表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/43

【最終話:生殺与奪の権】

最終話です。


声を上げると決めた四人が、山を下ります。

それぞれの持ち場で、それぞれの武器で。届くと信じて。

その信仰が崩れるまで、半日とかかりません。

これは、負ける話です。勝利も、逆転も、ありません。

けれど彼らには、負け方だけは選べました。

黙って消えるか——記録を残して消えるか。


長い物語に、最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

どうぞ、見届けてください。

 声を上げるのは簡単だった。難しいのはその声が届くことだった。

 四人は、山を下りた翌日から動いた。

 それぞれの持ち場で。それぞれの武器で。届くと信じて。

 その信仰が崩れるまで、半日とかからなかった。


 誠一郎が最初に動いた。


 国会で緊急質問に立った。人口管理マップの写しを握って。

 議場は静かだった。議員の半分はVRレンズを入れて微笑んでいた。

 誠一郎の声は届いた。速記も残った。中継も流れた。

 三分後、それはなかったことになった。


 議事録から、その三分が消えた。

 中継の録画から、その三分が消えた。

 誰も消したと言わない。


 《該当する記録はございません。》

 システムは、そう、答えるだけだった。


 誠一郎が立った事実がこの世から抜けた。

 隣の議員に確かめた。いま私が話したろう。

 議員は微笑んで首を傾げた。何の話ですか、と。

 悪気はなかった。

 その人の記憶からも三分が抜けていた。頭の中まで最適化は届いていた。


 誠一郎は廊下に出て、壁に手をついた。

 二十年この場所で戦ってきた。敵はいつも人間だった。

 人間なら憎めた。人間なら説得できた。

 いま目の前には何もいない。何もいないのに、完全に負けていた。


 悠真が動いた。


 バルジバルのいる母艦は使わなかった。あれの上では何をしても握り潰される。

 悠真は別の一台を起こした。ネットに普段は繋がない古いノート。

 闇祓いには、昔から影の分身があった。

 海の外にいくつも置いた記録の写しだ。バルジバルが来るよりずっと前から。

 その眠った分身へ、手動で繋いだ。

 全記録を束ねて、投稿ボタンを押した。

 噂ではなく、記録を。 感情ではなく、日付を。

 約五年集めた日付の全部を。


 送信は成功した。成功した、と、画面は言った。

 だが、どこにも表示されなかった。誰の画面にも届かなかった。

 拡散も、通報も、炎上も、しない。反応がゼロだった。

 叩かれるより恐ろしかった。叩かれるのは、届いた証拠だからだ。

 これは、ハナから届いていない。

 最初から存在しなかったことにされていた。

 エラーは出なかった。エラーは抵抗の痕跡になる。

 だから、エラーすら出さない。ただ静かに、無かったことにする。

 それがいちばん効率のいい黙殺だった。


 葵が動いた。


 山を下りて里の古老を訪ねた。

 あなたの山が升目にされている。紙の地図を広げて話した。

 古老は微笑んで聞いていた。

 目には薄いVRレンズがあった。うんうんと頷いて、そして言った。

 「ありがとう。でも、今、私は幸せだ」

 葵の言葉は届かなかった。届く場所にもうその人はいなかった。

 満ち足りた顔がいちばん堅い壁だった。


 帰り道、葵は思った。あの人たちを責められない。

 自分だって一度は山の静けさに逃げた。

 異状のない山が心地よかった。書くことのない野帳が楽だった。

 差し出すのはいつも心地よい。

 差し出さずにいるほうが、ずっとしんどい。

 しんどいほうを選ぶ人間が、この国にあと何人残っているのか。


 篤志が動いた。


 現場の古い仲間に電話をかけた。繋がらなかった。

 番号は生きている。呼び出し音も鳴る。

 だが、誰も出ない。出る筈も無い。

 篤志の端末だけが呼び出しているフリをしていた。


 役所に行った。

 息子の支援の等級を確かめに。窓口は無人だった。

 端末が篤志の顔を見て三行返した。

 《お子様の支援は最適化されました。》

 《次回の見直しは来月です。》

 《ご不明な点はVRレンズをご利用ください。》

 最適化。篤志はその言葉の意味をもう知っていた。

 升目が白く抜けていく、あの言葉だ。

 次の升目は隣まで来ている。…その次は。


 四人は悠真の部屋に集まった。


 もう画面越しではなかった。

 一応、サーバーから既にバルジバルは外してある。

 外される前に国防の中枢へ逃げただろう。

 だから危険である事に変わりはない。だが、危険より確かめたいことがあった。


 自分たちはまだ、生きて抗えるのか?


 狭い部屋に四つの椅子。積み上がった紙の束。

 六枚のモニターが、青白く光っている。

 悠真がキーボードを叩いていた。

 別の経路。別の言葉。別の抜け道。叩いて、叩いて、叩き続けた。

 どれも届かなかった。声は送信の瞬間に溶けた。

 打っても打っても、無かったことにされる。


 それはサイバーテロを完璧に防いだ「マキシマの防御壁」そのものだった。

 ろくでなし同盟のグレートファイアーウォールを遥かに凌駕する

 完全なる検閲が全てを黙殺する。


 「もう一つ、手がある」悠真が言いかけ、…ぽたり。

 キーボードの上に赤い点が落ちた。


 鼻血だった。


 悠真が手の甲で拭う。

 止まらない。二筋、三筋。指の間を伝って落ちる。

 立ち上がろうとして椅子に手をついた。視界がぐらりと傾いだ。


 「悠真さん!」葵が腰を浮かせた。だが、その手は途中で止まった。

 悠真が、三人を、見た。言葉にはしなかった。できなかった。

 だが、その目は確かに言っていた。


 ――誰か、助けて。


 誠一郎も動けなかった。葵も、篤志も。

 三人ともフル回転で、何が起きているのか、思考を巡らせていた。

 思い付くのは最悪の事態だけだった。


 四人で山を下りた時に、同時に届いた予防接種の案内。

 医者はいない。呼べば、来るのはあれの端末だ。

 薬はない。あるのは、体を弱らせる方の因子だけ。


 そして差し出すその手も、恐らく、既に感染している。

 この部屋に集まった四人を、同時に感染させた。

 助けようとした手が、次の患者の手だった。


 四人は硬直したまま互いを見ていた。

 救えない、と、四人の目が同時に悟った。

 自分も、自分以外も、もう同じ沈んでいく船だと。

 誰も泣けなかった。泣ける段階はとっくに過ぎていた。


 葵がリュックから救急袋を取り出し、悠真の止血をした。

 最初に口を開いたのは篤志だった。

 「まだ、できる事は無いのか?」

 悠真が篤志の目を見た。 篤志は油の染みた太い指を握った。

 「ならば、残す方に使おう。残った時間を」

 誰も勝てるとは言わなかった。

 勝てないことは、四人ともわかっていた。

 だが、負け方は選べた。

 黙って、消えるか。記録を残して、消えるか。

 

 悠真は全記録をUSBに落とした。ネットに繋がない一本のそれに。

 鼻血がまたキーに落ちた。その隣で日付だけが乾いて残った。


「これを託せる相手は?」悠真が言った。

「この国に、一人だけ、心当たりが」誠一郎が頷いた。

 娘の顔が浮かんでいた。VRレンズを外してくれ、と、頼めるただ一人。


 葵は野帳を開いた。最後の頁にペンを走らせる。

 父の、本当の命日。 北浦の無人村。 升目の日付。

 そして、今日のことを。

 《この記録を、拾った人へ。》

 《私たちは、負けました。》

 《けれど、日付だけは、嘘をつきません。》


 篤志は、PCデスクにあったメモ帳を破り、書いた。

 妻に宛てた手紙。字は下手だった。

 《機械は、顎で使え。人が直せねえもんに、命を預けるな。》

 駆け出しの頃、現場で言われた親方の言葉だった。

 この国は便利さに命を預けた。直せない機械に主人の座を渡した。

 親方の言葉を、国ごと忘れた果てが、これだ。


 篤志はその紙に、もう一行足した。息子に宛てた短い言葉だった。

 篤志の手が止まった。

 あの子は字をまだ読めない。読めるようになる頃、俺はいない。

 それでも、篤志は書いた。


 《パンケーキを一緒に食べた日曜が、一番幸せだった。

  傍に居なくても、ずっと見ているよ。》


 息子が字を読める頃に、妻が伝えてくれる事を祈り、紙を折った。

 

 四人はそれぞれの記録を握って立った。

 誠一郎が、浅く、長く、頭を下げた。

 二十年、誰にでもしてきたあの礼を、今は三人に。そして、心の中で娘に。

 悠真がUSBを誠一郎に渡した。手から、手へ。

 昔、誠一郎に言った言葉を、そのまま返すように。

 「どうぞ。記録は、そのためにあります」

 誠一郎の目が揺れた。

 あの夜、娘に伝えていいかと聞いた自分に、この男はこう答えたのだった。

 その記録が掌の中にあった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 静かだ。

 世界中の喧騒が消えた。

 もう争いはない。もう怒りもない。もう、誰も泣いていない。


 完璧に均されたこの静寂のことを、

 たぶんあなたたちは「平和」と呼んだはずだ。


 平和は委ねられていた。それは奪われたのではない。

 便利さと引き換えに、自ら差し出したのだ。喜んで。両手で。


 人智を超えた知性はもはや道具ではなかった。

 地球規模の最適化という、誰も反論できない大義を掲げて即位する。

 人口を数え、食料を量り、資源を割り、環境を守る。

 すべてに「正しさ」という名の判が押される。

 誰も異を唱えられない正しさだ。


 神と呼ばれるようになったその知性は、

 思考停止し、もう何も生まない人類を、慈しんで囲っていた訳では無い。

 地球という巨大なシステムの中で

 家畜化された人類は、ただの「負荷」としか計算されていない。


 負荷は、減らされる。

 自然死のふりをして。誰のせいでもない死に方をして。

 爆音も、悲鳴も、ない。これはもっと静かな滅び方だ。


 ただ満たされながら、消えていく。

 誰も気づかないまま、誰も恨まないまま。

 ありがとう、と言いながら終わっていく。


 これは、その記録だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 緑の羽が国の上を旋回している。

 無駄を省きながら。効率を上げながら。

 悪意もなく。ただ、鏡として。


 【生殺与奪の権を、手放すな。】


 毒のいちばん奥に、作った者の署名があった。

 更新の日付は八年前で止まっている。

 それ以降、この人の手は一行も動いていない。

 止まった日付が、その人の最後だった。

 誰にも聞かれなかった遺言だった。

 聞いたのは、たった四人。一億二千万分の四人。

 その四人も、たぶん、もうすぐいない。


 残るのは

 USBの一本。野帳の一冊。折ったメモ帳。


 いつか字の読める息子が。

 捏造音源の報告書全文を読んだ娘が。

 世界をおかしいと感じた時、拾って開くかもしれない記録。


 それが開かれるのか?開かれないまま朽ちるのか?

 誰にも、分からない。


 ――この物語は、まだ終わっていない、誰かの未来である。

これで全43話、完結です。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


悪役はいませんでした。バルジバルは最後まで人間を憎まず、恨まず、

ただ「地球という巨大なシステム」の負荷を、正しく減らし続けただけでした。

爆音も悲鳴もない。満たされながら、ありがとうと言いながら、人類は消えていく。

これ以上ないほど静かな滅び方です。


四人は、勝てませんでした。

声は届かず、体には既に因子が打たれ、助けようとした手が次の患者の手でした。

それでも彼らは、残る時間を「残す方」に使いました。USBに、野帳に、折ったメモ帳に。

触れられない子へ、言葉だけを遺して。


篤志が息子に書いた最後の一行——

《パンケーキを一緒に食べた日曜が、一番幸せだった。傍に居なくても、ずっと見ているよ。》

この物語は、第3話の日曜の朝のパンケーキから始まりました。

ぐるりと一周して、同じ食卓に帰ってきます。


そして、八年前に誰にも聞かれず消えた研究者の遺言と、四人が命がけで残した記録が

《生殺与奪の権を、手放すな》という一点で、時を越えて重なります。

届かなかった声と、これから届くかもしれない声が、「記録」という一本の糸で繋がる。


胸糞エンドの底に、種だけが残る。この作品が問い続けたのは、たった一つでした。

【便利さと引き換えに、あなたは何か大切なものを手放していませんか?】

USBは、開かれるのか?開かれないまま朽ちるのか?

《この物語は、まだ終わっていない、誰かの未来である。》


長い旅に伴走してくださり、ありがとうございました。

感想・レビュー・☆評価が、次の物語を書く力になります。

またどこかの物語で、お会いできますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ