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【第1部完結】ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし〜今日もお茶とお菓子で平和です〜  作者: 浅沼まど
第3章【 ここが、わたしたちの居場所 】

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第32話『噂は風に乗って』

 昨夜のあの小さな予感は——朝になってみれば、すっかり、どこかへ行ってしまっていた。

 今日も辺境の屋敷には、いつもどおりののんびりした一日が訪れていた。

 朝の家事を一通り終えて、私たちはいつものようにお茶の時間を迎えていた。


「ねえねえ、聞いてよクロエ! さっき薪割りしてたらさ、斧がすっぽ抜けて——」

「リリーさん。まさか……また、何か壊したのではないでしょうね?」

「だいじょぶ、だいじょぶ! 木に刺さっただけ! ……ちょっと深めに、だけど」

「深めに……」


 一体、どれだけ深く刺さったのか。考えるのはやめておこう。

 シルヴィアは今日も、ご機嫌でお菓子を焼いている。


「今日は、村で頂いた蜂蜜で焼き菓子を作ってみました。我ながら上出来です」


 ネルはというと、お茶を淹れた後、もうテーブルに突っ伏して船をこいでいた。


「ネル。お菓子、食べないんですか?」

「……んっ……五分後に、おきる……」

「五分後には、リリーさんに全部食べられていますよ」

「……!」

 ぱちっとネルが目を覚ます。お菓子のことになると、起きるのがやけに早い。


「はむっ……このお菓子、おいしい」目を覚ますなり、ネルが早速、焼き菓子に手を伸ばす。

「あっ、ネル、ずるい! あたしの分も残しといてよ!」

「……はやいもの勝ち」

「うー、ネルの癖にこういう時だけすばしっこい!」


 お菓子を巡って、ワイワイと騒ぐ二人を見て、シルヴィアが楽しそうに笑った。


「あらあら。たくさん焼きましたから。喧嘩(けんか)しなくても大丈夫ですよ」


 私はやれやれと肩をすくめながらも、その賑やかさに、つい頬がゆるんでしまう。

 ——いつもの朝だ。

 昨夜感じたあの予感のことなど、私はもうすっかり忘れていた。


          ◇


 午後、買い出しに村へ下りると。

 広場では、旅の行商人たちが何やら噂話に花を咲かせていた。

 獣騒ぎが収まって以来、街道を行き交う人がずいぶん増えたのだ。


「——でな、この先の、ずっと奥の辺境に、とんでもないメイドたちがいるって話でよ」

「とんでもないメイド?」


 通りかかった私は思わず足を止めた。


「ああ。何でも、獣の群れを手なずけた上に、枯れた森を一夜で緑によみがえらせたとか。雷を自在に操る娘もいるらしいぞ」

「へえ! まるで、おとぎ話だねえ」

「だろう? まあ、どこぞで小耳に挟んだ話だ。話、半分に聞いときゃいい」


 旅の者たちはカラカラと笑っている。


 ……雷を操る娘。獣を手なずけ、枯れた森をよみがえらせる。

 なんだか、聞き覚えのあるような、ないような。

 私は首をかしげた。けれど、すぐに思い直す。

 ——まさか。そんなおとぎ話みたいなこと。

 隣を見ると、いっしょに来ていたリリーもキョトンとしていた。


「すっごいメイドもいたもんだねえ! あたしたちも見習わなきゃ!」

「……ええ、そうですね」


 どうやら、リリーも自分のことだとは、これっぽっちも思っていないらしい。

 マレーナの宿屋に寄ると。しわがれた声で、からかうように迎えられた。


「おや。村で噂のすごいメイドさんがおいでだよ」

「噂、ですか?」

「ふふ。さっき行商から聞いたんだよ。辺境に規格外の聖女くずれが四人いるってねえ」


 規格外の聖女くずれ。四人。

 その言葉に、今度こそ私はドキリとした。


「……それは、一体、どこの話なんでしょうね」

「さあて。どこの話だか」


 マレーナは意味ありげに笑った。

 その目はすべてを見透かしているようでいて、けれど何も言わなかった。


「まっ、噂ってのは風に乗ってどこへでも飛んでいくもんさ。……いいことも、わるいことも、ね」


          ◇


 屋敷に戻る坂道で。

 リリーがのんきに言った。


「しかし、すごいメイドもいるもんだなー。あたしも、もっとがんばろっと!」

「リリーさん。あなたは、もう十分がんばっていますよ」


 私は思わずふっと笑った。たぶん、その「すごいメイド」はあなたのことなのですけれど。

 ——とは、言わずにおいた。言ったところで、きっと信じないだろうから。


 屋敷に着くと夕暮れだった。

 いつものように、四人でお茶を囲む。窓の外では、夕日が村をやわらかく染めている。


 半年前。

 私はハズレと呼ばれ、行き場をなくして、この辺境の屋敷に流れ着いた。

 たった一人だと思っていた。自分だけが〝何の取り柄もない出来損ない〟なのだと。


 けれど、今はどうだろう。

 隣には、シルヴィアがいて、リリーがいて、ネルがいる。

 村には、ミナや、子どもたちや、ゴルドや、マレーナがいる。

 屋敷には、あの優しい気配がいつも見守ってくれている。

 ——ここに、いていいんだ。

 あの雨の夜、ようやく受け取れたその言葉を。私はもう一度、胸の中でそっと繰り返した。


「クロエさん? どうか、しましたか?」

「……いえ。なんでもありません」私は微笑んだ。「ただ——ここが、好きだな、と。そう思っていただけです」

「あらあら。ふふ、わたしもですよ」

「あたしも!」

「……わたしも」


 四人で顔を見合わせて笑う。

 窓辺のカーテンが夕風にふわりと揺れた。

 あの優しい気配もきっと同じ気持ちで、私たちを見守ってくれているのだろう。


 明日も、きっと、こんな一日が続く。

 朝、洗濯物を干して。シルヴィアがお菓子を焼いて。リリーが薪を割って。ネルがお茶を淹れて——そして、お昼寝をして。村へ行けば、ミナたちが駆け寄ってくる。


 ただ、それだけのなんでもない日々。


 けれど、そのなんでもなさこそが、私たちが長い間、探し求めてきた――たったひとつの宝物だった。

 なんでもない、けれど、かけがえのない夕暮れだった。

 私たちはずっとここにいる。この温かい場所で。のんびりとメイド生活を続けながら。


          ◇


 辺境を遠く、遠く、離れた、とある街道沿いの宿場。

 旅人や行商で賑わう酒場の片隅で。一人の人物が隣の卓の行商の話に何気なく耳を傾けていた。


「——でな、その辺境のメイドってのが、まあ、規格外でよ! 中でも金色の髪の娘がすごいらしい。雷をばちばち落として獣の群れをひとにらみで蹴散らしたとか!」

「ははっ、まさか。雷を操る聖女なんて、もう何年も前に大聖堂を追われたきり——」


 行商の何気ない、その一言。

 その瞬間。

 話を聞いていた人物の酒杯を持つ手がぴたりと止まった。

 金色の髪。雷の力。大聖堂を追われた——。

 ゆっくりと、その人物は顔を上げた。


「……今、なんと言った?」

「えっ? いや、ただの噂話で……」

「その娘の話をもっと、詳しく聞かせてくれ」


 その声には、抑えきれない何かが滲んでいた。

 突然の真剣な声色に、行商はすっかり面食らった様子で。それでも、知っていることをぽつぽつと語りはじめた。


 辺境のローエンド地方。

 森の縁に、ひっそりと建つ古い屋敷。

 そこに暮らす、四人の若いメイドたち。


 その人物は一言も聞き漏らすまいと、じっと耳を傾けている。

 そして、独り言のように呟いた。


「……間違いない。『あの娘』だ」


 次の瞬間、その人物は酒杯を卓に置き、誰かに報せるべく足早に席を立った。

 雑踏の中へと消えていく、その背中にはもう迷いはなかった。


 ——噂は風に乗って。

 辺境の小さな幸せのことなど、何も知らずに。

 それは、思いもよらない、誰かのもとへと届いてしまった。

 穏やかな日々のすぐ、すぐそばまで。

 新しい風がもう吹きはじめていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 『ハズレ聖女四人、辺境の幽霊屋敷でのんびりメイド暮らし』、これにて第一部・完結です。


 最終話で吹きはじめた「新しい風」が彼女たちのもとへ何を運ぶのか——物語はまだまだ続きます。

 本作は『第1回ブシロードワークス小説大賞』に応募しており、第二部の更新は、その結果が出ましたら始めさせていただく予定です。

 それまでどうかのんびりとお待ちください。


 ★評価やブックマーク、ご感想が続きを書く大きな励みになります。

 それでは、また続きでお会いできる日を楽しみに。

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