表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水神の剣の守り手   作者: 星 雪花
忍びの里
25/108

追憶


 桂木と口論した経緯もあり、桜子は日が落ちる間際に稽古場へ足を踏み入れるようになった。


 合図の目印がないのを確認する。陽が大分長くなったため、通う人がいなくなった後も、一人で稽古をする時間はあった。木刀を片手にゆっくり呼吸しながら、桜子は基本である型の動きを忠実に体でなぞった。


 腕からの距離が長くなる分、初めは重心がつかみにくかったが、それに慣れてしまうと寧ろ木刀を手にしている時の方が躍動のある大きな動きになる。先端まで意識を集中させると、木刀は腕の一部のようだった。手足が長くなるような感覚だ。


 桜子は転換して半身になり、木太刀きだちの切っ先をひらめかせながら、一連の動きを何度も繰り返す。よどみなくなめらかに、次の型へ移行できるように。


 そうしていると、扇を手に舞う母の姿が浮かんだ。

母も神楽舞かぐらまいをする時は、他の一切をかえりみず、その動きだけに集中したのだろう。


 ただ無心に。無欲に。


 そうすることで、水脈みお大蛇おろちつかさどる剣の守り手になるなんて、思いもしなかったに違いない。

 母もその力を、もとある場所に還したかったのではないか。ふと、そんな気がした。母はそれができなかったから、その願いを薫に託したのだ。


 そう考えると、薫が母の言葉——もしくは撫子自身のことを、尊重する姿勢にも合点がいく。薫が守りたいと言ったのが口先だけのことではないにしろ、それは撫子がそう言い残したからだ。

 薫が守りたいのは、それを望んだ母の言葉なのだ。桜子自身も知らない、ずっと昔の遠い約束として。



 ひと通りの動きを終えた後、おもむろに桜子は木刀を斜にかまえた。静止したのは、視線を感じたからだ。誰かにまるで、監視されているような——



 かまえた姿勢のまま上を見た桜子は、夕日に照らされた影にギョッとした。稽古場の柱のはりに腰掛ける者がいたのだ。


 見覚えのある天狗の面をつけているが、それが薫でないことは、その身長差で明らかだった。どちらかというと細身の薫に比べ、面をつけた人物はがっしりとたくましく見える。桜子が木刀を大上段に対峙すると、その人物は音もなくするりと梁の上から地に降り立った。



「しばらく見ない間に、ずいぶん足(さば)きが様になってきたね」


 やわらかい物言いを聞いても、桜子はその人物が誰か分からなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ