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水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
剣の巫女
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再会( 1 )


 誰かに呼ばれたことは覚えていた。

 ひとりで黄泉の淵に辿りついたことも。そのなかで見えない影と話をしたことも。最後の声は、探していた少年の声に聞こえた。

 だが桜子は、それを信じなかった。都合のいい夢だと思ったのだ。桜子はおそるおそる、そのまぶたを開けた。腕の感触が戻ると、声の主は驚くほど桜子の間近にいた。


「大丈夫? 桜子さん」


 月明かりが、その面差しを照らす。

 手が触れられるほど顔は近くあった。桜子は息をつまらせ目を見開く。つぶやいた声は震えるようだった。


「本当に——薫なの?」


 暗がりのなか、抱きかかえられるように、桜子は薫の腕のなかにいた。

 今さっきまでいた場所を考えると、とても現実とは思えなかったが、目の前にいるのは確かに薫であり、息づかいは熱を帯びていた。薫はうなだれるように、桜子を抱えたままうつむいた。


「ごめん、桜子さん。助けに行けなくて」


 二言めが謝罪だと思わなかった桜子は、こうべを垂れた薫を前に、困惑を隠せなかった。


「何言ってるの。薫こそ、大変な目にあったんでしょう」


 まごついたのをごまかすように、桜子は口調を強めた。薫は悄然しょうぜんと言った。


「いいんだ。僕の方が、本当にどうかしてた。和人が窺見(うかみ)の可能性もあるって分かってたはずなのに、注意しなかった。

 あの日、宝物殿の警備を和人は任されていた。言納ゆいれの日取りが急に延びたのも、和人がそう手引きしたからだ。その狙いが桜子さんにあるって、もう少し早く気づくべきだった」


「薫はずっと、水脈筋にいたの」


 自分で言っても信じられなかったが、他に言いようもなかった。桜子が見守るなか、薫はわずかに顔を上げて言った。


「僕が水脈筋の奥深くまで行けることを知っているのは、優と、優を知る『月読』の者だけだ。言ったら気味悪く思うだろうと思って、隠していた」


 桜子が何も言えずにいると、薫は唇の端をゆがませた。


「稽古場の桜の木には、撫子さんの思いが残っている。それが影となって、僕を引き入れたんだ」


「お母さんに会ったの」


 桜子の言葉に、薫は首を振った。


「いや、守り手の力が移ったからには、会うことはかなわない。でも小さい頃、本当は一度だけ会ったことがあるんだ。水脈筋の淵で。その時は鮮明な夢をみたのかと思った」


「どんな話をしたの」


 桜子は思わず身を乗り出した。


「何も話さなかった。ただ、桜子さんをよろしく頼むって、言われた気がするんだ。それが審神者さにわの力を継ぐ僕への遺言でもあったと」


 薫が語ったことの不思議さに、桜子は打ちのめされた。そしてふと、手元を見て狼狽ろうばいした。


「私、扇を忘れてきてしまった。お母さんの扇だったのに」


 薫は初めて表情をゆるませた。


「僕が桜子さんと会えた時点で、あの扇の役目は終わったんだ。あの光が見えたから、桜子さんを見つけることができた」


 桜子は、たちこめた闇の泥土に足をとられたことを思い、身震いした。あそこで薫がやってこなければ、本当に抜け出せなくなるところだったのだ。



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