② まだ辿り着いていない先の話
より良い未来という話であれば、今のところはまだ来てはくれている。
そういう感触がディンスレイにはあった。
不安だった新しい艦内幹部は、むしろ良い成長の兆候を見せ始めているし、ハルエラヴの偵察というハードルが高すぎる仕事に対して、まだ最初のうちではあるが、段取り良く進められている。
次にやるべき方針というものも無くなる事は無く、見つけたいと思ったものは見つけられて、無事にその周辺の地形に、ブラックテイルⅡを着陸させる事だって出来ていた。
「だからまあ、そろそろ何か、特大の厄介事が来るんじゃないかと不安になっているわけだ。分かるかな?」
「探検に出発する前に、向けられるべき言葉では無い事は分かります……が」
ブラックテイルⅡメインブリッジ。そこへ呼び出した船員、カーリア・マインリアが何とも言えなさそうな表情でこちらを見つめて来ていた。
現在、ブラックテイルⅡが着陸した場所。山脈壁の中腹に存在する砂の台地。そこを探索するにあたり、探索班の班長をして貰う予定なのが彼女だった。
これまでも、未知の場所の探検に対して経験を積んで来ている彼女であるから、今回も適任と言える人員である。
しかしディンスレイの頭に過るのは、そろそろ大きな失敗なり事件なり置きそうだなという不安。
限り無く勘に近い判断であったが、注意はしておくに越した事は無いと考え、カーリアを呼び出していたわけだ。
「何より、探索の仕事というのも、前回から間があるわけだろう? 気を引き締める必要性はあると思う」
「前回の探索任務と言うのなら、そもそも艦長と現整備班長が先日、行ったばかりなのでは?」
「それはそれだ。正式に探索班を組むのは、今回の仕事ではこれが初めてだ。そういう事になっている」
「そもそものハルエラヴ偵察任務が始まったばかりですから、それはそうなるでしょう。当たり前の話です」
なかなか口が減らない様になってきたカーリア・マインリア船員。なんだろう。誰かに似ている気がする。というか似て来ている?
「もしかしてミニセル操舵士から何か入れ知恵されたか」
「ここに来る前、すれ違ったミニセル・マニアル操舵士から、本当は自分が探索に向かいたいと考えている艦長の愚痴を聞かされるだろうから、適当に流しておけと言われましたが……それが?」
カーリア船員の言葉を聞いて、徐々にであるが、ブラックテイルⅡ内部で対艦長用マニュアルが出来上がりつつあるような、そんな感触を覚える。
いやいや、まだまだそんな分かりやすい艦長になるつもりは無いぞ。
「言っておくが、別に探索に同行させてくれなどと、これから言わないからな。それくらいの常識はある」
「では何故、私はここにいるのでしょうか?」
「だからだな、あくまで嫌な予感がするという前提で」
「着いて来たいのですね?」
「だから違って」
「駄目ですよ?」
「駄目か。どうしてもか」
拒否の姿勢を一切崩そうとしないカーリア船員。これ絶対そういうマニュアルがあるだろう。裏マニュアルか?
「勿論、気を抜かず、むしろこの艦での仕事は何時だって気を引き締めなければやっていられませんので、他の探索班員にも意識を共有しておきます」
「うーむ。付け入る隙の無い回答だ」
「あのさー、艦長。部下相手に口を挟める隙を探して、自分が参加する理由を引き出そうとするの、本気で止めといた方が良いと思いますよ?」
さっきまで黙って居たテリアン主任観測士まで口を出してくる。冗談めかして言っているが、観測器を用いた仕事の最中であるため、結構本気の助言が入っていると思われる。
「分かった分かった。どうしたって私はここで待機。探索班の無事と帰還を祈る立場だという事は受け入れるよ。だがな、特別気を付けてくれという思いは実際だからな、カーリア君」
「その部分の理由は……勘なのですよね? 艦長の?」
そうとしか言えないから一旦顎を摩るも、もう少し言い方が無いものかと思案する。
そうしなければ、曖昧な助言だけでカーリア船員も困ってしまうだろう。
「あの景色な」
メインブリッジから見える景色。青空と黒々とした山脈壁、そうして濃い黒色をした砂地。
それらを見つめながら、ディンスレイは呟く。
「圧を感じる。悪意とは違うが……環境だけの話では無く、そこに居るだけで体力を消耗しそうな、そういう圧だ」
「意識があると? 景色に?」
「だから勘だ。そういう感覚があるというだけで―――
「主任観測士も賛成です」
今度は冗談を話す口調ですら無く、テリアン主任観測士が話に入って来る。
「珍しいな。君が無条件で私のこういう感覚に賛同してくるのは」
どちらかと言えば常識的な物の見方をする。うちの主任観測士はそういうタイプだった気がするが。
「艦内の誰よりも景色を見続けてますからね。だからその……危険な景色であるという事は分かります」
「すみません。一応、話を聞かせていただいても? その……艦長の言う様な、勘に類する話であっても構いません」
カーリア船員としても、聞き捨てならぬ内容に聞こえたらしい。
ああ確かに、さっきの主任観測士の言葉に、メインブリッジが少し冷えた気がする。これも実際の話で無く、感覚の話であるが。
「僕がこの景色から言える事は……止まっている事への不自然さ……ですかね」
「止まっている……?」
「考えてみてくださいよ。僕ら、今は活性山脈壁の只中にいるんですよ? 大地そのものが激しく動いて、気流だって荒れてる……そういう場所です。まさに動いている大地で、景色も激しく動くのが普通でしょう? で、今、この景色です」
テリアン主任観測士に促されずとも、既に外の景色に目をやっている。
青空と、黒々とした山脈壁と、やはり黒色をした砂地。
この台地は、激しい気流からはどうにも守られているらしいが、それでも風が吹き、砂は風により動きはしている。
だが感覚的に景色を見ると……その景色は、何故かずっと、そのままでありそうな、そんな感覚があった。
そんな訳が無いのだ。だってここは、主任観測士の言う通り、変化の只中にあって、次の瞬間にはすべてが大きく変わる。そういう場所であるはずだからだ。
だというのにディンスレイには、この景色は以前も以後も、ずっとこのままなのだという、訳が無い感覚の中にあった。確かにこれは……不気味だ。
まるでこうあるべき景色を誰かが作り出し、その中に置かれている様な、そんな感覚。
「カーリア船員。一応聞いておくが、君の方が危険だと考えるならば―――
「確かに、謎がありますよね、この景色。謎は調べてみなければ分からない。そうでしょう?」
「……違いない」
やはり、なんとなく、彼女はミニセル操舵士に似て来てないか? それはあまり良い類の影響では無いぞ? 絶対、人生が波乱に満ちるタイプのそれだ。
そんな事を考えるものの、この感覚については苦笑を浮かべておく事にする。
何にせよ、謎があるという事は調べ甲斐がある。カーリア船員の言う事はもっともだと思ったから、ディンスレイは探索を指示する事にした。
ちなみに先の話であるが、彼女に対する心配は無用の物になる。
何せ、問題はブラックテイルⅡ側で発生したのだから。
「艦が特定の方向へ引っ張られているだと? 事実か?」
ディンスレイがその報告をメインブリッジで聞いたのは、探索班が出発してから丸一日が経過しての事だった。
「間違いありません。周囲の景色を細部まで観察し続けていた僕が言うんですよ?」
妙な自信を持って答えるテリアン主任観測士。その丸一日、実際に観測機器を用いて状況を観測し続けた男の言であるから、語気以上に説得力があった。
外を見れば変わらぬ空と山脈壁、そうして黒い砂地だけのそれなのだが、確かな変化というものを、彼は実感しているらしかった。
「私が見たところ、大きな変化というものは見当たりませんが?」
本日は共にメインブリッジに居るテグロアン副長もまた、テリアン主任観測士との会話に参加していた。
メインブリッジ船内幹部の男三人もまあ、気安い関係になったと思うわけであるが、今は気安い雰囲気にはなっていない。
何せ深刻かもしれない話題であるからだ。
「今起こってる変化については、かなり遅々としたものだと言えます。それこそ、僕でも一日経たないと断言出来ないくらいに。けど、今に至っては間違いじゃあないですよ。ブラックテイルⅡ側が着陸してるので、それだけ観測は正確なものになりますし」
艦そのものが空を飛んでいる状況だと、観測者側が常に動き回り続けているわけだ。
そんな不安定な前提の元、状況を整理しなければならない。
そこを上手く補正出来るのが、まさにうちの主任観測士の腕であるわけだが、今回に限っては、そういう手間はいらない。だからより正確だと言っているのである。
ブラックテイルⅡは動いている。着陸し、誰も操舵していないこの状況で。
「地形的に、艦の重みで一定方向に沈み込んでいる可能性は無いか? 素人考えながら、有り得そうに思うが」
「そこは僕も考えました。けど、それだと全体的に、下側か斜め下側への移動になりますよね? そうじゃなく……そうですね。あくまで一方向なんですよ。艦からの視界が並行のまま……あちらです。丁度メインブリッジから正面に少し左側へと引っ張られてる」
「おい、そっちは探索班が向かった方だぞ」
「……ですね」
今気づいたらしい主任観測士の言葉。仕事に打ち込み過ぎるというのも考え物だ。集中力を使い果たした様に、普段回る気がどこかに行ってしまっている様子。
「とりあえず、主任観測士はこの後、一定時間休養を挟む様に。報告を疑ってるわけじゃあないぞ? 単に休養が必要だと私が判断しただけだ」
「分かってます。ただ一つ。艦が砂地と設置している部分を観測してみてください。ちゃんと跡が残ってるはずです」
「ならばそれは、後で私がやろう」
「わざわざ艦長がですか?」
驚いた様子で副長が尋ねてくる。確かに、船員の誰かにやらせる様な仕事だとディンスレイ自身思う。
「他人からの報告を聞くだけだと、主任観測士の話の裏付けとなるだけだろう? 私としても、直接現象を見ておきたいんだ」
やはり勘や言葉に出来ぬ経験則と言うしか無いが、それで分かる事がある。恐らく、ディンスレイが何よりも早く知っておくべき事をだ。こればかりは他者に任せられない。
「艦長のその手の判断は、実際に効力があるので文句はありませんが、些か問題に思うところがありますね」
「文句あるじゃないか、副長」
「今、現時点での話ではありません。艦長だけにしか出来ないという事は、艦長がいなくなれば出来なくなるという事ですので、その点の懸念です」
「副長、急に不安な事言いますね?」
確かに、艦長たる自分が居なくなる事態というのはなかなかに大変な状況だと思う。
特にディンスレイ自身にとっては、自分が存在していないという実感を持った事が一度も無いから、悩むにしても難しい。
「ですが事実として、艦長の存在に左右されるのが当艦です。これまでそうでしたし、恐らくこれからもそうでしょう。となると、艦長自身が積極的に前に出るというのは、頼もしい反面、その度にリスクもある。違いますか?」
「違わないな。まあそうか……それも考える必要はある……か?」
一度テリアン主任観測士の表情を確認する。何とも言い難い表情だ。どう受け取るべきか悩んでいるのかもしれない。
一方で副長の表情は確認する必要が無い。真っ直ぐこっちを見ているはずだ。ディンスレイ自身の存在がリスクになる状況をどうすれば良いのかと、彼はきっと、これからも問い掛け続けて来るのだろう。
「すぐに答えは出せん問題だが……私が例えば突然居なくなったとして、何か名案を思い付かない場合どうすれば良いか、という前提の話だけはしておこうか? 良い案が浮かぶのならそれをすれば良いわけだしな」
「はい。今話しておける事と言えばそれくらいでしょう。通常通り艦内幹部会議を開いて、喧々諤々意見が出てから、やはり艦長の意見や判断が無ければ始まらない。そういう事態にブラックテイルⅡが陥った場合の話を……それこそ、艦長が居るうちに決めて置いた方が良いなと、以前より思ってはいました」
「それはそれは、なかなか今まで幸運だったわけだ」
今回の旅がごく最近に始まった以上、少なくとも前回の旅路の頃から、副長は考えていたのだろう。
ディンスレイが居ないブラックテイルⅡは何をするのが最善か。
「だが、私の口から出て来る答えは単純だぞ? 逃げろ」
「逃げ……逃げるんですか? それで良いんです?」
意外そうに尋ねて来る主任観測士であるが、これはある種のなぞなぞだ。別段、深く考える必要は無く、発想や視点を変えれば自ずと出て来る答えなのだ。
「私が居なくて、私以外に良い案が出ないとなればそれしか無いだろう? 言っとくが、別に無条件で逃げろという話では無いぞ?」
「あー、そう言われてみれば……他に手段が無ければ逃げを選択するなんて、艦長が居たってそうですもんね」
その通りである。ディンスレイが居ても居なくても、それは変わらない。だからなぞなぞだ。心配するだけ杞憂であり、今のうちにしておく事なんて、そういう事態になった時に、躊躇なく決断するための覚悟くらいである。
さらに言えば、そうならないための努力については、普段からしておくべきだろう。
「理屈ではありますが、居なくなった艦長の方は、助けなどは必要無いのですか?」
「そりゃあ、助けの手を伸ばせる状況ならば、助けてくれと答えるさ、副長。だが、その手段が無い場合は、君らの命を優先して欲しいところだな。私は私で、そうなった時、それでもまだ自分の命があるなら、なんとか頑張って、君らに追いついてみせるとも」
自分が居ない時の話なんて、言える事はこの程度だろう。
もしかしたら不安に思われ……いや、不安さなんて欠片も見せて来ない副長であるが、それでも、多少なりともこちらに思うところがあるとしたら、こう言うしかあるまい。
「ま、これからも私の方は無茶する艦長である事は変わらんからな。そういう人間の補佐役として、副長というのは居るのじゃあないか?」
「もっともな話ですが、艦長自身に言われると、癪に感じますね」
なら、もっとそういう表情を浮かべてみせろ。
苦笑を浮かべつつ、ディンスレイは席を立った。
とりあえずは有言実行。自分の目で、ブラックテイルⅡの異常とやらを見に行く事にした。
たったそれだけの行動で、艦長が突然消え去ったりしない事を証明するために。




