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樹海を進んでいると一行を遮るように松科の大木が倒れている。大木は周囲の樹から蔦や蔓、枝などによって大地に縫い付けられている。大木は絡みつく枝等を懸命に払いのけようとしているが多勢に無勢だ。
『ここら辺で見つかるのは珍しいのう 』
ダダダンビラは倒れた木の根の方に回り込んだ。そして根に吸い付いている大人の拳ほどある幼虫を見つけた。周囲の樹々がダダダンビラに攻撃するが軽々と全てを避けている。
『これは魔ワタ虫の幼虫じゃ。松に吸い付いて養分を吸って尻から蜜を出すんじゃ。昔は親に隠れてなめたもんだ』
『舐めてみたい!』
マサモリは元気よく返事をした。他のエルフ達はシラギクを除いて興味がないようだ。マサモリは結界で蜜を取った。分けてダダダンビラとシラギクに渡す。
『これはのう。樹海に来たエルフのご先祖様も食べていたそうじゃ。昔は甘い物を作る余裕がなかったから虫蜜と呼ばれた喜ばれたそうじゃ』
マサモリが蜜を舐めてみると独特の風味がした。メープルシロップに木の匂いを増やして少しの苦みを加えたような味だ。
『独特な味がするけど美味しいね』
『そうだねー』
『しかし、普通は蟻が幼虫を守っているんじゃが今は見かけないのう。このままだと他の生物に食べられてしまうから樹を元通りにしてやろう』
ダダダンビラは大木の根元から先端に向かって手を払った。大木の幹を伝って衝撃が絡まる枝を切り裂きながら進んでいった。それでも周りの樹々は諦めずに枝を伸ばしたが何度も切り裂かれると諦めた。
そしてダダダンビラは一人で木を持ち上げようとした。武者エルフとダンジロウが慌てて手伝う。松は相当大きく体格に自信があるダダダンビラ達をもってしても松を浮かせるのに苦労した。
マサモリは根についている幼虫に結界をかけ終わると松を持ち上げるのを手伝った。松が浮いた場所に結界を入れて徐々に結界を大きくしていく。ゆっくり、ゆっくりと松が持ち上がっていく。松の先端まで見えないのでどこかに引っかかったら厄介だ。
長い時間がかかったがなんとか松を起こせた。各々がゴーレムを呼び出して根の周りを掘る。そしてゆっくりと松を植えなおした。松を植え終わると松に魔力の補充と成長促進魔法をかける。周囲の樹々にも枝を切ってしまったので魔力を補充する。
樹海では樹の生存競争が激しい。普通の場所なら小さい草木が生えるはずだが周りの大きい樹が魔力や養分を吸い上げてしまう為、小さい植物は生えるまでもなく養分にされてしまう。
樹海の樹は実を付けても種は無い。種のような物があったとしても芽が出る事はない。樹海の環境に樹が適応したからだという説が現在では有力になっている。
エルフが樹を大事にするのは樹が枯れると新しく植え替えるのが困難だという樹海の事情からきている。もちろん、エルフが樹から生まれてきたという話しが信じられてきたのもあるし環境を守るうえで木は重要だ。
樹海で樹を増やす時には挿し木が一般的になっている。挿し木を数年間色々な負荷をかけて育ててやっと定着率が一割あれば最高の出来だ。挿し木を樹海の地面に植え替えると一日もたずに木が枯れてしまう。
大人がひしめき合っている所に赤ん坊を放り込むに等しい状態である。しかもその大人達は生存競争を戦い抜いた猛者揃いだ。だからこそ樹海では木を殊のほか大事にする。
『ちっ、厄介なプレートに当たっちまったか』
サビマルが舌打ちした。彼らの目前には水が滝の様に落ちる豪雨地帯が広がっている。サビマルが魔アメンボウをかざして様子を観察した。
『少し辺りを探索する。まずは西からだ』
サビマルは今回の遠征では常に迷わずに行き先を示し続けてきたがここで初めて彼の顔に迷いの色が生じた。一行は豪雨地帯から距離を置いてから西へと向かった。
『止まれ。西は樹海深が深い。無理だ。東へ向かうぞ』
西へ目を向けると体の魔力が少しずつ吸い込まれていくような圧迫感、重力のようなものを感じた。底冷えする闇の中から何者かが彼らを観察しているようだ。一行は足早に東へと向かった。
『こっちはこっちで何かいるな……』
東へ向かった一行だったがサビマルが立ち止まって考え込んだ。
『マサモリお前が決めろ。一つ、豪雨のプレートを超える。消耗が激しそうだ。二つ、東にいる何者かと鉢合わせしないようにプレートを抜ける。東に行った先で南下しなければならないがそこまで豪雨のプレートがあるかどうかはわからん。三つ、ここで拠点を作ってしばらく様子を見る。プレートの移動で事態が好転する可能性もあるし悪化する可能性もある。東に居る奴がこっちに来る可能性もある』
『うーん、とりあえずみんなで相談。今日は早めに野営しよう』
『今後の方針について話したいと思う。まず俺から。みんなのお陰で無駄使いをしなかったから魔力には余裕がある。さっきサビマルに聞いたけど目的地までは比較的近くまで来ているそうだ。俺はとりあえず魔力に余裕があるから拠点を作ってしばらく様子見しようと思う。豪雨のプレートに偵察を出してもいいし、東の生物? がこちらに来ても防衛なら有利に戦えると思う。みんなはどう思う?』
『拙者もそれで良いと思います』
『賛成』
『普通だな』
『私も賛成ー。私も見学が多かったからそろそろ戦いたいなー』
『シラギクが戦えるのは分かるけど……。うーん、ダンジロウどう思う?』
『はい、豪雨のプレートを一回偵察してみてからいけそうなら次回から同行願おうと思います』
『やったー』
『明日の偵察は私達忍者部隊にお任せください』
『よろしく』
朝になるとそれぞれが各自の仕事にかかる。
マサモリは携帯用の要石を地面に置くと祝詞をとなえた。
『祓いたまえ』
『清めたまえ』
時間をかけて丁寧に結界を張っていく。時間をかければかける程、魔力効率が上がり結界の強度も増す。マサモリは数時間かけてじっくりと結界を張った。
豪雨のプレートにはボタン、シラギク、ダンジロウと二人の武者が向かった。
『我々はここで待つ。ボタン殿、お気を付けて』
ボタンは頷くとボタンが纏う強化魔法が変化した。強化魔法の性質を身体能力の強化から隠蔽能力の向上に切り替えたようだ。
隠蔽力が上がるが身体能力の強化が弱まるので武者であるダンジロウが使う事はない。しかし忍者には必須の能力だと言えよう。
ボタンを含む三人の忍者は豪雨のプレートに侵入した。ボタン達の姿は数メートルも進むとダンジロウ達からは見えなくなった。
豪雨の中を進むボタンは強化魔法を隠蔽力に傾けた事を後悔し始めた。雨粒一つ一つが矢のように体にぶつかる。そのうえ、水に当たる度に少しずつ魔力が吸われていく。長居は無用だと思いながら素早く周囲を観察していく。
魔物の気配は希薄。雨粒が強力な為か地面には生物の気配がほとんどない。逆に木の上の方に気配を感じる。奇襲に注意しなければとボタンは思った。
ボタンは木の上にある気配に向かって棒手裏剣を投擲した。手応えがあった。すると棒手裏剣の刺さった魔ダツが落ちてきた。
次の瞬間、樹々が一斉に身じろぎした。反射的にボタンは頭上を守る。激しい痛みと共に何かが突き刺さった。そして目の前にも槍じみた種の雨が降り注いだ。
『撤収!』
種は地面に突き刺さると四方八方に弾けた。小さな串状の種が全周囲からボタン達を襲う。ボタンは串状の種を咄嗟に強めた強化魔法のお陰で防ぎきった。しかし二人の部下には数十本の串が全身に刺さっている。
三人は体に刺さった串を抜きながら道を引き返そうとした。しかし種は根を張って簡単には取り出せない。体に刺さった槍のような種の集合体を触ると弾けて串状の種が飛び散った。
三人はすぐさま豪雨プレートから脱出しようとした。しかし豪雨プレートの境には罠にかかった獲物を逃がさないかのように木の根の壁が高くせり上がっていた。