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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と至る道
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① 危険は承知ではまだ軽い

 その日の会議室では、沈黙が続いていた。

 ハルエラヴの偵察任務へとブラックテイルⅡが出発してから、順調な状況。直近での任務においても、得るものはあった、そんな只中。

 本来であれば、今日もまた、大過無く空を進めている事を喜び合う状況で、ブラックテイルⅡは空を飛ばないどころか、一旦は大地へと着陸し、船内幹部会議を開いていた。

 黒い砂が大量に船内へ流入するという事件があり、その事件への対処の過程で、会議室を散らかしもしたが、今はそれも整頓されている。

 砂だって、そのすべて、一粒一粒に至るまで清掃済みだ。いや、というよりは、砂を排出していたエラヴの飛空船が、そのまますべてを回収してしまったと表現するべきだろう。

 つまり、会議室が汚れているから、皆が不機嫌になっているという事では無いはずだ。

 では何故、みんなして深刻な表情を浮かべながら、黙り続けているのか。

 それは一つの謎であり、その謎を解明するため、ディンスレイは口を開く事にした。

「で、私が提案した、ブラックテイルⅡがこれから向かう目的地についてだが、異論は特に無しという事で良いのだろうか?」

「あるに決まってるでしょう、艦長」

 さっきまで黙り続けていた癖に、人が話を始めると、テリアン主任観測士は否定の言葉を吐いて来た。さすがは日頃から口の軽い男だけある。

「文句があるなら、それこそ話して欲しいところではあるのだがね」

 この会議室の重い空気は、どうにもディンスレイの提案……つまりブラックテイルⅡの次の目的地についてが原因であるらしい。

 そんな事はディンスレイとて分かっている。反対を承知の上で提案したのだ。なら、文句だって沢山向けて来られないと困る。

「君らの罵倒がどれくらの量になるか、いろいろと想像していたわけだが、実際に聞いてみるタイミングだとも思うわけだよ。黙っていられるのは予想外だ」

「で、でしたらぁ、だ、黙っていた甲斐もあるというものですがぁ……は、反論があるというより、は、反論もあるという状況でしてぇ……」

 気が弱い癖に、艦長には物申すタイプのアンスィ船医も言葉を並べて来る。が、その内容については黙り続けた理由でしか無いらしい。

「そこも気持ちは分かる。あれだろう? 私が提案している目的地に向かわない理由は幾らでも出て来るが、一方で向かうべきという理由も頭に浮かんでいる。それがごっちゃになって整理している状況だ。私自身もそうだったのだから、共感だって可能だな」

「そ、そこまで理解しているのでしたらぁ……」

「だが、黙り続けるべきじゃあない。思った事を吐き出さなければ泥沼だ。だからこその船内幹部会議なんだからな」

「では、まず私からよろしいでしょうか?」

 会議の方針をまとめたところで、テグロアン副長が口を挟んできた。タイミングを見計らっていたのだろう。そういう語気がある。

「ふむ。むしろ副長がどういう意見を持ったかには興味がある。前向きなものかな?」

「死にに行くつもりなのだろうか? と」

「んー……」

 なかなかの難題を突き付けられた。

 そう尋ねられると、そうかもしれないという気持ちが心に浮かんでくるからだ。

 何せ前回、その目的地を旅した時など、当時の飛空艦であったブラックテイル号は撃墜されかけたのだ。

 そこへ再び向かおうなどと提案するのは、確かに自ら死を望むのと同義になるかもしれない。

「正直なところ、危険はあるだろうという前提の元、提案はしているな。だが、あそこには得るものが多い。それは当初の想定通りでもある。ハルエラヴ捜索を決めた際、進む空路の一つに入れるくらいにはだ」

「まさに戦争のための基地だったものねぇ……」

 操舵士であるミニセルのその言葉で、船内幹部のうち、副長以外はその光景を思い出すはずだ。

 当時ブラックテイル号に乗っていた面々であれば、忘れられぬ光景の一つであっただろう。

 その空域へと入った途端、ブラックテイル号は機能不全に陥り、不時着する事になったからだ。

 どうしてかブラックテイル号の船体は無事だったが、それはブラックテイル号の性能に寄るものでは無く、ある意味、外部からの力に寄るもの。

 その上、暫くは不時着した場所から離れられず、そこはエラヴが戦争をするための基地だと理解するにもまた、幾らか時間と労力を要した、そういう場所だった記憶がある。

「俺、当時は前の整備班長の下で働いてたんで、本当に大変でしたよ。それこそ今と比較したら一世代前な機関室に、光石の力をぶちこむなんて発想で解決するしか……ああ、光石が今も俺達の元にはあるのか……」

 恐らく、ゴーツ整備班長の脳裏には、エラヴの基地の風景では無く、忙しく怒鳴られた、ブラックテイル号機関室の思い出が蘇っているのであろう。あの時ばかりは、整備班に苦労を掛けたと感じている。

 いや、あの時だけの話では無いだろう。

 申し訳ないが、整備班への無茶振りは良くある話であり重要度は低い。重要なのは、ゴーツ整備班長が言葉にした、光石についてだ。

「光石。そう。鍵はそれだ。あの日、我々は光石の力に寄って、エラヴの基地からの自動攻撃から守られ、また、光石の力に寄って、空域を脱する事も出来た。その光石はやはり今、我々の元にある」

 当時の光石とは違うものであるが、光石は光石だ。前回と同じ状況……と言えれば良いのだが、それを言い切る事は出来なかった。

「我々が今持っている光石は、まだ一か八かで使う事すら出来ない状態なのでは?」

 テグロアン副長は、やはり痛いところを突いて来る。無視する事が出来ぬ事実をだ。

「あ、あれに関しては……い、一度は力を発揮した……はずなんですけど、ふ、不思議ですよねぇ……」

 アンスィ船医はさっそく、興味を光石へ向け始めた。研究者気質の彼女にとっては、そっちの方が楽しい話題なのだろう。

 ディンスレイ達が今回の旅の始めに手に入れた光石は、その力を用い、エラヴの飛空船を修繕してしまった。

 つまりその力を十全に発揮したという事なのだが、一方で今はその輝きを失っている状態であった。

 それは再び、整備班長の自室に作られた研究スペースにおいて観察と研究が続けられている。いろいろと弄り回したりもしているらしいが、さっぱり反応が無いとの事。

「エラヴの飛空船の中においては、光って見せていたぞ? 返却されてすぐそれを失ったというのは、力が喪失したわけでは無い事は明らかだ。こちら側に、上手く力を抽出出来ない訳があるはずだ」

 ある種の認識不足か技術不足が原因。そう言えるだろう。思えば、以前に手に入れた光石とは、オルグ側からのアクションがあったからこそのものだった。

 ブラックテイル号にとって都合良くその力を発揮されたのは、オルグ側がブラックテイル号を誘導してくれていたからなのだ。

 そうして今はそれが無い。ブラックテイルにある光石は、あくまで偶発的に手に入れたものに過ぎないから。

 副長にとっては、その時点で議題に上げるのは論外となるのだろう。

「研究対象としては魅力のあるものなのでしょう。解明する努力の中で、シルフェニアにとって益のある発見があるだろうとも思います。ですが、それは今では無いでしょうし、発見したとてどうなるものか」

 現状、光石は良く分からぬものであり、良く分からぬものに命を掛け続けるという事も出来ない。

 それこそ副長が設定してきたハードルだ。一筋縄では越える事すら出来ない。

「光石に関して、まったく変化していないというわけでは無いのだろう? 整備班長」

「まあ……そうです。最初の時は鈍く光るだけでしたが、今は定期的に強く光る瞬間と……後、その瞬間に何て言うんですかね、石に光の筋が出来るというか、流れる? そんな現象を起こしてます」

「しかし、それもまたわけの分からない変化でしょう」

 確かにそれも、副長の言う通り。その様な現象は理解出来ぬものだ。理解出来ない物に理解出来ない現象が起こったところで、やはり意味が無い。そういう話だろう。

「もし、そのわけに……推測出来るものがあるとしたら……どうだ?」

「随分と光石に拘りますね?」

「誘われているからな」

「……」

 再び会議が沈黙してしまった。

 これもまた、考えさせられる発言になってしまったのか?

 だが、ディンスレイの方は黙るつもりが無かった。

「ある意味、前回と一緒だ。前回は光石を通して、オルグに誘導させる形だったが、今回はもう少し直接的なんだよ。私はあのエラヴの飛空船で、エラヴをもっと知りたいと要求し、ならばここへ向かえと、今提案しているエラヴの基地を指定された。示された地図の地形に見覚えがあったから、間違い無い」

 そうして、光石の返却も受けた。これもある種の誘導なのではないか? 光石と共にここへ向かえと言われた。そんな風に受け取る事も出来る。

「なるほど。しかしここまではあくまで、艦長の勘に基づく話ですね。私はそれだけの話ならば、やはり反対です」

「なかなかに手強いじゃないか、副長」

 そろそろ説得されても良い頃合いじゃないかと尋ねたくなるが、一方でこうでなくてはと思う部分もある。

 他の船内幹部が頭を悩ましている中で、副長だけは直球で挑んで来てくれているのだ。艦長として答えずに何とする。

「艦長、私の現在の意見は単純です。艦長が提示している目的地、攻撃能力を備えたエラヴの基地は、無事に調査出来れば得る物が大きいだろうというのは認めています。だからこそ、どれだけの利益や動機を並べられたとしても、予想出来る危険についてをどうにか出来るか。その案が無い限り、私は反対します」

「あー……僕も、副長の意見に乗っかっても良いですか? 首尾一貫してる。言いたい事を先に言われた感じだ」

 その発言で、主任観測士も反対側に回った事になる。

 他の船内幹部の表情を見ても、似た様なものだ。ただ一人、ミニセルの表情だけは、何か複雑そうな目をディンスレイに向けていた。

 何時もならここで、面白そうなショーでも見ている表情を浮かべて来るのだが。

 何にせよ、副長を説得出来るかどうかだ。それで今回の船内幹部会議の方針は決まると言えた。

「危険……危険か。それは無いというのは嘘っぱちになるな。だからそう返すのは愚手か」

「この手の会議に愚手も善手も無いと思いますが」

「話の内容にも寄るさ、副長。待ち受ける危険に対して、無くす事は出来ないだろうが、試す事なら出来る……というのならどうだ? 愚手が善手か」

「試す……ですか?」

 当時、最初にエラヴの基地に訪れた時、テグロアン副長はブラックテイル号に搭乗していなかった。

 だからこそ、肌感覚というものが違っているのだろう。

 他の皆はどうか? それは尋ねてみれば分かる。

「攻撃を受けて……ブラックテイルⅡは耐えられるか。危険性の話の場合、そこが肝心になってくる」

「待ってください。整備班長からの意見です」

 やはり手を上げて発言してくるゴーツ整備班長。タイミングからして、ディンスレイの味方というわけでは無いだろう。

「当時、一介の整備班員であった時の記憶を思い起こして話しますが……あれは前の光石の力に寄り、艦が守られていたからこそ、船員の命が失われなかったと考えられます。今の光石はそんな都合の良い物じゃあ無いはずだ」

「勿論、そこには期待しない。一方でブラックテイル号と比して、ブラックテイルⅡは防御性能が上がっている。船体バリアも扱える。それを加味して考えればどうだ?」

 ゴーツ整備班長の意見が反対意見であろうと、実は都合の良い話題ではあった。

 出来るかどうかという話題は、つまり課題をクリア出来るのなら、賛成意見に変わってくれるという事だ

「船体バリアの強度を考えても、やっぱり向こうの火力が高いんじゃないですかね? 数分も晒されれば、そのまま蒸発したっておかしくは―――

「数分は耐えられるという目算はあるのか?」

「あれ? 俺? 余計な事言っちゃいました?」

 きょろきょろと周囲を見やるゴーツ整備班長。テリアン主任観測士などは、うんうん頷いている。

 確かに、ディンスレイにとっては都合の良い発言であった。一方で、こればっかりは都合が良いからとそのまま流せる言葉でも無い。

「勢いで言っただけだと困る話だ。整備班長の所管として、さらに前回攻撃を受けた実感もある君の口から聞きたい。エラヴの基地が攻撃を仕掛けて来たとして、本当に数分……本艦は耐えられるのか……?」

「それは……なんていうべきか……」

「こういう時、迷ったのならば、本音をそのまま言うべきですよ、整備班長」

 そんな副長の言葉が効いたらしいゴーツ整備班長は、一旦深く考える仕草をした後、ゆっくり口を開く。

「二分。数分と言いましたが、それだけです。ブラックテイルⅡでもその程度の余裕しかない。俺の率直な予想です。無理をすればとか考えないでください。その二分は保障じゃなく、カウントダウンみたいなものだ」

 艦が撃墜されるまでの……と言ったところか。

 船員の中ではもっとも艦の性能についての理解が深い整備班長の言葉だ。それが答えだと受け止めるべきであろう。

 受け止めた上で、ディンスレイは言葉を向ける。

 整備班長にではない。変わらず微妙そうな表情を浮かべているミニセルにだ。

「どうだ? ミニセル操舵士」

「どうだって……?」

「二分だ。二分、エラヴの基地の防空範囲に入って、攻撃が来た場合は、二分以内に逃げ出す動きは出来るか?」

「艦長」

 副長が言葉を挟もうとしてくるが、一旦はそれを止める事にする。

「副長、これがまさに、艦の危険を減らすための手段だ。現地に赴き、攻撃を受けるのなら、そもそも調査はしない。攻撃を受けた場合は、すぐ逃げ出す。それが可能なら……試してみる価値となる……違うだろうか?」

「何かしらの敵意を向けられた段階で、調査は失敗だと判断する……という事ですか?」

「副長の意見とも一致しているだろう? 危険性をどうにかしろという話に、そもそも危険性が生まれるのなら調査を中断するという意見なわけだ。ただし……艦が攻撃から逃げ切る事が出来るかどうか。そこが肝心だが……」

 ブラックテイルⅡが逃げるまでに用意出来る時間は二分という言葉を聞けた。

 ならば次に、その二分でどこまでの事が出来るか。それは操舵士の腕に掛かっていると言えるが……。

「あーはいはい。そうね。目的の空域に入ってからって話なら、出来るわよ。それだけの時間があるなら、さっさと尻尾を巻いて逃げ出せる。操舵士からの意見はそれで良い?」

 今回の会議は、そんなミニセルの答えで決まった。

 怯えながら、それでも調査対象に近づいてみる。些か恰好が付かない表現かもしれないが、それでも、船内幹部達が納得出来る答えでもあったのだ。


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