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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と至る道
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② 臆する心でも止められぬ

「それで、ミニセル・マニアル操舵士。今回の船内幹部会議じゃあ随分と不機嫌な態度だったが、何かあったのか?」

 エラヴの基地への挑戦が決まった船内幹部会議のすぐ後。船内幹部達がそれぞれの持ち場へと帰るために会議室を出た段階で、ディンスレイはミニセルの背中へ話し掛けた。

 船内幹部会議の後は、ディンスレイが最後に部屋を出る事にしているためだ。

 一方で真っ先に会議室を出る事が多いミニセルにしては、今日の背中は随分と近い。

 何時もより調子が悪い証明だろう。

 そんな彼女はディンスレイの声掛けに対して、ゆっくりと振り返って来た。

「あのね、あたしがどういう気分か、本当に分からない?」

「なんとなくは分かるさ。だが、理由については確かに分からないな」

 言いつつ、ディンスレイはミニセルに並んだ。どうせ今はお互いに仕事の時間だ。二人してメインブリッジへ向かうなら、並んで話をしながらが丁度良い……はずだが。

「呆れた。あなたって、自分の事に関しては途端に間抜けになるみたい」

「おいおい。君の不機嫌の正体は私にあるって? それはその……申し訳ない事だが、明確に言って貰わなければ、単なる嫌な言葉だぞ、それは」

 心当たりが無い相手に、自分で気付いてみせろなんて言うのは拷問の類だ。自分で気付けないから心当たりが無いのである。延々と回るトートロジーではないか。

「じゃあ順を追って説明してあげるけれど、今回会議で決まった事って、言ってみれば前回と同じ場所に向かうって事よね?」

「その事に不機嫌になったのか? 君好みの作戦案だと思うが」

「作戦自体は、それなりにやる気になるものよ? それは事実。っていうか燃えてる」

 ギリギリを攻めて、逆に攻撃を受けたら二分で退散する。そういう冒険主義を好む女である事は、ディンスレイは良く良く知っている。

 だからこそ、会議中でのテンションの低さは謎だった。彼女らしく無い。何を分かったつもりやら、そんな事をディンスレイは感じていた。

「あたし、今回の作戦については賛成だって言ってるのよ? それに無事、得られるものも得られるなんて予想だってしちゃってる。分かる?」

「ますます分からん。なら、なんで不機嫌なんだ」

「その後! 前回だって、エラヴの基地に関しては問題無かったじゃない。問題は山積みだったけど、幾つも成果を出しながら乗り越えた! 今回だってそう! 違う!?」

「違わんが、なんで私は怒られているんだ?」

「だからそれが終わって……あなた、何があったか知らないけれど、随分と気落ちしてたじゃないの。あたしの方は忘れてないわよ」

「ああ……あれか」

 思い出したくも無い記憶を思い出す。忘れたくたって忘れられない記憶だからだ。

 船員が一人一人居なくなって、船すら無くなり、自分ただ一人、暗闇に取り残された記憶。

 あれはある種のまやかしであり、またオルグ達からの試練でもあったのだろうが、だとしても、意地の悪い試練だったとディンスレイ自身思う。

 たった一人、飼い主すら居なくなった鳥かごに取り残された様な、そんな気分。

「もしかして……ずっと心配してくれていたのか? 私を?」

「悪い? 前回の旅路をなぞるって言うのなら、次に来るのはあなたが一番傷ついたかもしれない場面でしょう? そんなのって……安易に肯定出来ない」

 ミニセルの言葉を聞いて、ディンスレイは苦笑する。

 そうするしか無かった。

 やはり、人の頭の中なんて分かるはずも無いのだ。何せディンスレイ自身、こんなにも鈍いのだから。

「君の心配には、何時だって感謝しているよ。私は時々……いや、かなりの頻度かな? 無謀や向こう見ずになる」

「いーえ、あなたの場合、向こうに行ったまま帰って来なくなりそうなの。自覚あるでしょ?」

「あるにはあるが……そうだな。心配は掛ける。すまない」

 謝る他無い。こういう自分は変えられない。変えようと思わないから、謝るしか無いのだ。特に、そんなディンスレイを汲んでくれている彼女に対しては。

「一応、あたしの感情の問題でもあるから、こっちも不機嫌になるくらいしか出来ないんだけどね。けど、逐一知っときなさい。あなたを心配してる人間って、そう少なく無いって事を」

「耳が痛い話だが……慰めにもならない話なら出来るぞ」

「意味の無い話って聞こえるけれど、良いわ、聞いてあげる」

 歩きながら。

 とりあえず、その場で立ち止まっての会話では無く、進展のある会話を始められる。

 少なくとも、これは自分の恐怖や嫌な思い出に掛かるのでは無く、まだ見ぬ明日に掛かる話ではあった。

「前回、エラヴの基地の後の話をするなら、我々はあの時、何を感じた?」

「何って……そうねぇ。色々驚きの連続があったけれど……ほら、オルグから向かう場所を指定されたのもあの時で、光石の性能だって、扱いきれ無いものみたいな事を言いながら……そう。うちの主任観測士がまだ、ただの観測士だった時に言ったセリフ」

「そう。あれだ。私がエラヴの基地に向かうと決めたのは、あの言葉を思い出したからだ」

 あえて言葉にはしないが、それでも頭の中で思い浮かばせる。

 あの時、テリアン観測士はこう言ったのだ。

 艦長、ここまでって事ですか?

 勇気や無謀を混ぜこぜにした、そんな言葉。

 前回は確かに、ここまでだった。

 今は違う。もっと先へを望んでいる。これは前回をなぞる旅では無く、取りこぼしを掬っていく旅なのだ。

 同じ事にはならない、そのはずだ。

「本当、慰めにもならない話ね」

「だが、面白味を感じる話だ。君や私にとってはな」

 だから足を進める。次にやるべき事も、以前とは違う、そういうものであるのだから。




 進むとなれば、素早くそこへ進めるというのが、今のブラックテイルⅡである。

 ワープ技術を用いる事だって勿論出来るが、それをせずとも、船速自体がオルグの技術の再現やオヌ帝国との技術交流、またこれまでの旅路で得た奇妙な現象や事象への知見に寄って、ブラックテイル号で旅をしていた頃とは比較にならぬ速度で、その空域へは辿り着けた。

「そろそろエラヴの基地がある。あの時の我々は、これを罠とも呼んでいたか」

 メインブリッジからの景色を見つめて、ディンスレイは呟く。

 やや色が濃い茶の土と、ちらほら見える剥き出しの岩山。

 この景色自体が、エラヴが用意した場所であるのだ。

「私は話に聞いただけですが、岩山にエラヴの基地は擬態しているのだとか?」

 この景色を初めて見た事になるテグロアン副長が、副長席から尋ねて来る。好奇心と現状確認を兼ねたものだろう。

「ああ、そうだ。そうして、岩山の一つをブラックテイル号で破壊したわけだが……今はそれが見えないな」

「ねー、前回とは少しズレた座標にこっちが来ちゃったか、それともエラヴの飛空船みたいに勝手に修理されちゃったか、もしくは―――

「もしくは、誰かしらが撤去したか。だな、ミニセル操舵士。何にせよ、前とはやや違っている。まずは座標……現空域についての確認だが、主任観測士から見てどうだ?」

 観測機器を覗き込んでいるテリアン主任観測士に尋ねたところ、彼はそのままの姿勢で答えて来た。

「場所としては、前回と変わらないはずですよ。重要な地点だったし、前回なんかはブラックテイル号が着陸したのもあって、周囲の景色についてはしっかり記録にも記憶にも残してます」

「となると、破壊した基地側に何かあったという事か……」

「違うんじゃない?」

「何がだ? ミニセル操舵士」

「あ、ごめんごめん、基地云々の話じゃなくて、着陸したってのが違うでしょ。あれは言ってみれば、緩やかな墜落よ?」

 確かにそうだった。光石で守られていなければ、そのままエラヴの基地からの自動攻撃に寄り撃墜されていた。そういう状況だったのだ。

「今回に関しては、墜落自体を避けたいところだな。主任観測士、重ねて聞くが、今は大丈夫そうか?」

「ええ。多分……僕の側が正しければあと……もうカウントダウン始めます。二十、十九」

 主任観測士が数字を数え始めた。今のブラックテイルⅡの速度を維持したまま、その数がゼロになる時が、前回、ブラックテイル号が撃墜されたポイントという事になるのだろう。

 全員がそれを覚悟して、固唾を飲む。

「十八、十七、十六、十五、十四、十三、十二、十一」

 そのカウントダウンは、ミニセルの操舵を手助けするためだ。

 また、メインブリッジの他の船員達に、その瞬間までの時間を予告し、覚悟や判断を促す意味合いもあった。

(それは良いのだが、まるで我々の命が失われる瞬間までの時間を予告されているみたいに感じるな?)

 恐らく、ディンスレイ個人の被害妄想でもあるまい。皆、そんな気分になっている頃合いだ。それでも必要な事だと思うから文句も言えない。

 その数字がゼロになる瞬間まで、固唾を飲む事だけが、唯一の自由。

「十、九、八、七、六」

 艦の船速はゆっくりだ。だが、飛空船としてはゆっくりというだけで、それなりの距離を詰めている。

 エラヴの領空。そこへ無断で入れば撃ち落とすぞという場所へ、言い訳出来ない勢いで飛び込むのだ。

「五、四、三、二、一」

 ゼロ。

 ディンスレイの頭の中のカウントダウンは、主任観測士の言葉よりやや早く終わった。焦り過ぎだ。自分でもそう思う。

 実際に主任観測士がゼロの言葉を発した瞬間にだって緊張し、唾を飲み込む形になったため、只々損であった。一番焦る瞬間が、二度もあったという事なのだから。

 緊張はその後も暫く続く。主任観測士の予想はあくまで予想。もしかしたら多少のズレがあるかもしれない。未だブラックテイルⅡは安全圏の中にあって、ここからがエラヴにとっての領空であり、この瞬間にも攻撃がやって―――

「いやまあ、良いか。来ないな、攻撃は」

 飲み込んだ唾が腑に落ちる。ブラックテイルⅡは攻撃に晒される様子を見せていないし、落下するという事も無かった。

 ブラックテイルⅡは今なお、自由に空を進んでいる。エラヴ達がかつて、支配していたはずの空を。

「主任観測士からも断言しておきますね。前回、ブラックテイル号が落とされた場所より、既に僕達はずっと奥を進んでる」

 カウントダウン以上に重要な情報を、さらっと告げて来る。

 何時も通りの主任観測士の雰囲気が戻ってきた。彼なりに、さっきまで緊張の中にあったのだろう。

 何時も様子が変わらない副長に関しても、目を離している内に、一息吐いた様子で言葉を向けて来た。

「油断は出来ません……が、艦長の賭けは今回も勝ちですか?」

「賭けをしたつもりは無いさ。なあ、ミニセル操舵士」

「万が一攻撃されたとしても、あたしなら華麗に対処出来たわけだし? ある種の安全な儲け話よね?」

「それはつまり、危ない話だという事では?」

 どちらにせよ、今はその手の危ない話の中では、上手く行っている方だ。良き登場人物のままで居られれば良いのだが……。

「一応、警戒はまだ続けておこう。エラヴの基地側が、はっと気づいて攻撃を仕掛けてくる可能性はどこまで行ってもゼロにはならない」

「それと、次の目標かしらね。ここで攻撃を受ければさっさと退散って予定ばっかり頭の中にあって、じゃあ攻撃を受けなかった場合はどうするのか、考えてなかったんじゃないの?」

「そんな事は無いぞ、ミニセル操舵士。勿論、上手く行った場合の事だって考えてある。どちらかと言えば……上手く行った場合に調べるべき物だな」

 ディンスレイはミニセルに言葉を返しながら、手元の通信機器を操作していく。

「次に調べる物って、そりゃあエラヴの基地じゃないんですか? らしき偽装してある地上の構造を幾つか見つけてますけど?」

「話が早くて助かるがな、主任観測士。だが、まずやるべき事は艦内にこそある。こちらメインブリッジ、艦長のディンスレイだ。所定の空域は突破した。そっちはどうだ?」

 テリアン主任観測士に言葉を返している間に通信が繋がったので、そのまま向こうと会話を始める。

 返って来た声は、ゴーツ整備班長のものだった。

『こちら機関室、整備班長のゴーツです。案の定と言えば良いのか……ここでこうやって艦長が通信を繋げて来た場合、どう返すのが一番ですかね?』

「私自身に聞かれても困るが……そうだな。まず真っ先に機関部の調子はどうだ? 艦に不調は?」

『出ていません。特に攻撃を受けた様子も……ああ、答えるべき事が分かりましたよ』

 察しが良くこちらも助かる。やはり艦長用の取り扱い説明書でもあるのかもしれない。本当にあったら一冊欲しいくらいだ。

「勿論、聞きたいところだな。そっちにある光石の調子はどうだ?」

 光石。恐らく、今回の調査においても鍵になるのはそれだとディンスレイは睨んでいた。

 だからこそ、その観察や研究を任せているゴーツ整備班長に頼み込んで、機関室に一時、置いて貰っていたのだ。

 そこに何か、変化がある事を期待して。

『艦長にとっては残念な事に、機関室に影響がある様な変化は無いって事になりますが』

「別に機関部に不調が出る様な変化を、私だって望んじゃいないが……」

『そりゃそうだ。けど、やっぱり残念ながら、光石自体にも目立った……変化……は……』

 ゴーツ整備班長の声が途切れがちになる。別に通信状況が悪くなっているわけでは無いだろう。

 ゴーツ整備班長自身が戸惑っている。そういう声だ。

「何かあったな? 光石に」

『ええっと……はい。あの、光ってます。光って……線が走ってる』

 さて、その説明だけでは何も分からない。実際に見てみなければ何とも言えない。そういう状況だろう。

 そういう状況であったとしても、ディンスレイはメインブリッジに顔を向けながら、口を開く。

「次にやるべき事が、さっそく見つかったぞ、諸君」

 そこは途切れる事が無い。ブラックテイルⅡという飛空艦は、そういう奇運の元にいるらしかった。


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