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6 獣人の休息


「ミーシャちゃん、今日時間取れますか?」


唐突にエルシー様が切り出す。


いつもよりも騒がしいギルドの受付。しかしエルシー様はいつもの仕事服ではない。煌びやかな装飾はなく、色も派手なものではないシンプルな私服。しかしやはり美人な彼女には本当によく似合っている。


先日の迷宮制覇から数日が経った。半年の沈黙から蘇った【宝剣英雄エクスカリバー】の姿に王都全体は騒然。その効果は迷宮探索者から商人に至るまで様々な方面に効果をもたらした。


 本来、王都は世界樹を中心として人々が築き上げた都市。地方から訪れる旅人、迷宮探索者などが落とす資金。武器や防具、道具アイテムなどを武装品を売買を主とする商人の販売所、その土地などの貸し出し、探索者達が発掘(ドロップ)した鉱石や素材、道具(アイテム)の国外への輸出。等々が資金源である王都にとって、地下迷宮は一心同体。


 今回、【百六十六層】の制覇と【宝剣英雄エクスカリバー】復帰の朗報ビックニュースは瞬く間に全大陸へと知り渡った。遠方からの外来者は倍増し、彼に憧れる迷宮者も増加。商店や市場に大きな影響をもたらし、迷宮者に必要不可欠な武器と防具、鉱石や道具(アイテム)の輸入、輸出は王都のみならず大陸全土に多大なる経済効果をもたらした。一言で言うなら【宝剣英雄エクスカリバー】様様である。


 ご主人様は現在、城へと招待されている。理由は言わずもがな、今回の件に関する礼と少しばかりのお品物を頂戴するために。王族直々の招待状が届いた際の態度は浮き浮きで「すげーだろ俺、なあなあ!」と子供じみていてムカついたのでサンドウィッチにからしをたんまり塗りたくりました。私の料理は美味しいですよね? そうですよね?


「そうですね、ご主人様が不在なので楽をさせて貰っています」

「普段が大変ですからね、カイさんは」


 ご主人様の行動範囲は幅広い。彼をこの場に連れて来てくれと頼まれれば、私は不快極まりない表情をする事だろう。王都にどれほどの酒場や交流所があると思ってるのだ。一応、【鉄壁】と【宝剣】は一般的にも身バレしている。そのためわざわざギルドへと主人様の所在を探りに来る者も存在する。本当にエルシー様には頭が上がらない。

 話を戻すと、この後予定が空いているので私をお誘いになったそうだ。


「部屋の掃除と洗濯は終わりましたが、食堂の手伝いが」

「ああ、大丈夫よ。今日はお休みを頂いてるから」

「はい?」

「ミーシャちゃんも連日お仕事でお疲れでしょ? 折角の”お祭り”なんだからね、ね?」

「いや、あの……」

「じゃあ、行きましょうか!」


 ぐいぐい、と強引に入口へと誘導していく。見事に私の性格を利用された。








 迷宮制覇の翌日。王都では国を挙げた祭りごとを催すのが通例である。


 【制覇祭】と称されるそれは古来、迷宮制覇が過酷で多くの探究者を損失させる異業であった時代。地下迷宮ダンジョンに眠る死者の鎮魂を願う儀式として催されたのが始まりと言われる。その名残から現在、迷宮制覇を成し遂げた翌日に王都全土を巻き込んだ”祝祭”として人々の習慣となった。


 迷宮制覇で城下町が賑わいを見せる時、私は必ず街へ出向かない。人々の波と熱気はコミュ障の精神、前世で言う所のSAN値を激しく消費する。ある程度推測を立て、この日だけはギルドを一歩たりとも出ること事ない。その、はずだった。


 しかし、世話になるギルドの受付えるしーさまの願いならば無下に断ることも出来ない。ご主人様が随分と迷惑をかけている、英雄目当ての野次馬、冷やかしの類はどの世界にも存在する。その対応の殆どはエルシー様に投げっぱなしなのだ。

故に彼女の満面の笑みを浮かべた"お願い"くらいは受け止めねばなるまい。


「あ、エル。ここだよー」


聞き覚えのある撫で声に疑心感が増す。


「……ルルイエ様、何故ここに?」

「もちろん、祭りを楽しむためだよー”三人”でね?」


 祭りの賑わいが騒音に近いモノに感じる。止めどなく溢れる人の波の中で彼女の隣や背後を見ても、知人と思える者はいない。私とエルシー様を除いて。


「図りましたね?」

「いえ、私は祭りに行こうと提案しただけですよ? 三人で」


 彼女特有の意地悪な笑顔が、ここまで憎たらしく思えた事はない。と言うか、明らかに同行を強制されたのですが。


「んふふ、エルシーと色々相談したんだよ? 誕生祭は物の値段も安くなるし何より折角をお祭りなんだから」

「私もルルイエも心配しているんです。たまには肩の荷を下ろし、身を委ねてくださいな」

「……本当は私を”おもちゃ”にしたいだけでは?」


 二人ともにっこりと笑い、答えようとはしない。それは肯定と受け取ってよろしいですね?







 異世界に転生し、前世の価値観や感性を出さぬようにしてきた。

 自分にとって前世の【俺】と今世の【私】は同一。だが、生きる世界は違うのだ。前世を引きずり生きると言う器用な芸当は到底【私】にはできない。

 ですが、これだけは譲れません。




 元男わたしが女性と一緒に衣服店に入るのは間違っています。








「ミーシャちゃんは純粋で清楚なイメージ! だから私は純白のワンピース以外に考えられないの!!」

「甘いねー、エル。その裏をかいてギャップ押しの肩だしトップスとミニスカでしょ?」


 大通りから離れた衣服店。現在、大通りのテンポは外来人や祭りを楽しむ者達で溢れかえりとてもではないが歩ける状態ではない。彼女達も私に気を遣って、外れのこの店を選んでくれたのだろう。

 店内で言い争う二人の怒声が響く。私たち以外に客はおらず、一人で切り盛りされるだろう店主さんも苦笑いでこちらに会釈する。恥ずかしく、思わず俯く。


「まえっから思ってけどさ、慎重すぎるのエルは!! 折角着せ替えできるのにそんな丈の長いスカート……奉仕服メイドふくと同じじゃん!!」

「ふっ、愚かね。ミーシャちゃんの性格上、素肌を晒すような服を着るはずがない。それに白ワンピは絶対に似合うから、賭けてもいいのよ?」

「どちらも試着しません」


 まるで私が一着試着しますと言わんばかりの会話だが断じて違う。お二人は私の不同意に元、会話を続けている。

と言うかこの世界、食は発展してないのに服装ファッションは最先端を貫いているのでしょうか。俺の住む世界の大差ない種類とバリエーション、衣服店も王都だけで多様なバリエーションが揃っている。中世自体に、果たして下着専門店ジュエリーショップなど存在したでしょうか。


 ふと、思い出すのは主人様に仕え始めた頃。私の服を調達するため、悩む主人様はエルシー様に相談成されました。それが今、この事態を引き起こすきっかけとも言えるでしょう。


 ……エルシー様は異性に興味がないのでしょうか。様々な衣服を取り目を輝かせる彼女を見て、そう思った事がある。しかし、人には人の趣味趣向がある。一従者が踏み入れる領域ではないのだろう。

 決して、怖い訳じゃない。エルシー様の性癖が怖い訳ではないのです。

襲いかかる悪寒に耐えていると店員が近づいてくる。


「あの、良かったら試着いたしますか?」

「あら、いいんですか? ミーシャちゃん、白ワンピ着て欲しいんだけど」

「頑固として拒否します」


 必死の形相で言う言葉ですか。店員さんも引いているではないですか。


「こちらの獣人のお嬢さんへのプレゼントでしょうか?」

「ええ、そうです。【制覇祭】は迷宮に関わる物として、記念に近いですから」

「へえ、客様は迷宮関連のご仕事をなさってるんですか。では、彼女も……」


 私へと視線を移し、全身をくまなく凝視する。商品を値定めするような真剣な表情は流石、服屋の店員と言うべきだろう。

 しかし、一つ言わせて貰います。


「あの、肌に触るのはやめて頂けませんか」


躊躇する事なく私の肌をベタベタと触りまくる。その行動は異性ならば変態だが同性の場合……いや、普通ではないですね。


「ふむ、尊い」



何言ってるですか、この店員。



「お客様が彼女に入れ込む理由は十二分に理解できます。白く透き通るような肌と透明感、四肢と胸のバランスも整った最高の素材ですね」

「その上、人嫌いであがり症。クールに振舞ってるけど本当は恥ずかしがり屋」

「最高じゃないですか。一週間ほどお借りしても宜しいでしょうか?」


彼女達の会話に呆れ、会話に入り込む事すらできない。ルルイエ様も「始まったよ……」と諦めたようにお手上げポーズである。


「最高の素材には着飾りは不必要。だから私は白ワンピがいいと思ったんです」

「いえいえ、こう言うクールな子には攻めたほうがいいでしょう。派手なフリルとかで盛り盛りに……」

「なるほど、ギャップ萌え。貴女、分かっていますね」

「それ程でもありません。ただのしがない店員(おんなのこすき)です」


弾丸の嵐の如く、自身の世界に入り込む彼女達に私とルルイエ様は立ち尽くす。


「どーする、ミーシャ。今なら脱出する事も可能だけど」

「いえ、エルシー様にはお世話なってる。これは定めと受け止めています」

「君も損な性格してるよね。じゃあその間に私の選んだ服を」

「それとこれとは話が別です」





閑話休題。






「やっぱりミーシャちゃんには白ワンピ!」

「店員の身で少しでしゃばり過ぎました。予算や彼女の心情を考慮すれば妥当ですね」


気がつけば議論は纏まり、私自身も逃げられない状況に追い込まれる。白のワンピースを掲げるエルシー様はにこやかな笑顔でにじり寄り、背後には店員が逃げる事を許そうとはしない。初対面で意気投合しすぎでは? そんな心情の中、ふうとため息が漏れる。


「分かりました、試着致します」

「ミーシャちゃん……!! あ、会計お願いしますね」

「どさくさに紛れて購入しないで下さい」

「じゃあ私のトップスとスカートも」

「ルルイエ様」


周りの人間の暴走を収めつつ、試着室のカーテンを閉める。髪をかきあげ、背中の紐を緩める。この奉仕服はワンピースと同じく全身に纏う形なため、比較的楽ではある。しかし……。


「……可愛すぎませんか」


全体的にふわりとした素材に大胆な装飾も施されていない。襟元やスカートの端にフリルが付いている。が、しかし……これを着る勇気が果たして私にあるでしょうか?






ないですね。





 十六年の歳月は長く、ふとした時【俺】を忘れそうになる。大した人生でなく過酷で苦痛な記憶ばかりだ。しかし、未だに忘れたくないとは願うのは何故だろう。

 自分が自分で無くなるから? 【俺】が消えればミーシャと言う人格が別物に変化すると考えているのか?

 その程度で【私】の本質は揺るがない。では何故、抵抗するのだろうか。男の記憶に固執しても意味はないのに。


「ミーシャちゃん、大丈夫?」


 思考の波から目が覚める。不安な面持ちのエルシー様が顔を覗かせる。


「はい、少し考え事を……」

「……ミーシャちゃん」


先程までの表情とは違う。不安そうに目を細め、バツの悪そうになる。


「ごめんなさい、調子に乗り過ぎちゃって。ミーシャちゃんはこういうの苦手なの知ってたのに」

「……いえ」


 俯いて垂れた前髪を整える。こういうの、とは人との触れあいだろう。彼女とはご主人様に拾われてからの付き合いだ、昔の私を連想させてしまった。

きっと、真剣に悩む私は一年前と瓜二つだったのだろう。人に対し心を打ち明けられない、あの頃と。


 人の好意。前世では異常なまで飢えて懇願していたものなのに。不思議なものだ、真正面から受けるそれを避けてしまう。

 そんな”想い”を私が受け取ってはいけない。そう本能的に拒絶して。


「……嬉しいですよ」


 ポツリ、と自然と口にする。


「先日、ご主人様にも祝い品を貰ったんです。『出会って一周年記念』だって。嬉しくて嬉しくて、心が温かくなりました」


 心から実感できた瞬間だった。前世の自分が見たら、嫉妬で狂いそうな程に。

 私はここにいていい。言葉はなくとも言われた気がしたから。

 屈んだ身を起こし、裾のしわを払う。銀の髪色と白いワンピースの組み合わせは全身が一色に染まるみたいだ。不安と羞恥心で一杯な心境の中、尋ねる。


「エルシー様、この服……似合ってますか?」

「~~やっぱりミーシャちゃんカワイイ!!」

「ひゃぃ!?」


突然飛びつかれたので変な声が出てしまった。今の表情は真っ赤に染まっている事だろう。


「……確かにエルの言う通りだねぇ。ただの白ワンピで羞恥心と愛らしさを表現しきるとは。純粋すぎるでしょ」

「お客様、やはり尊い。私の選んだ服装も試着して頂いて」

「全力でお断りします」


現在進行形で湯気が出る程恥ずかしい。穴があったら入りたい気分なのに。

一世一代の勇気を振り絞り、レディースの衣服に袖を通すことなる。前世の自分は果たして予測出来ただろうか? いや、出来るわけないですね。

だから、もういいだろう。そう自分の中で溜め息を吐き、奉仕服に着替え直そうとする。


「じゃあミーシャちゃん、大通(メイン)りに歩きに行きましょうか」

「……えっ?」


私の休暇日(じごく)は始まったばかりだ。




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