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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と竜の道
21/164

⑤ 竜の道

「ブラックテイル号、主砲……発射!」

 その言葉と同時に、ディンスレイにより引き金を引かれたブラックテイル号の主砲は、その尾より赤い攻性光線を発射する。

 飛空船の装甲など容易く貫く威力のあるそれであるが、ドラゴンにどこまで通用するか分かったものでは無い。

 あちらの身体は、言ってみれば湖の水とその周辺の土地により構成されていると見られるが、物質の集合体というのはもはやそれそのものが頑強な壁となる。

 威力のある攻性光線であったとしても、どこまでも突き進むなどという事は出来ないため、ぶつかり続ければ威力を減衰し、ドラゴンの命に届かなければ、その力は通用しないという結果へ至る。

 通じるか通じないかで言えば、それは賭けであり、さらに言えば分の悪い賭けだと言えた。

 ただし、それがぶつかっていればの話だが。

「か、艦長!? 攻性光線……外れました! いったい何が!?」

 観測士のテリアンが困惑していた。彼の観測機器を使わなくても、誰から見ても、光線は明後日の方へと向かっているのだから、そうもなるだろう。

「外れて当たり前だ。外している!」

 ディンスレイは断言した。そうしてまた、二射目、三射目を放つ。それぞれの光線がやはりドラゴンにぶつからず、空の彼方へと消えていく。

「艦長、いったい何を!? こんなの、相手を挑発しているだけで―――

「それはどうかな?」

 さらについでにもう一射。やはり外れるも、それで良いとディンスレイは考える。

 メインブリッジの雰囲気については、このままだと混乱が増し、ディンスレイに非難が集まるかもしれないが。

「そろそろ、説明をよろしいですかな? 艦長」

 副長からもそんな言葉が飛び出してくるから、仕方なくディンスレイは説明を始める。

「説明はこれが成功してからと思っていたが……何にせよ、やる事はやって後は相手の出方待ちだからな。話をする時間ならあるか……」

「そうであれば、大変に有難いかと」

「考えてもみたまえ。見れば分かると思うが、あれには、正面からぶつかったところで勝てん。絶対だ。そうして、そもそも勝つ必要はあるかな?」

「それは……ふむ。敵対は……まだしていませんでしたな」

 そう。あちらはこちらを観察し、こちらもあちらを観察する。そんな状況であったはずだ。

 向こうの動きにより、こちらに被害が出ているわけであるが、それはただ、向こうが大きすぎるというだけの理由であり、やはりドラゴン側にこちらを害そうという意図があるわけでも無いだろう。

「けど、なら、やっぱり攻性光線を放つのは悪手だったんじゃあ……」

 冷や汗が引いていない様に見えるテリアンに対して、ディンスレイは苦笑しながら続ける。

「ならば敵意無く、こちらを観察する相手に対してするべき行動とは、いったい何だと思うかな。テリアン君」

「そりゃあほら、話をする事ですよ。笑って、こんにちはって」

「だから今、話をしているだろう?」

「今ですか?」

「声で会話出来ない以上、ボディーランゲージという奴だな。一応、それは出来たと思うから……あとはあちら次第だが」

「攻性光線を向けるのが!?」

「向けてないだろう。というかぶつけず、吠えた形になるだろうな。これは」

 赤い攻性光線は、見るからに攻撃的な色と、勢いを持っている。そこが肝だ。その攻撃的な仕草でもって、光線が向かったのはドラゴンの肩の上。丁度、ボートがある場所の、さらに上で空を切らせていたのだ。

「吠えるって、まるで犬猫みたいな……」

「犬猫だ。我々の側がな。力関係がまったくもってそうだ。だからこそ、吠える必要があるわけだ。それは我々にとって大切なものだから、返してくれないと噛むぞ! とな」

「大切な……ああ」

 テリアンも納得してくれたらしい。

 そうだ。ドラゴンの肩に残されたボート。そこに乗っている探索班の救出を、ディンスレイはまだ諦めていなかったのだ。

 が、ドラゴンと戦う理由も無かった。何せ戦ったら負ける相手だ。一か八かも有り得ない。何かが吹っ切れたとしても、戦うなどという選択は失敗するという意味しか無いのである。

 ならば、何をすべきか? 力はあちらが上なのだから、頼み込むのだ。襲わないでくれ。けれどその大切な物を返してくれと。

「威嚇……その表現が近いだろう。我々にとって大事なものを向こうに意識させ、さらにはそちらの行動に寄って、我々は害を受け、敵意を抱き始めているぞと意思表示するためには、攻撃を空振らせる必要がある。それも、ボートを意識させる形で」

「わたくしもそこは理解出来ました……が、その行動によって良い結果に至る可能性はどこまでお有りですかな?」

 副長の問い掛けに、ディンスレイは目を向け、薄く笑った。

「賭けは賭けだ。例えば? あの肩にボートが残っている以上、ドラゴンは他の生物の命を無用に奪わないんじゃないかとか、こちらを観測しているのだから、こちらの意図への興味があるのではないかとか、そういう考えなら幾らでも浮かぶが、どれも断定的な予想とは言い難い。だから私から言える事は……テリアン君。再度聞くが、ボートに乗っているミニセル君はどういう風だった?」

「腕を上げて、上の方を指差してました……」

「つまり、今さっき、私がしたような事を、ミニセル君がまずやれと言っているわけさ。あそこに向かって、攻性光線を放ってみろ……とな」

「ボディーランゲージでしょう?」

「そう、ミニセル君がしたのも、私がしたのもそれだ。悪いがそれだけで、賭けに乗らせて貰った。後は結果を……待つのみだろうなぁ」

 暢気に呟くディンスレイ。実際、もう待つしか無い以上、焦りながら考えを巡らせる必要は無かった。

 さらに言えば、艦に複雑な動きをさせる必要すら無くなっている。

 何時の間にか、ドラゴンの動きに寄る空気の波が、穏やかになっていたから。

「身体の放電も無くなって来ている。これは……賭けに勝ったか?」

「ほ、本当にこっちの考えが通じ……艦長!?」

「分かっている! だが今さら急に艦を別方向へ動かす事も―――

 何が起こったか? それを表現するのは難しい。ドラゴンの全身。そう、これまでドラゴンらしい姿になりつつあったドラゴンの、そのすべてから、何かが伸びて来たのである。

「なるほど。ドラゴンとは……実際、想像を絶する生き物なのかもしれませんなぁ」

 まるでそれを最後の言葉とする様に呟く副長。

 そんな言葉を吐き出したくなるのも分かってしまう。ブラックテイル号に向かい、幾つもの触手……いや、そういう形の空間の歪みとしか表現出来ない何かがドラゴンの身体から幾本も出現し、伸び、今やブラックテイル号の周囲へと広がって行く。

 その密度と数たるや、もはやブラックテイル号に逃げ出す隙間など無い様に見えた。

「さて……だとして、これからどうするべきか」

 最後の瞬間まで諦めない。それくらいの覚悟はしていたディンスレイであるが、だからと言って打開出来る手段が何時もあるわけでは無かった。

 そのままブラックテイル号は、抵抗する事すら適わず、ドラゴンが発生させた歪みに飲み込まれて行ったのである。




「話としてここで終われば、ブラックテイル号の冒険もここで終わりとなるのだろうが、艦長日誌にはその様に書くべきだと思うかな?」

 地肌が剥き出しになった土地。やや湿って、泥になっているそんな場所を、ディンスレイは歩いていた。呟きもした。

 呟きの向かう先は、隣で同じ様に歩いている女性、ミニセル・マニアルである。

「どうせ次のページがあるんだから、まだ続きがあるなって誰だって気が付くわよ。読み手をびっくりさせるために書いてみるのも良いんじゃないかしら?」

 軽口を叩く彼女は、見るからに五体満足だ。今回で二度目の探索中に遭難した女の姿とは思えない。

 いや、今回に限って言えば、彼女が悪いせいでは無いのだが。

「そちらの日誌も、驚天動地な内容が書かれる事だろうな? 確か……ドラゴンに本当に呑み込まれたのだったか?」

「湖に、よ。おかしいのよね。ボートが湖の中心に引き込まれて、そこから盛り上がって来た水に呑まれたと思うのよ、あたし達。けど、気が付いたらドラゴンの肩に乗ってたの。どう思う?」

「ブラックテイル号の方で起こった事を考えれば、やはり、ドラゴンなりの優しさだったのだと私は思うよ。少なくとも、あの驚異的な生物と出会った上で、巻き込まれた現象の割に、私達は誰しもが無事だった。艦だってダメージすら無い」

 ドラゴンの身体から伸びた何かに包まれたブラックテイル号は、その何かに動きを拘束され、ゆっくり、地面に降ろされたのである。

 まるで丁重に、か細く脆弱な生き物を扱うかの様に、ドラゴンはブラックテイル号を落ち着かせ、安全な場所に置いた。そんな動きだったと思う。

 同じ様に、ドラゴンの肩に乗っていたボートと探索班もブラックテイル号の隣に置かれた。

「安心しろ。敵ではない。これが大切なものならば返すよ。あのドラゴンからはそんな意図を感じたよ、私は。君はどうだ? 既にドラゴンの肩に居た時点から、君はあれに敵意なんてなく、むしろ友好的な接触が出来ると考えていたのでは無いかね?」

「あたしだって勘に近いわよ。そっちにも頭痛を覚えた船員が居たでしょう? こっちはより近かったから知らないけど、さらにドラゴンの声……テレパシー? みたいなものを聞いた船員が居たわ。肩に乗った時が一番クリアに聞こえたそうだけど……向こうは話をしたがっていたみたい。あたし達が何者か。それを知りたがっていた」

「つまりだ、やはり我々は、観察される側だったと言うわけだ」

 湖へとやってきた時から、もしかしたらずっとそうだったのだろうか。

 今にして思う。やはり湖を含むこの周辺の環境そのものがドラゴンそのものだったのだと。

 ディンスレイ達はいわば、ブラックテイル号でドラゴンの身体の上に降り立った事になるのだ。

「随分とお優しい観察者だった……って事よね。なんだったらあたし達より上等かも」

「かもしれんな。絶対的な強者というのは、得てして他者に優しくなるのかもしれん。いや、湖の水が透き通っていたのは、ドラゴンが何もかも捕食していたから……という可能性があるにはあるが……」

 そこは無用に船員を泳がせなくて良かったと思う事にする。

 何にせよ、今、ディンスレイ達は無事だ。五体満足で、次の探索を始められている。その点を前向きに考える事こそ、未踏領域の旅というものだろう。

「肝心の湖は無くなっちゃったけどね」

「それは仕方ない。湖はドラゴンだったのだから、彼が去れば、残るのは何も残らない大地のみだ」

 湖があった箇所。さらにその周辺の大地が抉れて、すべての地面が剥き出しになっている。

 それが今、ディンスレイ達が見て、歩いている場所の光景だった。

 ドラゴンが大地に擬態していたのか、それともドラゴンが大地そのものだったのかは分からない。

 今やドラゴンは空の彼方に去ったのだ。羽を広げ、あの巨体を浮かばせ、どこかへと向かう姿を、この何も無くなった大地からディンスレイは見上げたのである。

 あの日、ずっと以前、空に浮かぶドラゴンの羽を見た時の様に。

「存外、あれだって本当にドラゴンだったのかもしれないな」

「あーら? その言い方だと、実は信じていなかった事になるわよ?」

「そう言うな。子どもの頃の思い出など、夢を思い出す様なものだろう? それに……今は信じられる。重要なのはそこだよ」

「あと、実際にそこに浪漫が残ってるなら、それもまた良し。違う?」

「違わない。まったくもってその通りだとも」

 ディンスレイは足を止めた。いい加減、足を泥だらけにするのも疲れて来た頃だが、別に疲れから止めたわけでも無い。

 ミニセルの言う通り、ドラゴンが去った事で、周辺のあらゆるものが無くなった大地においても、残ったものがそこにあったからだ。

 眼前には、街があった。湖の底に沈み、湖の水がすべて無くなった後もまだ残る、浪漫の塊。

「水が抜けた結果、ここに出入りし易くなった。湖どころか何も無くなったので、ブラックテイル号も近くに着陸させられる。これはなかなか、良いものを残してくれたと思わないかな?」

「ドラゴンの方は、そういう浪漫があるかどうか、分かったものじゃあないけどね」

 やれやれと、ミニセルからすら呆れられるディンスレイ。

 命の危険があったからと、この歩みを止められるか? そんな話はもう何回もしている記憶があるが、今回もまた進ませて貰おう。泥だらけで、疲れた足だって、止められるものでは無いのだから。




「ええっと……うーんと。どうなんですかねー?」

 夜がやってきて、暗くなった街の跡。

 湖だって貫いて立っていたその建築物群は、今や地面から上を見つめる事が出来る様になっていた。

 ひたすらに高く、ひたすらに天を目指したのでは無いかと思わせてくる、そういう建築物を、夜になっても見つめている者達がいる。

 一人は少女だ。ララリート・イシイ。スペシャルトーカーと呼ばれる才能を持ち、絶賛船員見習いとしても働く彼女であるが、今は彼女にしか出来ない仕事を続けていた。

 そろそろ彼女は寝る時間だというのに、こうやって夜中に仕事をさせているのにも、やはり理由がある。

 その理由を知る人物、ブラックテイル号艦長のディンスレイは、ララリートの隣に立って、彼女に尋ねる。

「街の境界付近に書かれていたいたずらみたいな文字だ。別に意味まで把握してくれなくて良い。印象の方を聞きたいのだよ」

 幾ら街が近くにあったとしても、今は夜。さすがに街の中に入り込む事はしていない。

 まさに寝静まる時間帯。そんな時間の前の、ちょっとした一仕事程度の事をディンスレイはララリートに頼んでいた。

 水は無くなったと言えども元は湖。夜が深まれば冷えて来るだろう。そうなってくる前にララリートが何も結論を出せなければ、やはり艦へと帰させるつもりだった。

「意味より印象を聞かれる方が、とっても難しいんですねっ。わたし、今、実感しています」

「印象を言語として変換するという部分の才能が秀でた者をスペシャルトーカーと言う。つまり、そこからさらに言語を印象に再び変換してくれと頼んでいるわけだから、私の頼みも難しいとなるわけだな」

「ええっとぉ?」

「すまない。少し難しい言い回しだったらしい。だが、これよりは簡単に説明するから、もう少し難しい話に付き合ってくれないかな?」

「む、むしろどんとこーいですっ」

 ララリートは、期待される事に前向きであるらしかった。これくらいの年齢ならば、周囲から必要とされる事を嬉しく感じるのかもしれないなと考えながら、ディンスレイも彼女に期待してみる事にした。

「まず、文字を見たまえ。君の事だから、こういう壁の落書きや文字などをざっと見るだけでも、なんとなく、そこの意味が分かってくるはずだ」

「は、はい。実際そうです」

「何故それが分かるか? 普通文字を覚えるというのは、言葉の一字一字を書き、読み方を習い、意味を教えて貰う事で漸く分かるものだろう?」

「そういえば、その通りです。けどけど、わたし、分かりますよ?」

「そう。ある種の不思議だな。その不思議の種は、実は我々皆にあるんだ」

「艦長さんや、他の船員さん達に?」

「それだけでは無い。少なくともシルフェニア国民であれば大半がそれを持つそうだ。その力をテレパシーと呼ぶ」

「テレパシー……」

「ララリート君は何時も物を頭の中で考えているだろう?」

「はい、勿論ですっ」

「私もそうだ。考えて、それを言葉にするわけだが、言葉というのは、空気の揺れみたいなものだ。喉を揺らし、空気を揺らし、そうして音にしているわけだろう?」

「それは……あーいー……分かります!」

「うむ。偉いぞ。つまり、頭で考えている時だって、何がしかの動きがあるとも言える。我々は言葉を耳で聞くのと同じに、何かで相手の頭の中の動きを読んでいる。いや、それだけでは無く、こういう文字にも残留する何かを読み取って、言葉を憶えているそうだ。でなければ説明出来ない事象が多いという事でもあるな」

 このあまりにも広い世界において、人の言葉というのは少し集団が離れただけでも、容易く変容してしまう。

 そんな世界の中で進化してきたシルフェニアの人間は、例え言葉が変わっても、頭の中の思考はそう変わらないという点から、テレパシー能力を獲得した……という学説がある。

 まだ学会では結論が出ていないらしいが、今はそれに賭ける事にした。

「テレパシー……その話によると、わたしにもあるんですか? テレパシー」

「ああ、勿論ある。感覚としては、そのテレパシーとスペシャルトーカーとしての能力を合わせる……みたいな事は出来ないだろうか? 勿論、意識した事なんて無いだろうが、文字の信念みたいなものを読み取ろうとしつつ、その信念を解釈する。うん。そんな感じで」

「む、むむむむむ」

 ディンスレイの方はスペシャルトーカーとしての才能が無いせいで、上手く伝えられているか分からない。

 実際、ララリートは悩んでいる様子だ。これ以上時間を掛ければ、知恵熱でも出てしまいかねない様子。

「よし、今日はこれで終了だ。ララリート君。君は朝までぐっすり寝てくれないか。頭の中の印象について、時間を置いてリセットするというのも大事だろう。実はそのために、とりあえず今日の夜にこれを一回見て貰おうと―――

「古い?」

「うん?」

「えっと。なんでしょう。なんだかこう、頭の中をぐるぐるして、言葉が上手く浮かんで来ないんですけど、これ、古いって印象を受けましたっ」

「それは……確かにここの建築物が建てられたのは、もっと以前の事だと思うが……」

 ディンスレイの呟きに、ララリートの方は勢い良く首を横に振った。

「古いのは文字なんです。あのあの、刻み込まれ方が古いとかじゃないですよ? もっとその……文字がとても……あの、分かります? 文字が古い」

「それはもしや……古語という事か?」

「こご?」

「ああ。我々が話してしている言葉があるだろう? けれど、我々よりも歳が上。それこそご老人の話す言葉は、ちょっと我々と違う。それは分かるかな?」

「そうですねぇ。おじいさんって感じしますっ」

「だが、それはおじいさんになったからおじいさんな言葉を使っているわけではない。そのおじいさんにとっては、その言葉が普通なのだ。そうして、そのおじいさんもまた、自分にとってのおじいさんの言葉を、おじいさんな言葉と感じていた」

「あっ! 分かって来ました! だからずっと前だと、言葉って変わっちゃうって事ですか?」

「その通り。やはり言語関係の理解は早いみたいだな。つまり……普通に会話出来ないくらいに世代で言葉が変わったもの。それも遥か過去の言語を古語と表現するわけだが……」

 じっと、ディンスレイは刻まれた文字を見つめる。その文字について、ララリートの答えは予想した通りの物だった。

「そうです。これって古語なんですっ。あー、なんだかとってすっきりしましたっ。そうなんですよね、とても古いんですっ」

「それは……何に対して古いと……?」

「? えっと、ほら、前に見た、あれ。なんて言うんでしたっけ? あの、壁みたいな山で襲われたんですよね? わたし見ましたよ。空を飛んでる丸い箱みたいなー」

「空飛ぶ……部屋か」

「そう。あれの紋様より、さらに古いなって印象をこれから受けましたっ」

 あっさり言う彼女に、ディンスレイは言ってやりたい衝動を抑えた。

 君はすごい事をさらっと言っているのだぞと。

 だが、彼女にはまだその凄さというのは理解出来まい。あの空飛ぶ部屋と、ここにある文字に繋がりがあり、さらにここの方が古いというその意味を。

(この街の廃墟はとても発展したものだ。だが、理解出来ないという程では無い。シルフェニアだって、この規模の街を作れるかと言えば、労力や資源を考えなければであるが、作れはするだろう。そうか。彼らの旅は、もしかしたら、ここから始まったのかもしれない)

 どの様な理由があって、街を捨てたのかは分からない。未曾有の災害か、それともあのドラゴンが、ディンスレイ達と違って街と敵対したのか。

 それはまだ、何も分からないままだ。だが、その次があった。その次へと、この街を作った者達は故郷を捨てて旅を始めたのだろう。

 そうして旅のどこかであの浮かぶ部屋も作った。ワープなどという大層な技術まで手に入れる。

 そんな事を仕出かせる種族を、ディンスレイは一つだけ知っていた。

「ここは……古い……エラヴの街だったか」

「ええ!? そうなんですかっ!?」

「かもしれん。そういう話さ。だが、そう思うとわくわくして来るだろう?」

 難しい話の分からないララリートに対しては、こういう夢のある言葉の方が分かりやすいだろう。

 まだぼんやりとしているララリートに対して、彼女もそろそろ寝る時間だなと思いながら、ディンスレイは少しでもララリートに自分の思いを伝えたくて、ただ笑い、彼女の背中をブラックテイル号へと軽く押した。

「それにしても……ドラゴンさんって、やっぱり居たんですねっ。わたし、見たって言いましたよね?」

「ああ、そうだったな。この街はドラゴンが教えてくれた、進むべき道の、最初の地点かもしれんな」

 夜が深まっていく。しかし今日はそれに恐怖を覚えない。

 朝になり、明日がやってくればそれは、今以上の冒険の始まりの日になるだろうから。

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