちゃんならばっちゃんと出かけてるよ。そんなに遠くには行ってないからすぐ来ると思う」


「避難訓練は毎年してたけど本当にやる事になるとは思ってもみなかったよ」

「あわわわ、ほわわわ」

「ほらっ、坊ちゃんの邪魔にならない様に端で座ってるよ!」


 佐藤さん一家が座ると外に他の人達が集まり始めてた。


『寄合所に着いたら落ち着いて指示を待ってください。動けない人は迎えに行くのでお知らせください』


 マサモリは住民票に集まった人を記入していった。


 東京村はエルフの森の中で一番人口が多い。エルフの森は樹海の中では珍しくプレートが移動しない巨大な不動プレートだ。樹海を彷徨っていたエルフはこの場所を見つけて今では四十七村が出来ている。


 エルフ達はエルフの森で住み続ける為に何個かの約束を決めた。それらの約束はエルフの森が見つけられないようにする為に作られた。


 木をむやみに切ってはならない。一面の樹海に木が生えていない場所があったら目立ってしまうから。

 極力、樹海面より上には行かない。上空を飛んでいるのを遠方から見られたら人が住んでいるのがばれてしまうから。


 エルフの森に結界を張る為に全員で協力する。樹海のプレートは常に移動しているので人が迷い込んでくる可能性は否定できない。その為、結界を張って人が入ってくることを防ぐ。


 その他にも約束は決められたが今も大筋でそれが守り続けられている。


 人にはよるがその中で一番面倒な約束は木を切ってはならないになるだろう。意味もなく木を傷つける事をエルフは嫌う。エルフは面白い種族で種族を増やす方法が二つある。


 エルフとエルフが交配する方法と木から生まれる方法だ。


 エルフは他の亜人と子供をなす事ができる。普通の人間と何ら変わりない。今いるエルフのほとんどがエルフ同士の交配で生まれた。しかしエルフの祖先は木から生まれたという。


 エルフがまだ樹海に進出していなかった頃、超大陸にはエルフの森があってそこでは稀に木からエルフの子供が生まれた。これは歴史として残っているのでおとぎ話ではない。


 それにエルフは本人が望めば木になれる。木になるとエルフには戻れないが、木になれるんだから木から生まれも不思議ではないと思われている。


 超大陸に居た頃もエルフは木を傷つけるのを極端に嫌った為、食事は採取した物が主だった。しかしエルフはひょんな事で食べた米に魅了されてしまった。


 米が好きになったエルフは森の外に水田を作るようになる。森の周りの水田では狭く、収穫量が少なかった。なので米は貴重で高価な食べ物になった。米の為に交易を始めたエルフもいた。



 樹海で問題になったのは水田を作るスペースが無いという事だ。樹海中に木が生い茂っているので水田は作れない。しかしどうしても米が食べたかったエルフは新しい方法が生み出した。


 それは壁畑である。 


 壁畑は文字の通りに土の壁を作ってそこを畑にする方法だ。大まかな形状は羽子板の持ち手を短くしたものだと思えばいい。樹海の木々を切らなくても少ないスペースで畑を作れる。


 樹海の中に届く少ない日光を魔法で反射させるので日照不足にもならない。水は魔法で出せるので問題ない。壁畑が超大陸では作られていなかった理由、それは重力だ。


 植物が上に伸びてしまうとせっかくの表面積を利用しきれない。だから結界で畑を囲って重力を調整した。超大陸ではそれなりに土地があったのでそこまでしようとするエルフは出なかった


 しかし樹海ではない物尽くめだったのでエルフはその度に悩み、作り出していった。正に必要は発明の母だった。


 地面方向にかかる重力を打ち消して壁の面方向に重力がかかるように設定された結界を張る事で壁畑が完成された。この方法だと壁の両面を畑に出来るので効率が良い。


 繊細な結界の調整が必要だった壁畑に最初は四苦八苦したが結界魔法使いの成長により少しずつ完成していった。


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