④ 湖の変化
「観測士、無理を言うが、あれ変化は勿論として、湖の方への観測も並行で続けてくれないか」
「了解しました。探索班の収容。まだ諦めないって事ですね」
メインブリッジにて、こちらの意図を汲んでくれた観測士テリアン。
彼に対してディンスレイは頷きながら、艦長たる我が身はまっすぐにメインブリッジの窓、高度を上げたその景色を見つめていた。
現在、ブラックテイル号はその機能を発揮して空を飛んでいる。
未だ湖へ調査に出た探索班は帰らないまま、それでも待てずにこの様な状況になったのは、湖の変化がさらに一つ進んだからだ。
いや、二歩と言うべきかもしれない。
「探索班の方々がまだ、湖に居るとしたら、あの、水が集まった場所の一部になっていると思われますが」
隣の副長席に座る副長が残酷な事を言っている。
それこそ変化の一歩目。ある一点に水が渦巻いている状況から、湖はその集まった水が何かの形を作ろうとしていたのだ。
その輪郭はまだあやふやとしたものだが、それでも水の盛り上がりとだけでは表現しえぬ、何かを形作ろうとしているのだ。
山の様に盛り上がったと思えば、一部はくびれ、一部は膨張し、確実に何らかの水のオブジェが出来上がりつつある。
(オブジェ……そもそもその表現は正しいかな? あくまでそれが、例えば動いたり何か次の現象を発生させなければそう言えるが……あれは何だ? 今の時点ですら、何かの……生物の様に思える)
だが、湖の規模を考えれば、それが生物だとすれば酷く巨大だ。以前、ブラックテイル号程の大きさの浮き虫に遭遇した事があったが、その手の生物ですら、今、出来上がろうとしている何かに対しては小さいと表現出来るだろう。
まずはそれが変化の一歩目。一歩という表現が、あまりにも過小になる劇的な変化。
だがそれでもそれはやはり一歩に過ぎないのだ。
「大地の方はどうなっている。やはり……崩れて行っているのか?」
観測士に恐る恐る尋ねる。何か楽観できる答えが返って来て欲しかったが、現状、聞こえて来るのは厳しい現実だった。
「はい。緊急で離陸していて正解でしたよ。ブラックテイル号が着陸していた場所も、崖崩れみたいに流れて行ってます」
探索班がまだ帰って来ていないというのに、ブラックテイル号が離陸したのはこれが理由だった。
変化は湖だけに収まっていないのである。湖の渦巻きは、今なお力強くなり、その勢いが一定を超えた段階で、湖を超えて周辺の大地もまた、同じ動きをし始めたのだ。
それは水だけの時よりなお力強い。大地が渦巻くなどという驚異的な光景は、さすがのディンスレイも畏怖を抱いてしまう。
大地すらも飲み込んで、湖の中心に生まれつつある何かは、ここからさらに何に至るというのか。
「湖……いや、地上にいる探索班はもはや絶望的と言えるかもしれん。が、それでも、ここに留置出来る限り、私は待つぞ。湖の中心に何が出来るかも、観測せねばならんしな」
「それそのものが、賭けかもしれませんぞ、艦長」
今回の副長は、ディンスレイを抑える役に回ったらしい。それくらい、今のディンスレイは妙な焦りや興奮の中にあるのだろう。
(探索班の心配に、この世界そのものの変化に対する興奮。複雑な感情になるのも仕方ないだろう? だが、実際、ここからどうするのが正解だ?)
重要なのはそこだ。
何を選ぶべきか。正解を選べなくても、正解だと思える選択肢をまず見つけなければ。
「あの水の……今はとりあえずオブジェだな。水のオブジェにもう少し接近出来んか」
「艦長!?」
さすがに副長も叫ぶくらいの選択だったらしい。
「副長。良く考えてみろ。この状況で尻尾を巻いて逃げ出せるか? というより、それで状況が悪くなる可能性もまたあるだろう?」
「逃げるという行為自体も危険だというのはまだ分からなくもありませんが、より危険に近づくのはまだマシなどと言える状況ですかな?」
「あの水のオブジェをさらに良く知ろうと行動するのは、マシな類の行動だと思えるが」
「そうは思えませんな。毎度、言いくるめられる事が多いですが、今回ばかりはそうではない。あれに近寄るために必要不可欠な、ミニセル殿がここには居ませんから」
「なるほど。そう来たか」
確かに、水のオブジェが今後どういう変化をするか分からない状況。その未来が不確かな事態に対して、上手く艦の動きを制御してくれるのが彼女だった。
その彼女が居ない以上、咄嗟の動きで危険を回避する事が出来ない。それが今のブラックテイル号だと言えるだろう。
「だとしたら、このまま事態を静観すべきだとするのが副長の判断で良いのかな?」
「わたくしの判断は、尻尾を巻いて逃げ出すべき……ですな。今回ばかりは」
「悪いがそれだけは選べん。実は色々理由を並べ立てているが、逃げ出すだけは無いのが前提で考えている」
「まったく……艦長がそうおっしゃるのでしたら」
こういう場合の意地に関しては、副長は何も言って来ないのがどこか不思議だ。こちらの感情や思考すべてを読めるわけでも無いのだろうが……。
「逃げる選択肢が無い以上、近づいて観察する方が、やはりまだ先を選べる。そういうものだろう? メインブリッジの諸君も申し訳ないが、私に付き合って貰う。契約書を書いて貰った時にも、似た様な事を言ったか?」
「艦長が無茶する人なのは分かっていますけど、こっちはこっちで大変って事は分かってくださいね!」
観測士テリアンの軽口であったが、それはこちらが発した難題に対する答えであったので、気安いというよりは、彼なりの決意の言葉なのだと受け取る。
(私は良い部下を持っている。ならば言う程、無茶はしないさ。彼らの命だって背負っているのが私だ)
ただ待つだけではいけないと考えているのも事実だった。次の自分自身の決断を引き出すには、さらに今の現象を探らなければならない。
「無茶を言う側としては申し訳ないが、無茶だけはするなよ? 相手の動きを観察しろ。危ないと思ったら……いや、これはもう既にそうなっているか?」
ディンスレイは各員に指示を出しながら、少しずつブラックテイル号を水のオブジェへと近付けていく。
水のオブジェの周囲を周り、少しずつその円を狭めていく軌道。
(あれもまた、円を描く様に周囲が渦巻き、そうしてあのオブジェを作り出している。この動きは自然現象か? いいや、違うな。不自然に過ぎる。自然そのもののダイナミックさというよりは、何らかの意図や意思を感じる)
今、ディンスレイが最優先ですべきなのは、観測したものを考察していく事だ。事態の打開というのはそれで出来る。巻き込まれただけなら被害者でしかないが、巻き込まれた状況を観察し、把握出来れば、それは専門家だ。
(実利と夢を兼ねている……などとこの状況で考えるのは不謹慎に過ぎるのだろうが……)
この光景を見ろ。こんな光景が存在するのが未踏領域だ。人智を超える劇的で異質なその変化を、今、自分は見て、そこに注釈を加えようとしている。自分の知識で解明しようとしている。
それがこの状況で、命を助ける方法であり、自らの心を湧き立たせる方法でもあった。
だから脳内が活性化する。沸騰する様に、弾ける様に思考が凄まじい速度で掻き混ざって、何かの形を成そうとしていた。
まるで今、目に映っている水のオブジェの如く。いいや違う。
「あれは生物だ」
「は?」
副長のその声は、ディンスレイにとっても同感だった。
自分は何を言った? また突拍子も無く、おかしな結論に辿り着いたのか? だが、その手の結論が外れる事はあったか?
「あれは……単なる自然現象じゃなく、意思を持った生物だ。そうだ。精霊を思い出せ。火や水の精霊は、火や水の性質を持ちながら、やはり精霊は生物だろう」
困惑する副長に説明するのではなく、まずは自分自身を納得するための言葉。
「艦長。いったい何を言いたいのですか?」
「力だよ副長。今、目の前にあるのは指向性を持ったエネルギーだ。我々が息を吸う様に、歩く時に周囲の空気を動かしながら足を前に出す様に、寝起きに伸びをする様に、生物が動く時に起きる現象だ。我々はそれを見ている」
「そんな……こんな規模の……?」
「こんな規模だからだ! 我々の動きを、遥かに小さい生物が見つめてみろ。ただ瞬きをするだけで、それは月が瞬時に隠れ、現れるという様な現象に見える。意味は不明だが、確実に何らかの方向性がある、そういう現象だ」
今、この湖にはそれが起こっている。あまりにも巨大な生物が何かを引き起こそうとして、結果的に湖が渦巻き……いや……。
「そうか。湖が。湖周辺の土地ですら、それが生物だとしたら?」
寝ていたから起きた。それだけの現象が目の前のそれだったとしたら。
水のオブジェはつまり、寝転がっている状態から立ち上がった程度の事だとしたら。
「総員! 対衝撃準備! 船体フィールドも展開だ!」
「もうやっています!」
船内すべてに通信を繋げて発した言葉に、メインブリッジのメンバーからの返答がくる。猶予はあった。その対衝撃準備をするくらいの時間なら数分、あったのだ。
だが、次の瞬間に来た、予想通りとも言える衝撃は想定外極まるものだった。
「ぐぅっ!」
水のオブジェ。いや、もはや湖の魔物と呼ぶべきそれは何をしたか? 表現するなら、単純なものだった。
起きた後に、羽ばたいたのだ。
空気が揺れるとはまさにこの事か。ミニセルの操舵であればこの揺れも、上手く乗れたのだろう。空の変化に逆らうのでは無く、上手く同調出来るのが彼女の腕だ。
現状、ブラックテイル号の操舵役は艦長であるディンスレイが担っている。艦長席に収納されている操舵用の桿を取り出し、それで襲い来る空気の波に対応し……勢いを流し切れずに艦が大きく揺れた。
(ここで墜落していれば、さすがに副長に面目が立たんな!)
ミニセルの腕が百点なら、自分せいぜい八十点……くらいの腕は少なくとも見せなければならない。その八十点で、艦も守らなければならない。
(ミニセル君の操縦の……確か穴を抜ける様な操舵とか当人が表現していたか。その表現自体は良く分からなかったが、恐らく、こういう事だろう?)
ディンスレイは感性では無く理屈で兎に角操舵する。今の状況は本当に空気が揺れている。その揺れに逆らえば艦に伝わる衝撃は強くなるから、むしろ揺れに合わせて上下させるのだ。
いや、合わせるのでは無く、先読みだ。艦に伝わる振動を経験値にし、目には映らないはずのその動きを脳内で仮想的に視覚化する。
そうして漸く、感覚的に見える空気の波に乗るのである。
結果として、艦は上下しているのに、むしろ艦の揺れは最小限になる。そんな操舵方法。
(針の穴を通す様に。だが、その穴さえ通せば、まるでそれが自然かの様に艦が動く。確かに、穴を抜けると表現出来なくも無いかな? これは)
艦が安定する。伝わった激しい空気の揺れに対して、墜落という結果だけは避ける事が出来た。
「このまま、何も起こらなければ乗り切れる……が」
「もう一度、あれが羽を広げないとも限りますまい?」
副長の言う通りだった。
何故、空気が揺れたのか。それは勿論、巨大な湖の魔物が羽を広げたからに他ならない。
もはや湖の水のすべてが形を成したとも言えるそれは、雲を貫かんばかりの大きさとなり、その大きさのまま、さらに羽を広げたのである。
水の身体から伸びる様な姿だったが、その動作は鳥の羽ばたきに近かった。いや、もっと正しい表現があるか?
「あの輪郭、まるでワイバーンの羽だな。分厚く、鋭く、逞しく、そうでいて機能的な」
その羽から上側もまた、生物の上半身の様に見え始めていた。
首が伸び、その先に目も口も無いが、顔の輪郭の様な物もあった。
人間のそれでは無い。犬猫とも違う。あれは爬虫類か? ますますワイバーンを思わせるが、それからも少し違っている気がした。
あれは何だ。何と言うべきか。あれは……。
「ドラゴン……」
操舵士のテリアンの言葉が、小さく、しかしメインブリッジに響く。
「ああそうだ。あれはまるで……幻想の中のドラゴンじゃないか」
ディンスレイはテリアンの言葉を、考える暇無く肯定してしまう。
羽を広げ、この無限の世界の支配者と言わんばかりにその巨体を世界そのものである大地に突き立てている。そんな姿。
水のオブジェ、湖の魔物。そんな風に表現していたそれは、いまは確かにその輪郭を、物語の中だけで語られるはずのドラゴンへと変容させていく。
「あれに……さらに手足と尾が生えれば、確かにドラゴンと言えなくはありませんが」
「生えないと思うか、副長」
「それだけに収まらない可能性すらありますな」
既に上半身の輪郭は、空想の中にあったドラゴンに近いものなのだ。いわゆる爬虫類に近いそれとはまた違うが、操舵士のテリアンがまず呟いた様に、万民があれを見てドラゴンを想像する。
(いや、もしかしたら違うのかもしれない。想像が現実になったのでは無く、現実が想像になっていたとしたら? 語り継がれる物語が、ある一つの現実を元にしたものだったとしたら……)
この光景を見た、遥か昔の誰かが、これを語り継ぐ。世代を経て、それはドラゴンと呼ばれる様になった。
そんな風にも……。
「いや、考察も楽しいが、そんな場合でも無かったか」
羽を広げたそれ、ドラゴンと呼んでしまうが、やはりさらなる変化を続けている。
副長が言う通り、手足らしきものも見え始めていた。
あちらはただ、そういう生物としての動きをしているだけかもしれないが、その動き一つ一つが空気を揺らしてくる。ブラックテイル号のバランスを崩して来る。
「さすがの艦長も、辛くなって来ていますかな?」
「羽を広げた時程では無いが、それでも精神が擦り減るな。この操舵をしながら考え事と言うのは」
「ついでに、指揮も取っていただければ有難いかと」
「ああするとも。それを選んだのは私だからな」
副長は無茶をするなとはもう言って来ないだろう。無茶をしろ。生き残るならそれが必要だと言ってくる。
彼のその手の言葉を引き出したのは、他ならぬディンスレイの側だった。
「一つ、厄介な事がある。恐らく厄介だ。今のところ、大きな危険は襲って来ないが、危機感を抱いた方が良い事が一つだ」
「それはいったい?」
「あれの顔。まだ目は無いが、こちらを見ていないか?」
というか、羽の方向からして、ドラゴンは本来ブラックテイル号正面から横を向いているはずが、首もとから顔を回し、その顔がブラックテイル号の正面を向いていた。
ドラゴンが普通の生物と同じ仕草をするとしたら、明らかにこちらに興味を持っている仕草をしている。
「ドラゴンらしく……ひ、火でも吹いてきたりするんでしょうか」
そのドラゴンをじっくりと観測しなければならないテリアンが恐怖の言葉を発する。仕事に集中してくれと注意は止めて置こう。彼だっていっぱいいっぱいだろうから。
それに、他に返す言葉もあった。
「敵意は無い……と思う。というより、あの巨体とその動きを見れば、敵として判断されていた場合、既に我々はどうにかなっているだろうさ」
ドラゴンの攻撃方法がどういう類のものかは分からないが、ブラックテイル号ですらあちらに比べれば小鳥のそれだ。この場から排除しようと考えれば、どうとでも出来てしまえる。
「ならば……ドラゴンは我々を見て、何をするつもりだと艦長は考えますかな?」
「思い付くのは、もしかしたら我々と同じかもしれないという事だな、副長」
「我々と……つまり、観測ですな?」
「あちらもこちらを見て、測っている。こいつらは何者だ。敵か? 味方か? だとまで見られていればむしろ幸運だな。せいぜいコバエか? 蝶々か? 程度の扱いだろうが……」
あちら側に、意思の様なものがある。それは分かった。なんだったら知性まであるかもしれない。重要なのはそれがどれ程で、話が通じる類のものかどうか。
「か、艦長! あれ!」
思考の途中、観測士のテリアンがまた叫び、その声が思考を途切れさせて来た。
「なんだテリアン君。あれが異様で、報告すべき事が多数である事は理解出来るが、幾らか情報を整理した方が、喉に優しいと思うが……」
「冗談言ってる場合じゃないですよ艦長! 優先ですっ。これは最優先な情報です! あのドラゴンの右肩……肉眼でだって気付きませんか!?」
言われてそこを中止する。あの巨大なドラゴン。湖の水と、周辺の土地から構成されているか、少し緑がかった青色になりつつあるその身体の……確かに右肩に見えるその部分に、蠅が止まっているのが見えた。
「蠅ではないか? あれは……」
「蠅はあんなに大きく無いですよ! 縮尺を考えてください。あれは、ボートです! 我々の!」
「っ! 人は!?」
「五人! 確かにボートに乗っていて、こっちを見ています!」
つまりは湖がドラゴンに変じるなかで飲み込まれていたかもしれない探索班が、実は無事のままそこに居るという事だ。
いったいどういう奇跡があってそうなる?
「これは……幸運に感謝すべきか? 難題が一つ増えたと言うべきか?」
「あの肩にいらっしゃる……探索班の方々が無事だとして、どうやって救出出来るのか。確かに難題ですな」
「端的に言ってくれるな副長。考え込む時間が短くなってしまう」
「しかし事実、方法が無い。違いますかな?」
違わない。彼らが崖っぷちで落ちそうになっているならまだ良い。だが、巨大な生物の肩に乗っている状況で、どうやってブラックテイル号で救い出せる?
このブラックテイル号のハッチのどこかを開き、それをドラゴンの肩まで接近させ、彼らを拾い上げるか?
そんな細緻な操舵がディンスレイに出来るか? 出来たとして、ドラゴンの方がブラックテイル号の過剰な接近を許すだろうか? 許す許さない以前に、あちらは必ず、何某かの反応はするはずだ。
だって今なお、こちらを見ているのだから。
「ドラゴンの変化、さらに続きます。これ、もう本当にどうすれば……」
テリアンの言葉は絶望に染まっている様に聞こえた。メインブリッジの窓から見えるドラゴンの姿は、やはり肩や股にあたる輪郭出来上がって来ていた。
だが、その手の変化ですら今はマシと言えるかもしれない。
雷が鳴る。天候が荒れ始めたか? いや、そもそもこのドラゴンそのものが悪天候の類だった。
ドラゴンは微動だにせずでは無く、微妙に動いている。その動きに合わせて空気が混ぜられ、ドラゴンの長大な身体を構成する物質とも反応し、帯電し始めたのである。
ドラゴンの周囲は雷を発し始め、ブラックテイル号の近くでだって雷が届く。だが、それすらもまだマシだ。
「この雷、少しでもボートを掠めれば……」
その時点で、ドラゴンの肩にいる探索班達はボートごと黒焦げとなるだろう。救出も何もそこで終わりだ。さっさとブラックテイル号を撤退させていた方がまだマシなんて事態にもなってしまう。
ならばどうするか?
「ここまで来た以上、覚悟を決めますかな?」
副長は決意を口にしてくる。
あれと、ドラゴンと、一戦交えろと言うのか。この儚い飛空船一隻で?
「艦長。そういう事でしたら俺も……やってやります。は、はい!」
怯えている様だが、テリアンの気概も伝わって来た。他のメインブリッジのメンバーだって、挑む事を恐れていない。
「テリアン君。ボートの方の探索班は今、どうなっている?」
「無事です。まだ生きてます。それと……何でしょう。ミニセル操舵士が、腕を一本上げています。なんだ? 指差してる? 天上を?」
「……」
こちらに何かを伝えようとしている。恐らくそうだろう。それはいったい何か。
ディンスレイは頭の中にある材料を整理してくる。これまで何が起きたか。今、どういう状況か。これからどうするべきか。
何もかも足りない。未来を予想するには何もかもが足りなかった。
だが、そんなのは当たり前だ。選択とはどこまで行っても賭けだ。ディンスレイが選ぶのは、何時だって正解の分からない、それでもディンスレイが決定しなければならない事柄ばかり。
それに勝利する事こそ、艦長の役目。
「メインブリッジ。艦の主砲の操作権限。何時も通り貰うぞ」
「了解、艦長!」
既に操舵している状況で、さらに主砲の操作まで行うというのは、ディンスレイにとってもタスクが多すぎる状況だろう。
だが、もはややるべき事を決めた以上、思考は大して動かさなくて済む。動かすのは、主砲の引き金を引く指だけ。
ディンスレイはその指を折り、ブラックテイル号はその黒い尾から、赤い光線をドラゴンへと向けた。




