① 再度訪れる山脈
ブラックテイルⅡがハルエラヴを追って空を飛ぶ。
その航路は前回、ハルエラヴと遭遇した地点へと真っ直ぐに……というわけでは相変わらず無かった。
一応、近づいてはいるのだ。俯瞰的にその軌道をなぞるならば、目的となる地点を中心に、少しずつ、蛇行しながら近づいて行く様な軌道。
偵察をするというのは結局、そういうものである。
勇気を胸に立ち止まらずに進むのでは無く、慎重さと臆病さを両肩に、ゆっくりと足を動かす。そんな動きを飛空艦でだって行うのが、相手を偵察するという行為であろう。
「とは言っても、あまりに遅々として何もしないというのは事だしな。こちらとしても出来る事をしていく。それが今回の我々の仕事だと、私は了解しているところだ」
「は、はぁ……それで、そ、その仕事というのが、わ、わたしの医務室へやってくる事……だとぉ……?」
今いる場所、医務室の主たるアンスィ・アロトナ船医が、ディンスレイに対して疑問を向けて来た。
彼女は何やら、机の上で作業をしている風であるが、それはディンスレイの無駄話を避けるために、忙しさを装っているだけである事をディンスレイは知っている。
知っていて秘密にしている。いざという時の、無駄話のタネになるからだ。
ただし、今はそのいざという時では無いため、嫌がっているアンスィ船医を無視しながら話を続ける。
「要するに、遠回りをしている間に、出来る事を見つけようという話だよ、船医殿。それは前回の幹部会議で決まっただろう?」
前回、ブラックテイルⅡの航路を決定する会議において決まったのは、やはりブラックテイルⅡは真っ直ぐハルエラヴへと近づくのでは無く、周辺の、ハルエラヴに関係していそうな場所を調査し続け、少しずつ中心にいるであろうハルエラヴへと近づくというものだった。
その中心とはつまり、前回、オルグとも遭遇したその地点の事である。
ではハルエラヴに関係していそうな周辺の場所とはどこになるか? 答えとしては、前回のブラックテイル号の旅路を、半ばなぞる様な軌道になるだろうか。
「ぜ、前回、わ、わたし達はぁ……幾つか、ハルエラヴの前身……エラヴという種族の痕跡を追っていましたねぇ……そ、そこをまた訪れるというのは、分かる話ですがぁ……」
「今の我々は、オルグから少ないとは言え、知識だって受けている側だ。新たな見地というものがあるかも分からん。だからこそ次の場所は……船医殿とも関係深い場所になるだろうと思ってな」
「あ、ああ……光石とも……関係している場所でしたねぇ……そ、そういえばぁ……」
光石。シルフェニアにとっては未だ超常と言える程の存在である鉱石。それをさっそく、ディンスレイ達は手に入れたのだ。
再度訪れた場所には、再度の発見があるという手応えそのものと言える。
船内幹部会議としては、そんな発見への期待も含めて、現状の航路を取る事が決まっていた。
「次は例の山脈壁へ向かう。正確には、そこで撃墜した、エラヴの円盤型飛空船を探しにだ」
「わ、わたし達が知る……ハッキリとしたハルエラヴの資料ですからねぇ……あれ」
「ハルエラヴでは無く、エラヴだ。そこを間違えてはいかん」
自分で言いつつ、かつて遭遇した飛空船についてを思い出す。
活性山脈壁とディンスレイ達が名付けた、急速にその高度を変える山脈壁。そこに、まるで鎮座する様に存在していたのが、エラヴの遺跡、小金色をした円盤型飛空船だった。
ディンスレイ達はそこで最初の光石を手に入れ、そうしてその光石が本来置かれていた場所であった、円盤型飛空船と交戦したのである。
「い、一応、無人ではありましたがぁ……敵対……しましたよねぇ? そ、それでも、は、ハルエラヴのそれでは無いとぉ?」
アンスィ船医とて、あの飛空船はエラヴかハルエラヴのものだという考えではあるらしい。
後に交戦したハルエラヴの飛空艦やオルグ達が隠れていた基地の意匠とも良く似ていたため、そこに異論は無いのだろう。
意見に相違があるとすれば、円盤型飛空船が彼らの技術的に、どういう部分に位置しているのかと、その建造目的だ。
「私が思うに、比較的……勿論、シルフェニアのそれと比較すれば数段上の技術なのだろうが、あの円盤型飛空船は、ハルエラヴのそれより洗練されていない気がするのだよ」
「わ、わたしの印象としては、見た事のあるもの全部……ず、随分と芸術的だなぁ……と思う部分がありましたけどぉ……ああ、いえ、そういう観点からだと……た、確かに、古い形なのかな? 円盤はぁ……」
意匠に拘るというのは、その分だけ技術をつぎ込める余地を残しているという事だ。発展の段階としては、まだまだ荒い段階……と言えるかもしれない。意匠に拘る文化である場合もあるが。
「ま、飛空船の外観については、実際に調べてみない事には分からない部分ではあるだろうな。それまでは、お互い印象の話でしかない」
「で、では……か、艦長としては、他にその……あれがエラヴのものだという確証を持つものがあるのですかぁ……?」
問い掛けに頷く。飛空船の姿形はあくまで傍証の様なものであり、ディンスレイにとっての確証は、飛空船の在り方にこそあった。
「あれ、結局はどうして我々を襲って来たと思う?」
「わ、わたし達が……な、中から光石を奪ったから……とかぁ……?」
「恐らく、そうだろう。そうして中は無人だった以上、自動的にその盗人を追って来た……という解釈にしては、手加減されている部分があった。そうは思わないか?」
「て、手加減……」
ブラックテイル号と円盤型飛空船の空戦が行われた際、船医という役職である以上、その指揮に関わってはいなかったからか、アンスィ船医はピンと来ていない様子。
だからこそ、交戦があったという事実から、敵対的なハルエラヴへの印象を持っているのだろう。
だが、ディンスレイは違う。
「当時のブラックテイル号は、シルフェニアにとっては最先端だったが、エラヴの飛空船と比較すればまさに天と地だ。一応、こちらとしても機転を利かせては居たが、それにしたって、本来は正面から勝負になる様なものではない」
「そ、それが出来た以上は……意図がある……と?」
「何であれ、他者を試したり受け入れたりする様な意図がな。それを……探りたい。ハルエラヴにはそれが無いと思うからだ。だからあれはエラヴの遺跡であり―――
「は、ハルエラヴがどうしてハルエラヴなのか……し、知る材料になる……と?」
「ま、そうなれば好都合だが、要するに分からなかった事を分かる様にしたいというだけだな」
前回、謎を残したまま、次の場所へ向かったという心残りもある。それを晴らすためというのは、目的としてはかなり上等なものではあるまいか?
ディンスレイはそんな風に、医務室からは見えない外の景色に思いを馳せた。
「ま、前の時は、わ、わたしも冒険に同行したのを、お、思い出しましたぁ……も、もしかして、その件もあって、事前に医務室へ……説明を?」
「いや? あくまでついでだ。本題はだな……」
言い掛けて、ディンスレイは一旦言葉を止めた。舌を噛まない様にするためだ。
今、丁度良く、ブラックテイルⅡが大きく揺れたのである。
「これだ」
「あ、あのあの……」
「これから、医務室含め、ブラックテイルⅡはこんな揺ればかりになるだろう。怪我人だって当たり前に出て来る。なので船医殿には頑張って欲しいと、そういう話だ」
「い、忙しくなるから、そ、それを伝えに来ただけですかぁ……!?」
艦長としては、部下の仕事について目を配る。久方ぶりに、上司らしい事が出来たのではなかろうか?
そんな思いとアンスィ船医からの恨みがましい目線を背に、ディンスレイは医務室を出た。
これから忙しくなるのは、何もアンスィ船医だけでは無い。
世界の高度限界まで大地が隆起した地形を山脈壁と言うならば、活性山脈壁とは、大地が異常な速度でその地形を作り出す光景そのものを言うのだろう。
ディンスレイはその光景を眺めながら呟く。
「あれ、正直なところ、大地の脅威というより、大地の敵意とすら思うな」
メインブリッジに響くディンスレイの呟きは、勿論、誰かの返答を期待したものだ。
ただ、待った返答が無く、ブラックテイルⅡには暫くの沈黙が続く事になる。
「おいおい。誰か何か言ってくれないと、不安になるだろ」
「実際みんな不安になってるのよねぇ……」
舵を握るミニセル操舵士の声が、漸く聞こえて来た。
だが、そんな彼女とて油断は出来ず、操舵桿を握る手には、緊張の汗だって滲んでいるはずだ。
それくらい、目の前に存在する山脈壁は、危機感を覚えさせるものであった。
シルフェニアにも勿論、山脈壁はあるわけだが、それは遥かな時間の彼方。想像絶する太古に出来たものであり、一方で活性山脈壁とは、とても若い山脈壁なのだ。
大地が異常な速度でせり上がり、高度限界まで届くそんな動きが続く光景。まさにそれが活性山脈壁であり、遠巻きにそれを見ているだけでも、周囲の空気が乱れ、航空すらも困難なっていく。
実際、今のブラックテイルⅡは激しく揺さぶられていた。
「ミニセル操舵士。不安になってくるのは、艦そのものもなのですが、その点、どう考えていますか」
テグロアン副長が尋ねる。
この様な気流が荒れた空域において、ブラックテイルⅡの無事はミニセル操舵士の手に掛かっているのだから、幾ら外面が無感情なテグロアン副長と言えども、心配にはなるらしい。
「んー……体感、ここでずっと観測っていうのは難しい感じ? 観測役の主任観測士がそれを望むなら、ブラックテイルⅡと心中する事になるかも」
「幾ら僕でも、そこまでの事は望みませんよ! っていうか、つまり、さっさとここを退散するか、それともあの危なっかしい山脈壁へ着陸するかしか選択肢が無いって事ですよね? 個人的には退散を選びたい状況ですが」
もっともな意見である。言い訳もせず怖気づいてしまう光景だ、これは。
ただ、それでも選択をしないままであるのは、色々と悩みがあるのだ。人間、足を止めるのは何時だって悩んでいる時であろう。
「結局、例の円盤型飛空船を見つけに来たんだ、我々は。それを見つけられない限りは、着陸したって意味が無い」
「私はその時、ブラックテイル号の乗組員ではありませんでしたから、あくまで聞き捨てですが、今、山脈壁の頂上になっている部分に件の飛空船が落ちたわけでは無いのですよね?」
テグロアン副長に尋ねられ、ディンスレイは頷いた。
山脈壁の頂点。高度限界は、ワープ技術を仮にも手に入れたシルフェニアであろうとも、未踏領域のままだ。
そこを越える事が出来ないからこそ高度限界であり、そんな場所に円盤型宇宙船が落下している可能性があれば、その残骸でも見つけようなどと考えはしない。
「あれを撃墜した場所が、そもそも山脈壁の頂上では無かったからな。今のブラックテイルⅡより性能的に劣っていたブラックテイル号では、その様な場所で空戦なんぞ行えん……が」
撃墜から今に至るまで、山脈壁で無かった場所が山脈壁になる。そういう可能性はあるにはあるのだ。
せり上がる大地はひたすら天頂を目指し、そうして侵入不可能な高度へ至る。
「一応、学説的には、勢いよく昇った大地は、限界に至る前で一旦は落ち着き、少しずつ昇っていく形になるから、高度限界の高さになるまでは暫く猶予がある……って話でしたよね? みんな知ってる?」
主任観測士に言われずとも、それは分かっている。だから当時、まだその高度限界に達していなかった場所を、今もまたそうであるかもしれぬという希望の元、探し続けているのだ。それにしたって時間制限があるわけだが。
「だいたいの場所は記録に残してるから、この周辺である事は間違い無いのよねぇ。ただ、やっぱり地形そのものが大きく変わっている場所だもの。記憶を掘り起こそうとしても、記憶と形が違ってる」
ミニセル操舵士の言う通りだった。
これでも印象深い光景というのは忘れない性質であるが、だからこそ断言出来てしまう。当時とはまったく風景が違ってしまっていると。
「さて、副長……については、初めての光景だろうから仕方ないとして、他の諸君には期待したいところだ。特に主任観測士、君の目をな」
落ちた飛空船の再発見というのは、まさに観測士向きの仕事では無いか。前回の着陸時には、趣味にやや寄った仕事をしていたと聞いているから、今度は真面目な仕事振りを見せて欲しいところである。
「あのですね。そりゃあここにある観測機器っていうのは、中にはとんでも無く遠くまで見る事が出来るものものありますよ? ただ、無限の大地っていうのはまさに広いですからね。一点集中で見つめてたら、むしろ視野が狭くなって、地面に転がってそうな物は逆に見つけ辛くなるというか」
「だとしたら、視野が広くなる観測機器を使え」
「使っちゃあいるんですが……そうなると、飛空船の判別っていうのが難しくなって来てですね……もうちょっと艦の揺れ抑えめに出来ません?」
「文句だけは一丁前だけど、これ以上は無理。っていうか、さらにここに居るっていうのなら、もっと酷くなるわよ」
便利な道具というのもなかなか無いものである。ブラックテイルⅡ含めて、物というのには何時だって限界があるという事か。
(そうなると、限度の無い想像力や発想力が重要になってくるわけだが……)
誰か良い案は浮かびそうか? あえて言わずに視線だけ向けてみれば、皆、そんな案は思い付いていなさそうだ。
こうなればディンスレイ自身が、良い考えとやらを頭の中から引き出すしか無いのだろう。
「我々が見つけようとしているのは飛空船で、あれは確か……」
「何か思いついたの? 艦長?」
「あれ、中の光石の影響ではあったろうか、周辺環境に影響を与える類のものだったな? ミニセル操舵士」
「ああ。地面を削って洞窟みたいにしてたわね。確かにあれは光石の影響だって、当時は想定していたけれど」
その想定自体は間違いではあるまい。光石はその特殊性と秘めた力は甚大なもので、容易く周辺環境に変化をもたらす。
「例の飛空船の中にあった光石については、我々が持って行ってしまったが、力の残滓の様なものはあったかもしれない。落下したその場所で……その力の影響を周囲に伝播させてしまったとしたら?」
「ふむ? 私にはさっぱりな話ですが、飛空船そのものより、地形の外観なりで、特異な変化をしている場所を探してみればという話でしょうか?」
「その通りだ副長。周囲に影響を与えるという事は、影響を与えた範囲のみ、他とは違う風景になるという事だからな」
「だけどですよ? その影響ってのが無いか、範囲が狭いか、もしくは落下した飛空船が完全に壊れてたりすれば、そういうものだって見つけられないんじゃないです?」
何時になく弱音を吐いてくる主任観測士であったが、そんな言葉は鼻で笑ってやる。
「その様な状態なら、そもそも探す必要があるまい。ただの船の残骸を目当てにやってきたわけじゃあないぞ、我々は」
「そりゃもっともですね」
自身の吐いた言葉を飲み込んだらしい主任観測士は、周辺風景の観測を再開し始めた。というより、雑談を続ける間も、器用に仕事は続けていたのだ。
だからディンスレイとて、彼の評価を下げる事は無いし、軽口だって止めない。
自分は案を出したし、船員達は仕事をしている。となれば後は、運が回ってくる事を祈るのみだが……。
「おっと? マジか。本当にらしきものがあったかもしれない。艦長、あっち。艦前方を中心に、やや左斜め下です。まだ完全にせり上がって無くて、山脈壁の中腹で台地になってる……砂が目立つ部分がありますよね?」
言われて視線を向ければ、確かにそこだけ、周囲とはやや風景というか、山脈壁全体に対して色が違っている風にも見えた。
特異な光景と言えるだろう。
「あそこに、落ちた飛空船らしきものが見えたか?」
「それっぽい影……ですかね。今のところは。本当に影です。自信は無い。どうします? それでも向かってみますか?」
「そこまでの報告を受ければ、返せる答えは一つだけだよ。船内幹部会議を悠長に開いている場合でも……無いしな」
途中で、また艦が大きく揺れた。激しい気流が艦を襲ってきて、ミニセルが上手くそれを受け流したのだ。その動きだけでこの揺れである。
これで受け流す事も出来なければ、より一層、艦は揺れ、地面へ叩きつけられるか、空へと舞い散る事になるだろう。
決断はさっさとしておくタイミングという事である。
「はーい、じゃあ操舵士からここにいるみんなに尋ねるけれど、艦長に異論あるー?」
ミニセルの問い掛けに対して、意見を出す者は居なかった。勿論、ディンスレイがディンスレイ自身に異論あるはずも無い。
だからこそディンスレイは口を開いた。
「では、今より主任観測士が発見した砂の台地へと向かうぞ。上手く安定して、着陸出来る場所であれば良いがな」
「希望的観測って、今のうちからされると怖いんだけどー?」
「だが、やっておいて損もあるまい」
希望というのは見ていられる間は見ておくべきだ。どうせそのうち、裏切られてばかりになるのだから。




