伊織( 2 )
「結局、あなたも『月読』なんでしょう。剣の力を狙う一人なの」
警戒を込めて桜子はつぶやいた。伊織は残りの薬湯を匙でかき混ぜていたが、不意にその手をとめた。
「力を求めるのは、主上にとっては仕方ないことなのです。我々はその所望に、持てる限りの力で応えたい。そうするのが、我々の使命なのです」
皇に仕えている隠密組織——
桜子は和人が告げたことを反芻した。
祖父の瑞彦も桜子が生まれる前、この組織のなかで生きていたのだ。ずっと遠い世界だと思っていたのに。身近に迫る日が来るとは思わなかった。
目の前の女性がいくら親切そうに見えても、桜子は捕らわれた身であり虜囚なのだ。
騙されてはいけないと桜子は思った。
「優という人も、ここにいるんでしょう」
なぜそこで会ったこともない薫の父親の名前が出てくるのか、桜子も分からなかった。何か言い返そうと思った際、口に出てきたのだ。
伊織はその問いに、視線をそむけて言った。
「彼は主命にそむいた。組織にあってはならない人間です。居所は知れません。優は力を解放する術を既に握っている。でも剣の力はうまく制御すれば人命を失うほど危険ではないのですよ」
頭がぼうっとして、桜子は微熱で体が火照るのを感じた。何か言わなければと思うのに、言葉が口から何も出てこない。
伊織は続けて言った。
「主上——朱雀帝は、あなたの力を確かに欲していますが、取って喰おうなどとは考えていない。力を解放するなど、浅はかな振る舞いをしなくても良いのです」
桜子の目に話し続ける伊織の輪郭が揺らぎ、二重、三重に映った。
伊織は不意に桜子の肩をすくうように片手で持ち上げると、背を支えたまま盃に注いだ薬湯をあてがった。
「どうぞこれを。あなたはまだこの状態に慣れていない。数日経てば、熱もおさまるでしょう」
飲むものか、と桜子は口を引き結んだが、体は切実に水分を求めていた。
ひとしずくの液体が唇を濡らすと、こらえきれず桜子は飲み干した。喉が潤うと、舌に残る微かな苦味も気にならなかった。
桜子が飲み干すと、伊織は微笑んだ。
「優は守り手の力を誤解している。その力は忌むべきものではなく、うまく調整して利用するものなのです。少しお休みなさい。私がいつでも付いていますから」




