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水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
剣の巫女
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55/108

追手



 ——もう、こんなところにはいられない。


 そう強く思ったのと、優が跪《ひざまず》いたのが同時だった。


「あの塀を越えて行こう。この背にのれ、桜子」


「行かせると思うかい」


 桜子は構《かま》わず優の背に乗った。

 直後、優は懐《ふところ》から鉤縄《かぎなわ》を放り投げた。

 桜子を抱えたまま、敏捷な動きで檜皮葺《ひわたぶき》の屋根へ跳び上がる。そのまま東の対屋《たいのや》へ続く渡殿の上を駆け抜け、同じ入母屋造《いりもやづくり》の屋根から跳躍し、侍所《さぶらいどころ》の屋根に飛び移ると、築地塀はもう目の前だった。

 そばの庭木を足がかりに登る——と、土塀に鋭く何かが突き刺さる。優は足場を取られ均衡を崩したが、転落することだけは免《まぬが》れた。ガキン! と刺さったのはクナイだった。素早く身を伏せた優は、桜子を背後にかばったまま言った。



「先に行け、桜子。こいつの相手をしたら俺も行く」


 後ろを振り向いている余裕などはなかった。

 月明かりを頼りに目測でおよその距離を推し量ると、桜子はすべるように塀から落下した。

 受け身を取ったが強《したた》かに背中を打ち、その衝撃を受けて転がると、剣戟《けんげき》の刃音に混ざり叱咤《しった》する声がした。


「すぐ裏手に小高い山がある。行くんだ」



 それ以外、言葉を交わす暇はなかった。

 ここでつかまったら、もう二度と外に出られなくなるかもしれない。それを直感し、桜子はもてる限りの力を使って走った。

 邸《やしき》の塀から離れれば離れるほど、深くたちこめた霧が晴れるように、頭のなかが澄んでいくような気がした。


 ——あそこにいると、私は私自身ではいられなくなってしまう。そうなるように仕向けられていた。


 もう少しで、誰かに利用されるだけの存在になるところだった。相手がたとえ皇(すめらぎ)と呼ばれる者でも、籠《かご》に棲む鳥のように飼われて生きていくのは嫌だった。

 それでは自分自身を失うのと等しい。それがいくら栄誉であろうとも、伊織が言ったのはそういうことなのだ。



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