自噴井( 2 )
桜子は拒みきることができなかった。
初めからそうさせるつもりだったのだろう。伊織が携えた袴は水縹の明るい色で、丈もちょうど桜子にぴったりだった。
やはりこちらの方が歩きやすい。足で袴を捌く感覚に、知らず心が浮き立つ。
自噴井の前には人がひとり動ける均された場所があった。技を見せるだけなら充分な広さだ。
そうしたいのを望む一方で、簡単に応じていいのか迷う気持ちもあった。剣を振った時の感触は、まだわずかに指に残っている。もし同じことが起こるなら、今度こそ自己を保てなくなるかもしれない。
——でも、このままでは何も変わらない。
どんなことが起きても、それを覚悟して前に進むしかない。
そう思うのと同時に重心が下がり、ひとつめの型に移行する足運びが自然と前に出た。
地を踏みしめ、大きく転換する。
剣を今は手にしていないのに、指は架空の柄を握っていた。
痺れるような。
遠い水脈の深淵に触れたような。
空を切ると、風が近く香った。
ひとつ、ふたつと技が進むごとに、体のなかで溢れるものがあった。
遥けし『水神の剣』が、桜子の足運びに呼応する。
お宮の宝物殿の——御樋代の内で、剣の鞘が静かに光り始めるさまが、ありありと目に浮かんだ。
——この先に進めば、もう戻れない。
引き込まれてしまう。
——とまらなければ。
そう思うのに、足捌きをとめることができない。
意識と体が分断されてゆく。
水の流れが増して、ふいに速まる。
引力のように、不思議な磁場が起こった。
まるで何かに呼ばれているような。
まぶしい。青色の光。
それが一瞬強くひらめいた時、桜子は光のなかに呑み込まれた。




