国と姫
床にハーブティーがこぼれる。自然と家の中を、ハーブの臭いが漂った。
「クランツ!クランツよね?!どおしたの!しっかりして!!」
突如家に倒れ込んだ傷だらけの兵士は答えない。ただ、おびただしい数の傷がよく目立つ。このままただ声をかけても埒があかないと判断した姫は、兵士から鎧を脱がし、自分が使っているベットで休ませた。鎧はもう使い物にはならないだろう。
記憶がおぼつかない。城を出て平原を越えたところまでは覚えている。その先がはっきりとしない。丁度そこだけ抜け落ちているみたいだ。
目を覚ますと、屋内にいた。木の匂いのする、心安らぐ家だ。そして隣には、自分が求めていた者がいた。
「クランツ!!目を覚ましたのね?!」
我が国の第一王女アーネ・ハルベール様だ。
「良かった…。無事で。」
しかし、何故姫様は泣いておられるのだろうか。出来れば、笑ったお顔を拝見したいものだ。それに、よく見ると全身が包帯で処置を施されている。誰がやってくれたのだろう。
「良かったですね、姫さん。兵士さんが回復して。」
男の声がする。見ると私の知らない男がそこにいる。事態が飲み込めない。
時間にすると一日、クランツは寝ていた。その間に出掛けていたジグが帰宅し、重症のクランツを処置したのである。特別、姫が何かをしたわけではない。その涙に何が含まれているのかと聞かれれば、聞きたくもない答えが返ってくるだろう。
「アーネ姫、私はいったい…。」
体を起こして尋ねる。この傷の有り様だ、姫もジグも心配する。
「突然、この家に入ってきたのよ。そこの鎧を纏ったまま。ねえ、クランツ。今こんなことを聞くのはあれだけれども、城はどうなったの?」
「そ、それは…。」
重い空気が流れる。けれども事態の掴めないジグはそれを直ぐ様壊した。
「ところで、姫さん。この兵士さんは誰なの?」
当たり前の質問だ。しかし、場の空気を全く考慮していない。
「ごめんなさい。彼はクランツといって、私の国の兵士長なの。」
「ふーんそうなんだ。でも、なんで兵士長さんなんかが、こんな森にたどり着いたんですか?」
クランツは視線を下に向けた。戦争の絶えないこの時代。ましてや、崩壊寸前の国の兵士の長である人物が城にいない。これは、あることを意味していた。
「クランツ、城は、国はどうなったのですか…。」
奥歯を噛み締め言った。
「すいません姫様。実際の事を申しますと、私には分かりません。お恥ずかしながら、姫が城を追い出されたと聞いて、直後に城を出たものですから。」
「そうですか…。」
「申し訳ありません!」
姫は、怒ってなどいなかった。むしろ、その逆である。一人の男が国を捨ててまで自分の事を求めてくれる。どこまでも、人に愛されることが喜びでしかなかった。それ以外の喜びが無いと言っても過言ではなかった。
「話を整理すると、兵士さんはクランツという名前で、クランツさんは姫さんの国のお偉いさんなんですね。なるほど。」
この男が話をしだすと、場の雰囲気はそのままではいられなくなる。彼が子供のような顔立ちだからという訳でも無さそうだ。しかし、一国の姫とその兵士が偶然にも再開したならば、よそ者である猟師がとる行動は一つしかないはずである。しかし、理屈が通用しないのがこの男である。
「ということはあれですか?クランツさんもここで暮らすのですか?」
この発言に一番驚いたのは姫であった。ここまで空気が読めないものなのか。少し狂気を感じる部分もあったが、やはり嬉しく思えた。きっとこの男は自分の様な素敵な女性と離れるのが惜しいのだ、だからこうして皆で暮らすように提案したのだ、そんな風に考えてみたりした。姫にとってはたまらない状況だった。
「出来ることならお願いしたいのですが、あのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
今になって、その事を思い出したクランツが尋ねる。
「あっ、すいません。俺、リオールの村で猟師をやってるジグといいます。これからよろしくお願いします。」
「自分はハルベール王国兵士長クランツといいます。こちらこそよろしくです。」
こうして、二人きりの生活から、三人へと増えていった。
ところで、ジグは何処に出掛けていたのだろう。




