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水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
剣の巫女
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桔梗


「貴女の狙いは『水神の剣』の守り手の力だと、『月読』に聞きました。その力を得て、一体どうしようと言うのです」


 桔梗は一転、口元に笑みを刻んだ。

 表情がやわらぐと、花が咲きほころぶような優美さがいっそう際だつ。舞う蛍のなかで唐衣の長い裾を広げたまま川べりに立つさまは、幻想的ですらあった。

 桔梗は、桜子の視線を受けとめた。


「そなたは知らぬだろうが、京では陰陽寮において『たつみの方の大神おおみかみ』のたたりが判じられている。巽とは京から南東、つまり伊勢におわす大神のこと。

 その祟りは斎宮や神祇官によってはらわれるが、わらわはそれとは別に、すめらぎを守る盾をつくりたかった。それが『月読』じゃ。神威を鎮める異能の者を、わらわは欲している」


 桔梗は言い終えると、袖で赤い口元を押し隠した。


「わらわはそなたがねたましくてならぬ。それほどの力を身に帯びていながら、捨て去ろうとするなど正気の沙汰ではない。

 『水神の剣』も、もとは皇のもの。そなたが守り手であるなら、わらわのために力をつくしてもいいはず」



 桜子は桔梗の語る言葉に、思いがけず心を奪われた。


 この女君は、『つわもの』を求めている。

 強く潔く、皇の盾となる者。


 武道者として伝位を求めても、武芸を磨くよすがを桜子は今まで得られたことはなかった。

 もしなばり流を継ぎたいのなら、この人についていき、『月読』のひとりにならなければ報われないのだろう。

 なぜ、強くなるのか。

 その答えは、今目の前に用意されていた。しかしそれは、この女君には決して逆らえない危うさも含んでいた。このあるじが人命を望むなら、いずれ桜子は暗殺も負わなければならなくなるだろう。かつて祖父が、そうしていたように。

 桜子は、自分がいかに甘い気持ちで隠の技を継ぎたいと述べていたかを痛感し、その幼さに頭の芯まで熱くなった。


 しばしの沈黙の後、桜子はやっと絞りだすように答えた。


「お言葉ですが、それはかないません。この力は災いを呼ぶのです」


 それを聞き、桔梗はふたたび表情をこわばらせた。


胡乱うろんな。これだけわらわが言うているというのに。あくまで拒みとおすなら致し方ない」


 桔梗がそう言うと同時に、殺気立つ気配がザッとたちのぼった。桜子が息を呑み辺りを見回すと、そこかしこに異形の面をつけた人影が、薄闇にまぎれてこちらをうかがっている。

 桜子は思わず言った。


「ひと払いをしたのではなかったのですか」


「あの者たちは、わらわが呼べばすぐに現れるのだ。気配を消し、いつも背後に控えておる」


 桜子は、自分の迂闊さをののしりたくなった。

 『月読』が周囲に悟られずに近く迫れることを、留意しておかなければならなかったのだ。



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