婿がね( 3 )
「縁談について知らないふりをしたのは、私も悪かったと思ってるよ。でもここに通えないわけじゃない。またいつでも遊びにくればいい」
瑞彦の口調はいつになく優しかった。心からそう思っていることが伝わってくるだけに、下手をすると泣いてしまいそうだった。
桜子は口をひき結んで言った。
「どうして薫をいきなり破門にしたの。そんなことをしなくてもよかったのに」
「薫の父について、お前も少しは話を聞いただろう。あれは危険だ。そして薫にも審神者と同じものが流れている」
——審神者。
それは、和人が語った言葉と同じものだった。
穏やかだが一歩も引かない声音に、桜子は唖然とした。
「あれって、優という人のこと? でも優さんは——」
「お前には、もう似合いの相手がいる」
桜子の声をさえぎって瑞彦は言った。
「薫の役目は、もう終わったのだ。今さら決定を変えることはできない」
桜子は反駁した。
「薫の役目は遺言のせいでしょう。お母さんが予言していたから」
その言葉は瑞彦の意表を突いた。
「どこでそんな話を」
「薫が言ったのよ。私が『水神の剣』の守り手の血筋だって。その力は還さなければいけないって」
「どうやら破門したのは間違いじゃなさそうだ」
瑞彦は口のなかでそうつぶやいた。
「薫に何を吹き込まれたか知らないが、剣の力は決して手にしてはならない。そんなことをすれば、この地に災いが降る。
お前は早くちゃんと祝言を挙げて、何の気兼ねもなく暮らしていけばいい。お前の母がそうできなかった分も」
諭すように言われ、桜子はとっさに言葉を返せなかった。
——おじいちゃんは本当に、優さんの言い分を信じていないんだ。優さんに影響を受けた薫の言葉も。薫だけじゃない。和人さんも、守り手の血筋について語ったのに。
さまざまな思いが脳裏をかけめぐったが、和人のことまで言い及んでいいか分からず、桜子は口をつぐんだ。
桜子が大人しくなったのを肯定の意ととったのか、瑞彦はいくらか声をやわらげた。
「秋津彦から相手のことはもう聞いただろう。頭の回転が速く才知に長けた青年で、お前よりもひとつ年上だ。名を、乾惣之助といってな。乾家の嫡子にあたる」
——乾家。
桜子は息を呑む。その名前を、この里の者なら誰でも知っている。
南に開いた里の入り口——北西に、この里の領主である乾家が居を構えているのだ。まぎれもなく、祖父が言ったのは里長を務める領主の氏名だった。この里に住む少女なら、誰もが羨む縁談なのだろう。
瑞彦はまだ話をしていたが、桜子はもう聞いていなかった。薫との約束を思いだしていたのだ。
——君の行動が何よりの鍵になるんだ。
和人の告げた言葉が、頭の奥の方で鳴り響いた。




