和人( 1 )
「隠流の稽古場を継げないのが惜しまれる」
歌うように口にした声の響きを聞いて、桜子は木刀を下ろした。
「和人さん……?」
桜子がつぶやくと同時に、目の前の人物は天狗の面を外した。
「久しぶりだね、桜子」
微笑むと、双眸がついと細くなる。
親類でもないのに、桜子が和人と薫を似てると思うのは一緒に暮らしていたせいだろうか。
祖父の一番弟子で、里においては名主でもある和人だが、あまり顔を合わせたことはなかった。
「そのお面……」
桜子が指差すと、和人は逆光のなか笑みを深くした。
「私のだよ。薫がつけていたのと同じものだ。驚かせてしまったかな」
桜子が頷くと、和人は面を手の内でもてあそんだ。
「こういう面は相手をひるませるからね。最初の隙をとらえるには便利だが、その代わりに視野は狭くなる。見知った場所で使うには有効だけどね」
桜子は和人が言わんとすることを測りかねて言った。
「なぜここに来たの? 薫はどうしているの」
和人は手をとめて、柔和そうな瞳を光らせた。
「薫はまだ私の家にいるよ。たとえ破門されたからと言って、簡単に放り出すわけにはいかないからね」
桜子は、その言葉が胸に刺さるのを感じた。
「どうして、いきなりそんなことになったの」
口調に含まれた非難の響きに気づかないように、和人は言い返す。
「桜子はその事情を、もう既に知っているだろう。薫が直接君に話したはずだ」
桜子は被りを振った。
「破門については何も聞いてないわ。薫が護衛役だのどうのって話も知らなかったのに」
「それだけ君の存在は、外側から守られるものなんだよ。今回の薫の措置が適切かどうかは、私も分からない」
桜子は、藍染の装束をまとう和人を見上げるようにした。
「和人さんはおじいちゃんの内弟子でしょう。それなのに薫の方に味方するの」
「桜子の縁談には私も反対だよ。いつかそうなる時が来るのだとしても、今まとめるのは危険すぎる」
陽がかげると、辺りは途端に薄闇がたちこめた。
桜子はつぶやくような声で言った。
「和人さんも、私にお母さんと同じ力があると思ってるのね」
和人は微笑した。
「前からその力を還そうとする動きはあったんだよ。君の母、撫子さんが『水神の剣』の力を手中にした時に」
「おじいちゃんは、ずっとそれを見逃していたというの。そんな大事なことを隠してたの」
桜子はうつむく。
後半は声が震えそうになった。




