和人( 2 )
今までずっと尊敬していた祖父のことだけに、どうしても信じたくないという思いが胸の底で燻り続けている。
「撫子さんが『水神の剣』の力を手にしたのと同時に、優は姿を消した。その力を解く方法を探るために」
先の言葉に答えず和人は言った。
桜子はハッとして、その面を上げた。
「師範の制止も振り切って、優はこの里を出た。そんな息子を許せるはずがない。師範は、優が剣を奪いに来ると思い込んでいる」
薫の父について、詳しい話を聞くのは初めてだった。今まで優という人物のことは、何も語られたことがなかったのだ。
「師範は桜子が守り手について自覚しなければ、安全だと信じているんだよ。剣の力を開いて、君を失うことを恐れている」
「優さんは隠密の『月読』なんでしょう? 薫に極秘で文を送ったって……」
「優は師範の説得を試みていたんだよ。結局それは叶わなかったけれど。それで薫に事を知らせたんだ」
「ずいぶん内情に詳しいんですね」
桜子は上目遣いに和人を見た。
その表情を読みとることはできない。
「薫と話しただけでは自覚してくれないかと思ってね」
和人は静かに言った。
「君の行動が何よりの鍵になるんだ。守り手の血が自分にも流れていることを桜子が認めれば、力を開くのも自然と容易になる」
和人はそう言って天狗の面をかぶる。立ち去ろうとしているのだと桜子にも分かった。桜子は最後に聞いた。
「優さんが属している『月読』は、一体どういう組織なんですか」
和人は面をつけたまま振り向いた。
「皇の用いる隠密組織だよ。でも彼らが重用されるのは、皇に祟る神霊を鎮める術をわきまえているからだ。
神霊を見分ける者は古来審神者と言って、優もその力を持っていた」
——審神者。
桜子は、耳慣れない言葉を聞きとめた。
和人は続けて言った。
「東では将門を初めとする逆賊がはびこり、巷では物の怪が跋扈する世の中だ。
『月読』が、神威あるものを欲するのも至極当然だろう。皇の守りは手薄になりつつある」
そう言い残すやいなや、和人は辺りの暗がりにまぎれるように、あっという間に姿を消していた。
 




