227話 女領主ハリントン伯爵
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
マルティアの街にはちらちらと雪が舞い降りる。
うっすら白く降り積もった雪の中、寒さも気にせずにアッシャーとテオはジョージの店で野菜の話に夢中だ。
「じゃあ、これで鮮度がわかるの?」
「おう。色やツヤも大事だが、ヘタでもわかるし、その野菜にもよるな。まぁ、見た目だけで見極めるっていうのがまず基本よ」
「でも、ジョージさんのお店は野菜が多いよね」
冬になり、他の街からも食材が入手しづらくなる時期なのだが、ジョージの店には伝手があるのだろう。季節を考えれば、なかなかに品ぞろえが良いのだ。
テオに言われたジョージは気恥ずかしいのか、話題を変える。
「まぁ、他の店も最近は悪くないぞ。冒険者達も喫茶エニシの店主が開発した蓋つきのフライパンを使っているらしい。燃料は少しでも節約したいもんだからな」
「そうですね。ネンシはフクブクロもあるので、街も賑わいますよね」
毎年、年末は賑わうマルティアの街であったが、年始は閑散としていた。
それを変えたのは恵真が提案したフクブクロだ。
中身のわかるお得なフクブクロを楽しみに、年始も街が賑わうようになったのだ。
「おう。お嬢ちゃんの考えで街が潤っているのはありがたいもんだなぁ」
しみじみと言うジョージの言葉に、アッシャーとテオは顔を見合わせて微笑む。
三人にどこかのんびりとした雰囲気が漂う中、大きなため息が聞こえる――領主代行のエリックだ。
「久しぶりに来たと思ったらなんだ一体……」
「妻がねぇ、知人のご婦人方を招くと言い出したんだよ」
領主代行を務めるエリックの妻であれば、当然社交に力を入れる。
貴婦人同士の社交だと思われがちだが、そこでの情報が貴族の中で広がっていく。
穏やかな会話の中でも情報戦や牽制が繰り広げられるものなのだ。
「まぁ、社交も重要だからな。で、それがなんの問題があるんだよ?」
「冬だろう? 貴婦人達に何を出せばいいか悩んでいるんだよ」
確かに食材が手に入りにくい冬だが、それでもマルティアの重要人物であるエリックならばそこまで困難ではないだろう。
そう思うジョージだが、エリックの浮かない表情には理由がある。
今回はある特別な人物も招く予定なのだ。
その人物の名をエリックから聞いたジョージの眉間にも皺が寄る。
「――そいつは俺だけじゃ、どうにもならねぇな。……他の者の話も聞かなきゃならねぇだろ」
「引き受けてくれるのかい?」
エリックの言葉にジョージの眉間の皺はさらに深くなる。
「あん? なんだそのつもりで来たんだろ?」
なんだかんだ言いつつもジョージは面倒見が良いのだ。
エリックはわかりづらい友人の優しさに表情を和らげる。
「僕はいい友人を持ったもんだね」
「うるせぇ! 用は済んだろ! さっさと帰れ」
「はいはい。ありがとう、ジョージ」
凛とした冷たい空気の中、ジョージの耳は赤くなる。
だが、これは寒さゆえのものではないだろう。
アッシャーとテオは顔を見合わせ、くすくすと笑うのだった。
*****
「冬になるとやっぱり大変なんですね」
「まったく、ジョージも安請け合いしたもんだよ」
「……本当です」
恵真の言葉に同意するアメリアとリリアだが、商業者ギルドのギルド長のレジーナは無言で額を押さえる。
前ギルド長であり、父でもあるジョージのせいで困っているのだろうと、アメリアもリリアも心配そうな表情を浮かべる。
そんな二人に気付いたのだろうレジーナは首を横に振る。
「いえ、ここは商業者ギルドとしても頑張り時よ。領主代行の元で独自のルートを使うのではなく、商業者ギルドを頼って頂けた。マルティアの街を活性化させたいというお考えなのでしょう。問題はこの時期、どんな食材を選ぶかなのよ」
レジーナの言うとおり、エリックは独自のルートを使って食材を用意することも可能なはずだ。しかし、今回は商業者ギルドに食材を一任するという。
それはマルティアの街を知ってもらう機会を最大限利用する目的、同時に商業者ギルドへの信頼と期待の表れでもある。
レジーナとしてはなんとしてでも成果を上げたいところなのだ。
「貴婦人ってどんなお客さんなの? お貴族様なんだよね?」
「そうさね。だけど、問題は今回招かれてるある御方が中でも特別な人だってことだねぇ」
アメリアの言葉にテオはきょとんとした表情を浮かべる。
そんなテオに目を輝かせたリリアがその人物の名を告げる。
レジーナが頭を悩ませる理由こそ、その人物にあるのだ。
「女領主であられるハリントン伯爵です!」
「ハリントン伯爵……ですか?」
恵真やアッシャー、テオは初めて聞くその名だが、リリアもアメリアも知っているようだ。
リリアは頬を赤く染めながら、言葉を続ける。
「はい! すっごく凛々しく美しいと評判なんです! なんでも、夫亡き後に領地を支えるために女領主となられたそうで……」
「赤字だった財政を立て直し、その容姿もあって社交界では人気らしいねぇ。ご婦人方にも大層評判がいいんだよ」
「……なるほど」
リリアやアメリアなど市井の人々にも名が知れているのだ。
貴婦人方にとっても憧れの的なのだろう。
そんな方を招く領主代行エリックの妻も、なかなかの手腕であり、その食材を商業者ギルドに相談するエリックもなかなかに豪胆だ。
だが当然、それを背負うレジーナの責任感も、そして心労も相当なものになる。
「ハリントン伯爵は果実が好きだと伺っているわ。なんとかその手配を終え、出荷してもらっているところなのよ」
「おや、この時期に果実とは大変だっただろう?」
労うアメリアの言葉にレジーナは口元を軽く綻ばせる。
食材の中でも頭を悩ませたのがこの果物という伯爵の好みだ。
冬という不利な季節ではあるが、伝手を頼ってレジーナは果物を用意できることになった。そこが最も気がかりであったのだが、果実を用意できれば他の食材はそこまで頭を悩ませるほどではないだろう。
「冬ですし、そこまでの高級品は用意できそうにないのですが、そもそも伯爵は華美なものは好まないと聞いております」
「あぁ、確かに。赤字だった領地を立て直す経済観念をお持ちだろうからねぇ」
「えぇ、気に入って頂けるかと思うの」
そう言ったレジーナの表情は少し自信が感じられるものだ。
硬い表情でどこか冷たさを感じるレジーナだが、喫茶エニシでは表情が少し柔らかくなる。このあとも準備で多忙だというレジーナを恵真達は見送るのであった。
「――しかし、大丈夫だろうかねぇ」
「レジーナさんのことですか?」
恵真の問いかけにアメリアが頷く。
確かに気負うところはあるのだろうが、レジーナの様子にはやる気も感じられた。商業者ギルド長として頑張り時だという言葉にも、レジーナの実感が込められていたと恵真は思う。
そんな恵真の考えに気付いたのだろう。アメリアは同意するように微笑む。
「あの子が頑張っているのはわかるんだよ。でも、レジーナは商業者ギルドで初の女性ギルド長でねぇ……反感を買うことも多いんだ。そもそも、頑なな表情や素っ気ない言い方で誤解されがちだからねぇ」
アメリアの言うとおり、レジーナは冷静であろうと努めるあまり、言い方が素っ気なくなってしまう。整った顔立ちも相まって、冷たい印象を抱かれてしまうのだ。
アメリアの言葉にアッシャーが小首を傾げる。
「でも、冒険者ギルドには副ギルド長のシャロンさんがいるよ?」
「そうだな。シャロンさんのことを皆、褒めてるよな」
そう、テオとアッシャーの言うとおり、冒険者ギルドには副ギルド長としてシャロンが任に着いている。しかし、そのことに不満が出ているなど、アッシャーもテオも聞いたことがない。
むしろ、街ではシャロンを称える声のほうがよく聞こえるのだ。
「それが冒険者と商人の違いでもあるんだよ。冒険者っていうのは、家柄に関係なく人となりや実力で考えるんだ。そうして、名を上げるもんだからね」
「商人は元々、商家だったりするし、家の大きさで力関係も違うのよ……レジーナさんが前のギルド長の娘だと知られたら、もっと大変だわ」
アメリアとリリアの説明に、アッシャーとテオ、そして恵真も納得した表情に変わる。それならば、アメリア達もレジーナを心配するだろう。
当然、前ギルド長の娘だからギルド長になれたわけではない。
しかし、皆が皆、そう信じてくれるとは限らない。
レジーナは大きな秘密を抱えていることになる。
長として背負うもの以外に、初の女性ギルド長としていらぬやっかみや批難もレジーナは受けているのだ。
これ以上、批判を受ける要因を知らせる気にはならないのだろう。
「――今回の会食が上手くいくといいですね」
恵真の言葉はレジーナが認められることを願うものだ。
その言葉を聞いた皆もまた同じことを願う。
窓の外に降る雪を見ているクロが何かを予感するようにみゃうと鳴いた。
コミックス1巻、そして小説3巻を
出版社様から頂きました。
皆さんにお楽しみ頂けたらと願っています。




