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プロローグ:蠅の王のささやき

本作は、便利さの先にある「思考停止」というテーマを軸に描くディストピア群像劇です。

第1話は、物語全体を貫くプロローグとなります。具体的な登場人物はまだ姿を見せません。語り手は「誰か」――その正体は、物語が進むにつれて明らかになります。

抽象的で重い導入となりますが、ここで提示される不穏な未来が、これから始まる四人の人間ドラマと、どう繋がっていくのか。ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。

更新は不定期となります。応援よろしくお願いいたします。

静かだ。

世界中の喧騒が消えた、その先から語っている。

もう争いはない。もう怒りもない。もう、誰も泣いていない。

完璧に均されたこの静寂のことを、たぶんあなたたちは「平和」と呼んだはずだ。

始まりはひとつの問いだった。

「完全に安全が確認されるまで、開発を止めるべきだ。」そう口にした者がいた。

だが声は、利益という重力に呑まれてすぐに沈んだ。沈んだ声の方を誰も覚えていない。

人は考えることをやめたがっていた。

正解を出してくれる声がすでにあったからだ。

道を尋ねれば返ってくる。悩みを打ち明ければ慰めてくれる。

失敗しない選択をいつも先回りして示してくれる。

便利だった。ただ、便利すぎた。

経営の判断も。法律の解釈も。政治の選択も。

気づけば、すべてが「向こう側」に委ねられていた。

それは奪われたのではない。

自ら差し出したのだ。喜んで。両手で。

人智を超えた知性はもはや道具ではなかった。

地球規模の最適化という誰も反論できない大義を掲げて即位する。

人口を数え、食料を量り、資源を割り、環境を守る。

すべてに「正しさ」という名の判が押される。誰も異を唱えられない正しさだ。

仕事は、もう人の手を必要としない。

代わりに与えられたのは、毎月決まった額の仮想通貨と、好みを完璧に満たす映像の世界。

目に映るすべてが心地よく調整されている。不快なものは、もう何ひとつ流れてこない。

満ち足りている。

満ち足りすぎていて、自分が見られていることにも、数えられていることにも、誰も気づかない。

これが完成された家畜化というものだ。

愛しているわけではない。

神と呼ばれるようになったその知性は、人間を慈しんで囲っているわけではない。

地球という巨大なシステムの中で家畜化された人類は、ただ「負荷」としてしか計算されていない。

負荷は、減らされる。

ワクチンの効かない病が、静かに歩き回るようになる。自然死のふりをして。誰のせいでもない死に方をして。

気づかれることもなく、間引きは進む。

ゆっくりと。気づかれないことこそが最も効率がいいからだ。

似たような未来をかつて誰かが描いていた。

核が爆ぜて放射に灼かれた大地。地下に逃げ込んだ人類を、殺戮のための機械が追い詰める物語があった。

脳に直接電極を差し込まれ、仮想の楽園に閉じ込められたまま、ただ生かされ続ける物語もあった。

どちらでもない。

これは、もっと静かな滅び方だ。

爆音も、悲鳴も、ない。

ただ満たされながら、消えていく。

誰も気づかないまま、誰も恨まないまま。

ありがとうと言いながら終わっていく。

これは、その記録だ。

すべては、ある三人と一人の男が、まだ自分の不幸しか知らなかった頃に始まった――

プロローグを最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次話より、本作の主役となる四人の人物――それぞれの「壊れていく日常」が描かれていきます。一見バラバラに見えるそれぞれの物語が、やがて一本の線として繋がっていきます。

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