226話 夫婦の価値観、二人の始まり 3
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マルティアの街にはふんわりと雪が降る。
暖かな室内ではそわそわと落ち着かないテオが、あちこち動いて何か仕事がないかと探す。アッシャーはそんな弟を見て困ったような表情を見せるが、手持無沙汰なのかテーブルを何回も拭いている。
今日は少し特別な客が喫茶エニシに来る予定なのだ。
「まだ時間があるから、アッシャー君とテオ君にも料理を手伝ってもらおうかな? ……大丈夫?」
そわそわしていた兄弟はその言葉にハッとしたように、キッチンの恵真へと視線を移す。今日の特別な来客、それは先日バート達から相談された夫婦ケビンとシャーリーの二人だ。
知り合いのまだ少ない二人には家以外に訪れられる場所が少ない。そう考えた恵真がアメリアを通じ、二人を招待することにしたのだ。
そこにはもう一つ恵真の考えがあるが、それは料理を提供するまでの秘密である。
「……でも、ここに二人は来られるのかな?」
「あ! そうだよな。でも、きっといい人なんじゃないかな……?」
「ク、クロ! 大丈夫だよね!?」
その可能性を全く考えていなかった恵真は慌ててクロに確認をする。
クロはというと、お気に入りの窓際のソファーでくつろぎ、大きくあくびをする。
みゃう、と面倒くさそうに鳴く姿からは緊急性を感じない。どうやら、問題ないのだろうと恵真達は安心した表情を浮かべる。
「エマさん、何を作るの?」
「うーん、今回はご夫婦の二人の好みに合わせた料理を作りたいなって思ってるんだ。二人の育った地域の食材を使った料理だよ」
「僕達もお手伝いできるんですか?」
「もちろん、そうしてくれると助かる」
その言葉にアッシャーとテオは力強く頷くと、手を洗うためだろう。早歩きでキッチンへと向かう。
頼もしい助手の後ろ姿に恵真もまた夫婦が喜ぶ料理を作ろうと気合を入れるのだった。
いくつか料理は既に準備をしているのだが、アッシャー達に手伝ってもらうのはそのなかでも特別な料理だ。
冬の今の時期に合い、ケビンとシャーリー、それぞれの好みにも合うものになると恵真は確信している。
お湯を沸かしている恵真の横で、アッシャーが野菜を丁寧に洗い、包丁で小分けに切っていく。その隣でテオがパン切り包丁でバゲットを小さく一口大に切っていく。
パン切り包丁なので手を切ることはないが、アッシャーが心配そうにテオの手元を見ている。
恵真は細かくおろしたチーズと少量の小麦粉を用意し、小鍋にとある食材を入れた。その食材の香りが十分に出てきたところで、先程のチーズと白ワインを入れて溶かしていく。
焦がさないように気をつけながら、溶かして完成だ。
恵真はアッシャーが切った野菜を湯がき、水分をしっかりと切った。電子レンジではじゃがいもとかぼちゃを蒸している。彩りを考え、ミニトマトもある。
これで野菜は十分だろう。
「……すっごく綺麗に盛りつけられた気がする……‼」
「うん、上手にできてると思う」
バランスを考え、皿には彩り良く野菜を、カゴにはパンを盛ったテオは得意げだ。
そんなテオに笑いかけた恵真はみゃう、という鳴き声にドアの方を見る。
すると、ドアがそっと開き、若い男女が顔を覗かせた。おそらく、ケビンとシャーリーだろう。
「……っ、あの! 本日、こちらに招かれているケビンと申します」
「妻のシャーリーです。本日はお声がけくださり、ありがとうございます……!」
恵真の黒髪に驚きつつ、ケビンとその妻シャーリーが声をかけるとアッシャーが急いで二人の元へと駆け寄る。
どうやら、夫妻を席に案内してくれるようだ。
「はじめまして。私は喫茶エニシの店主遠野恵真です。突然、お誘いしてこちらこそすみません。どうぞ、お席へ」
「は、はい……!」
黒髪黒目の店主、見慣れぬ魔道具も数多くある店に少々ケビンたちはたじろいでいる様子だ。
テオがグラスを用意して、夫妻の元へと持っていく。
席へ案内し終えたアッシャーは、先程テオが野菜とパンを盛りつけた食器とカゴを手に弟の後に続く。
恵真は今回の料理に必要な器具を持って夫妻の席へと向かった。
「料理はこちらにお任せいただく形になるのですが、苦手なものなどありませんか?」
「いえ、大丈夫です! あ、こういう野菜が多い食事は好きですね。この香りはチーズでしょうか……? 育った地域ではよく食べていました」
テーブルの上には彩りよく並べられた野菜、そしてパンが入ったカゴがある。
彼の想像通り、今回は野菜やチーズを多く使った料理が用意されている。
しかし、その言葉を聞いた妻のシャーリーの表情は曇る。
夫の好みを知らなかったことにショックを受けたのだ。
暮らし始めて数か月、夫であるケビンはシャーリーの作る食事に不満をいうことはなかった。そのため、自分の育った地域の食事を作ってきたのだ。
知らず知らずのうちに負担をかけていたのではと、シャーリーは不安げにケビンを見つめる。
「……こちらに火をつけて、チーズが溶けてきたらパンや野菜、お好きなものを合わせて召し上がってください。チーズフォンデュという料理なんですよ。熱いのでお気をつけて」
そう言って微笑むと恵真は二人の元から、そっと離れていく。
アッシャーとテオも恵真に続くようにキッチンへと戻る。
ケビンとシャーリーに必要なのは、お互いに向き合って話す時間だ。
「凄い店だね。見て! このグラス透きとおってる! 食事も楽しみだね」
穏やかに微笑むケビンだが、シャーリーの表情は硬い。
悲し気に目を伏せたまま、シャーリーは小さく口を開く。
「どうして言ってくれなかったの?」
「え? なんのことだい?」
「……野菜やチーズが好きだってこと」
シャーリーの言葉にケビンは困ったように眉を下げた。
「ごめん……。君には君の育った環境があるし、それを僕も受け入れたいと思ってたんだ。味が合わないとか、そんなことじゃないし……!」
慌ててケビンが言うが、シャーリーには今までの疑問がやっと解けた思いでもある。ケビンが今まで乳製品や野菜を好んできたのであれば、シャーリーの作るにんにくの多い食事や味の濃い食事は合わなかったことだろう。
食後の表情が優れなかったのも、胃に負担がかかっていたためなのだ。
だが、シャーリーとしてもケビンを想って選んだ食事であった。
「あなたに無理をさせたいわけないじゃない……私の住む地域ではにんにくを多く取るのは健康にいいと言われているの。せめて、疲れが食事でとれるといいなと思って作っていたの……」
「ごめん、シャーリー」
慣れない土地で懸命に働く夫ケビン、せめて体調を整えたいとシャーリーは自分の育った地域では体にいいといわれる料理を作っていたのだ。
一方、ケビンはケビンでその料理が自分に合わないと言えずにいた。
シャーリーが作ってくれる食事を残すことはできなかったのだ。
どうやらお互いを想い、気遣うがゆえ、夫婦はすれ違ってしまっていたようだ。
「……食べましょうか」
「あ、あぁ、そうだね」
貰った金串にそれぞれに好みの具材を刺し、チーズの中に入れる。
掬えばとろりとチーズが絡んで、食欲をそそる香りが漂ってくる。
それは二人に覚えのある香りだ。
口に運んだシャーリーの表情は自然と綻ぶ。ケビンはブロッコリーを選んだようだ。同じように彼の口元も弧を描く。
「この香りって……」
「はい。にんにくを使っています」
シャーリーの問いに答えたのは恵真だ。
「これはチーズフォンデュという料理です。チーズに白葡萄酒、そして風味つけににんにくも使っているんです。お二人が好きな食材を使った料理にしたくて選びました」
チーズと白ワインの風味、そこに食欲をそそるにんにくの香りがあるチーズフォンデュは寒いこの時期に合う料理だ。
ケビンとシャーロット、どちらにも馴染みのある食材を使う料理を恵真は選んだのだ。育った環境が異なれば、好む味もまた違う。
恵真が作ったチーズフォンデュは夫婦のどちらにも親しみがある食材で作られている。食事は生きる上で欠かせないものだ。しかし、同時に日々の楽しみにもなり得るものだ。
恵真の言葉を聞いたケビンとシャーロットは自然に視線を交わし、微笑む。
「私達、少し会話が足りなかったのかもしれないわね」
「一緒に暮らし始めたばかりだからこそ、もっとお互いのことを知らないといけないね」
困ったような二人の笑顔は、どこか安心したような柔らかなものだ。
ケビンとシャーリーはお互いに想い合う一方で、会話が足りていなかったのだろう。一緒に暮らせば、日々の過ごし方や考え方の違いは当然出てくる。
それを互いにすり合わせ、二人の答えを見つけていくのが共に生きるということなのだとケビンとシャーリーは気付いたのだ。
「失礼します! 他のお料理も持ってきました!」
「他の料理も美味しいので、ぜひ食べてみてください」
アッシャーとテオが持ってきたのは、豚肉とにんにくのソテーときのこのマリネ、かぼちゃのポタージュだ。
可愛らしい兄弟の微笑みにつられるように、ケビンとシャーリーも笑顔を返す。
「あのね、エマさんのご飯はいつも美味しいんだよ」
「テオ君!? えっと、なんかすみません……」
突然のテオの発言に驚く恵真だが、なおもテオはシャーリー達に話しかける。
「だからね、また来てね!」
「……ありがとう。絶対にまた来るわ。今度は一人でも来ちゃうかも」
「はい。テオの言うとおり、ぜひ来てください。皆、優しいからすぐ仲良くなれると思います」
子どもであるテオとアッシャーだからこそ、かけられる言葉に恵真は目を細める。シャーリーもまた、兄弟の言葉が嬉しかったのだろう。白い歯を見せた。
そんな表情に不慣れな土地で心細かったのであろうと、ケビンは今更ながら反省する。
「僕は本当に大事なことに気付いていなかったんだな……」
しかし、ケビンの言葉にシャーリーは目を瞬かせる。
「あなたと一緒に生きていくと決めたのは私の意志よ」
「シャーリー……」
「あなたもちゃんと私に気持ちを伝えなきゃダメよ!」
「う、うん……!」
びしっとケビンに言い放つシャーリーだが、くすくすと笑いながら優しい眼差しで夫である彼を見つめる。
「家族になるんだもの。相談しあって一緒に乗り越えていかなくっちゃね」
店に入ってきたときとは打って変わって、二人の表情は明るい。
夫婦となった二人の日々はまだ始まったばかりなのだ。
これからもお互いに分かち合い、共に時を重ねていくことだろう。
窓の外で降る雪は先程より強くなった。
まだまだ続く冬の厳しさ、それでも人々はそれに屈することはない。
長い冬を超えた先の春を信じ、人々は懸命に生きていくのだ。
コメント、全部拝見しています。
お雑煮は地域で違いますね。
お餅の形、出汁や具材、ご当地ならではの個性があります。
今年もあとわずか。
皆さん、今年もお世話になりました。
どうぞ良いお年を!
1/3に更新予定です




