優
「どうすればいいというの」
「あの剣は桜子と繋がっている。『水神の剣』の守り手であるからには、剣を壊せるのは桜子だけだ。
それは撫子自身の意志でもあった。あの剣の力を、これ以上人に負わせてはいけないと。人として生きる分をこえている」
そうだ、だから母も長く生きられなかった。
人が負うには勝ちすぎる力なのだ。伊織は制御すればいいと言ったが、そうしてもなお身に降りかかるものが何もないわけではない。
知らないうちに、気力を奪われている。それは剣の力に触れた桜子が、一番よく知っているはずだった。
「私……私が『水神の剣』を振ったのは、薫に言われた言葉があったからなの。薫と話がしたい。彼はどこにいるの」
噛みしめるように、桜子は繰り返した。
優はわずかに嘆息したようだった。
「俺に聞くよりも、桜子がみずから探しに行った方が早いだろう。水脈筋をたどれば会えるはずだ」
「水脈筋を……?」
優は頷いた。
「薫の方が、深くこの場を潜ることができる。生まれつき力が備わっているからな」
「それは、優さんが審神者だから……?」
優は首肯した。
「おそらく、そうなのだろう。だがあまり無理しない方がいい。力を使いすぎると戻れなくなる。ずっとこの淵にいたくはないだろう?」
少しずつ闇が侵食するように、優の体が薄くなっていく。引きとめようと手を伸ばしたが、指の先は何も触れなかった。
「そろそろ時間だ、桜子。俺もここに長く留まりすぎた」
優につられるように、気づけば桜子も冥漠のなかに漂い始めていた。
——優さん。
そう言ったつもりが、何も声にならない。
最後の瞬間、闇が切り拓かれ、体が浮遊する不思議な感覚があった。
***
次に目覚めた時、桜子はいつもと同じ廂の間の薄縁の上に横たわっていた。
隅々が怠く熱を帯びていたが、起き上がれなくなる程ではない。前のように寝付いてしまうことにならないだけ、まだましだった。
伊織は突然外で倒れた桜子を目撃しているため、絶対安静を言い渡したが、妙に目が冴えて眠ることができなかった。
それは思いがけず薫の父に会った衝撃が、まだ心に残るからだった。まるで夢のなかにいるような時間だった。聞きたいことの半分も教えてもらえなかったような気がする。何より堪えたのは、彼が撫子の影を追っていたと告げたことだった。
あの場所に赴くということは、生きて帰れる保証があるわけではない。青白く光る川は、黄泉へと続く入り口でもあるのだ。引き込まれれば、もう二度と地上の光は見られなくなるのだろう。
 




