↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
剣の巫女
PR
57/108

黄泉の影


 見えない層をくぐり抜けたことに、初めのうち桜子は気づかなかった。だがそこが現実とは違う特殊な場所であることは明白だった。

 桜子が手にした扇は光り輝き、ますますその紅を強くしてゆく。


 ——薫。


 衵扇《あこめおうぎ》を手に、桜子は名前を呼んだ。


 ——いるんでしょう、薫。


 そう叫んだつもりが耳鳴りがして、声の響きを聞き取ることができない。足元が見えないほどの闇はまるで隠《かく》り世のよう、手にした扇だけが鮮やかに空を舞った。


 桜子は辺りを見渡す。

 常闇《とこやみ》に包まれて、何も見ることができない。と、背に冷たい気配を感じて桜子は金縛りにあうように身動きがとれなくなった。



『ここは、そなたが来るところではない』


 地底に響くような声だった。

 桜子は背筋が粟立(あわだ)つのを感じた。身じろぎができず、声を出すこともできない。


『この闇に呑まれれば、黄泉の世界の住人になってしまうぞ』


「あなたは……」


 桜子はやっとのことで、それだけを口にした。


『私はここに棲《す》まう名もなき影。そなたの探している少年は、ここを下ったずっと先にいる。そなたの力では、そこまで辿りつけまい』


 扇は既に桜子の手を離れ、奥深くへ漂おうとしていた。桜子は体を動かそうとしたが、泥土《でいど》にはまったように両足はその場に縫い付けられていた。


「あなたは何者なの」


 桜子は歯を喰いしばり、もう一度叫ぶようにそう聞いた。どんどん体が、足が沈んでゆく。扇をつかもうとしても、あいにく腕が全然届かなかった。


『私は水脈に眠る影にすぎない。だが、その扇には見覚えがある。そなたの母も、やがて私の一部になるだろう』


「母を知っているの」


 桜子は喘《あえ》ぐように口にした。

 姿のない影の声が響く。


『そなたの母は神楽《かぐら》を舞うことで水神と和合し、その身をもって大蛇《おろち》を鎮めたのだ。剣の守り手であるそなたに何ができる。むやみに力を使えば、この地の理《ことわり》を乱すことになるぞ』


「分かってる。だからこの力を還すことにしたの」


『もう決めたことか』


 桜子が胸に迫る土塊《つちくれ》から目をそむけながら頷くと、影は厳《おごそ》かに告げた。


『さすれば災禍《さいか》を生むぞ。解かれた力は天空で勢いを増し、雷(いかずち)を呼び、地を揺るがすだろう。それをどう収めるつもりなのだ』


 桜子は向けられた問いを前に口をつぐむしかなかった。


 ——おじいちゃんが「災いが降る」と言ったのは、そういうことなんだ。それだけの犠牲を承知で、やり遂げなければならないことなんだ。



 桜子は唇を噛み、絞りだすように言った。


「その方法は、まだ分からない。でもきっと、なんとかしてみせる。私をここから出して。薫を探しに行く」


 すでに泥土は顎《あご》にまで迫っていた。気丈に振る舞っている桜子も、恐怖に負けたら叫び出しそうだった。

 しばらく影は何も答えなかった。桜子が観念して目をつむると、諦めるような嘲《あざけ》りの声がした。


『そなたでは辿りつけないと言っただろう。だが、どうやら向こうから来たようだ』


 そこで、影の気配が途切れる感触があった。桜子が言われた意味を測りかねていると、いきなり近くで懐かしい声がした。


「ここにつかまって」


 桜子は一瞬耳を疑った。

 いつのまにか冥暗《めいあん》の闇は薄らぎ、桜子は腕を動かせることに気づいた。桜子が無我夢中でしがみつくと、足が抜けるような感覚がし——ふたたび体は虚空《こくう》へ投げ出された。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。