自噴井( 1 )
板葺の屋根が、石で造られた井桁を覆っている。日差しが遮られて、ひんやりと涼しい。
石段の先には方形の囲いがあり、そこからこんこんと水が湧き出ていた。それは、遣水へ続く水路の入り口だった。流れる清水はいかにも冷たそうで、この空間に冷気をはなっている。
「自噴井です。見るのは初めてですか」
桜子の後ろで、そう伊織が言った。
「この辺りは山からくる水脈に接していて、水が豊かなのです。少し掘削するだけで、我々は清涼な水を得ることができる」
この場に満ちる空気に触れたせいか、スッと体温が下がるような気がした。水の音が、ふいに遠ざかる。
「いったい私に何をさせたいの」
「どうすればいいかは、おのずと分かります。あなたは『水神の剣』の守り手なのだから」
答える伊織の声は静かだった。
「もともとあの剣は、荒ぶる大蛇を鎮めるものでした。しかしその封印は、強固なものではなかった。その力は目覚め、今はあなたの体の内にある」
伊織は、まっすぐ桜子を見据えていた。
「日照りの時、あなたの母は扇を手に舞うことで雨を呼んだ。それと同じことが、剣の守り手であるあなたにもできるのですよ。その身で確かめてみたいと思いませんか?
本当にそれが可能となった時、人々は現つ神のようなあなたにひれ伏するでしょう。主上はあなたを側に離さなくなります。そうすれば、またとない栄誉を手にすることもできる」
言葉は徐々に熱を帯びてきた。
伊織の言うことが、まったくの絵空事だと桜子も断じることはできなかった。その可能性は、確かに桜子の内に秘められているのだろう。と同時に、薄氷を履むような危うさも身に感じた。その力を振るうことで、犠牲になるものが何もないわけではないのだ。
押し黙った桜子に対し、伊織は少し口調をやわらげた。
「隠の技を、今ここで私に見せてくれませんか? ここでなら、水脈を通じて剣の力を感じとれるはずです」
急な申し出に、桜子はためらった。技を試したいと思ったことを、見透かされたような気がしたのだ。
ここで長く過ごしたこともあり、桜子は濃き袴と表袴の上に薄青と紫苑の単を重ねた汗衫姿だった。
伊織は桜子の装束を見て言った。
「その格好では不都合もあるでしょう。私の袴でよければ、お持ちします」




