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7 灼熱英雄と従者


 【制覇祭】は様々な方面に置いて多大なる貢献をもたらす。迷宮制覇により大陸全土から流れ込む外来人、及び観光客の落とす通貨かねは通常の収益の十倍を超える。それこそ、この世界に置ける地下迷宮ダンジョンの偉大さと影響力を物語っている。


 故に、王都に商店を構える者達にとってこれ程の稼ぎ時はない。制覇記念にと地方から行き交う人々に売る品々の物価は下がり、客の回転率も高まる。通常時に売れない様な物も人々は「せっかくだから」「いつもより安いから」と財布の紐を緩め、購入する様は日本人の特性に似ているように映る。

 行き交う人々の中には華やかに着飾り、城下町の大通メインりを練り歩く人々も少なくはない。時に美しく、時に可憐で、時に大胆な服装の数々。下心丸出しの野郎たちは性欲を持て余し、サルのように凝視する。この光景を見るために訪れる亡者へんたいも一部存在する事だろう。


 そんな女性の中で一際目立つ集団。三人の全てが美人と言える風貌に加え、自然体にも関わらず綺麗かつ煌びやかであった。力を入れた衣服を纏うわけでもない、しかしすれ違う人々は彼女らに振り向き感嘆を漏らす。


 その中央、身長差があるエルフ二人に挟まれるようにして歩く狼族ウルフの少女は、浮世離れした容姿をしていた。白いワンピースが銀色の銀髪と調和し、どこか浮いたような不思議な神秘的魅力があるのだ。彼女を目にし人々は時に驚き、呆然とする。しかし、当の本人は俯いたまま顔を上げようとしない。


「どうしてこのままなんでしょうか?」

「いいじゃない、さっきは嬉しいって言ってくれたし」

「確かに言いましたけど……」

よりによって、人が一番多い日に出歩く事は……」


 私は赤面した顔を俯かせ、エルシー様の手を強く握る。先程から感じる視線は間違いなく私達、いや私に向けた男性の視線だ。

 ギルドでも少なからず感じる事はある。その度に女性として背筋が凍るような悪寒が通り抜ける。粘っこく、自身の欲求を隠そうともしない”それ”を。両方の性別を経験する身として、気持ちは理解できる。誰であって男ならば可愛くて、露出度の高い女性には興奮するものだ。故にタチが悪い、自分もこのような下劣な視線で世の女性たちを苦しめていたのかと。駆け巡る羞恥心と自己嫌悪で脳内が噴火しそうだ。


「大丈夫よ、ミーシャちゃん。性欲丸出しで舐めるように見つめる野郎チキンは害虫以下。何も気にする必要はないわ」

「エルってさ、仕事と私生活の裏表激しすぎない?」

「あら、そんな事ないわ。仕事は仕事、休みは休みってちゃんと割り切ってるだけ。第一、なんで休みにも喋りたくもない男共と喋る必要があるの?」

「熱烈なファンが見たら幻滅しような言葉だねー。一人の女性として引くわ」

「大丈夫、私の愛好会ファンクラブの人達はそういう所も見抜いてるだろうし」


 直接調教してもいいんだけどね、とぼそりと呟く言葉を獣人特有の聴覚の良さを呪いたくなりました。私は何も聞いてません。


 制覇祭での人通りの多さは折り紙つき、人と接触スレスレで歩むを進めるため、時折身体がぶつかってしまう。

 ぽすん、と腰あたりに何かがぶつかる。慌てて足を止め、ぶつかった物の正体を確認する。


「ごめんなさい、怪我はありませんか?」

「……うん」


 会話に集中して、注意が散漫になっていた。尻餅をつく幼児を持ち上げ、スカートについた砂を払う。腰まで伸びる淡い空色の長髪。ひょこりと現れる尻尾は猫のようで、髪の先端はくるりと丸まって癖ッ毛のある。愛らしいお嬢さんだ。


「どうしました? 迷子でしょうか」

「……しゅりょうさまがいなくなったの」

「首領様?」


その時、人混みの中大きな声と共に手を掲げ近づいてくる人物。人の波に逆らい大慌てで向かってきたようで、髪の毛が逆立っている。


「ルニ、こんな所にいたんすか。ダメでしょう、俺の手を離しちゃいけないって」

「ごめんなさい」


 しょぼん、と項垂れる彼女に駆け寄る獣人。金色の短髪にピンと立った獣耳につけるピアス、全身から醸し出す雰囲気はちゃらけた美青年と言う所か。


「保護者の方ですか?」

「ああ、そうっす。すいません、ルニが迷惑を掛けたみたいで……」


 こちらの存在に気付き、低姿勢で屈託のない笑顔を振りまく。その姿はどこか抜けておりよく言えば天然、悪く言えばアホっぽい。


「……」

「あの、大丈夫ですか?」


 私と顔を見た瞬間、目が見開き硬直。ウサギのように赤く輝く瞳はじっと私だけを凝視し、離そうとしない。


「……綺麗っす」

「はい?」

「友達、いや結婚を前提にお付き合いしてくれないっすか。一生のお願いです」


 いきなり膝をつき求婚を願われる。突然の出来事に脳内は思考停止状態。


「あら、熱烈な獣人の青年。私は嫌いじゃないわ」

「世の男子全員がこれだけ素直だといいのにねぇ」

「ええ、まったくよ。粘っこくジロジロ見つめる男が一番腹が立つわ」


この状況を傍観し、ただ友人と駄弁るエルフが二人。この状況を打破してくれると期待した私が馬鹿でした。


 前世、異性に好意を抱かれた経験は一度、二度ある。しかしその子も一生の一度ある気の迷いだと気付いただろう。数日もすれば好意の気配は消え去り、影も形もなくなったが。


 などと思考していると、青年の後頭部を誰かが殴りつけた。


「何をやってんのよ、ケルベ」

「いたっ、何するんすか首領!?」


 後頭部に拳骨を貰った彼は悶絶し、苦言を漏らす。その原因を作った少女はため息を吐き、私の方を向いた。


「ごめんなさい、ウチのバカが迷惑かけたわね」

「……いえ、そんな」


 纏まらない思考の中、私は彼女の姿に動揺していた。祭り事に軽装ながら防具と武器を纏う紅蓮の髪を持つ少女。赤毛などでなく、宝石や絵の具のようにに染まる紅色。美人ではあるが少しツリ目が特徴的な、その彼女を知っていたのだ。


灼熱英雄フレイヤ】。王都に存在する三大勢力の内の一つ、探索者達メイズファミリアの団長にして王都の民、迷宮を憧れる者達から随一の人気を誇る【キャロル・エマール】。

彼女を語る上で必要な要素の一つは探索者達の団内に置ける、信仰に近い信頼関係が挙げられる。彼女、数年前に設立し短期間で王都を象徴する探索者達の一つとなった。最大の要因は種族を問わない、寛容な心持ちだろう。種族にはそれぞれ長所や短所を所持する。しかし、彼女のファミリアの九割は獣人が占めている。種族の特性から集団の統一がしづらく、自身の感情と考えを貫く頑固者の烙印を押される。が、しかしキャロル・エマール率いる探索者達ファミリアに団としての崩壊はなく、確実な実績を積み上げている。


「あっ、キャロルじゃん。やっほー」


 友達ですと言わんばかりの挨拶と共に、ルルイエが顔を出す。


「ルルイエ、貴女何やってるのよ」

「もちろん、遊びに来たに決まってるでしょ? 折角のお祭りなんだし」

「まったく、カイと言い貴女と言い、英雄の威厳ってものを保てないのかしら」

「そんなものないからねー、私達には」


 硬直する私を横目にルルイエ様はまるで友人の如く気さくに話しかける。英雄同士の交流は珍しい事であり、ご主人様や彼女らのように気さくに会話する場合は拝見した事はない。ご主人様とルルイエ様は例外に近いですが。


 ふと、キャロル様が私を見つめる。


「失礼だけど、獣人の貴女。もしかしてカイの従者かしら?」

「っ、はい」

「やっぱりね、噂では聞いてたけど相当の美人さんね。女たらしのあいつが好みそうなこだわ」


 緊張で舌が回らない。だがそれ以上に気になる事がある。


「ご主人様をご存知なのでしょうか?」

「ご存知も何も、同期の探索者仲間だからね。あいつ、言ってなかったかしら?」


 呆気らかんと口にする彼女。その言葉にどこか私は虚無感を覚えた。


「あいつ変なところで意地っ張りな所があるのよねぇ、頑固で負けず嫌いのバカだから」


 自然と笑いかける。その表情は自分が浮かべていた真面目で強面な印象とは真逆。爽やかな大人の女性に映った。私の肩を手を置く手のひらは随分と暖かく感じられる。


「じゃ、またの機会にね。宝剣英雄のお姫様プリンセス

「なっ!?」


 唐突な言葉に赤面し、獣耳が逆立つ。当の本人は笑顔のまま迷子の二人を引き連れ去っていく。

お姫様、お姫様って何ですか……。もしかして私に言ったんですか、そうでしょうけど。

世間の【灼熱英雄】の印象イメージはカリスマ性が溢れる真面目な団長。しかし、今接した灼熱英雄、キャロル・エマールはお茶目溢れるお姉さんのようで……。


「変わんないなぁキャロルも。あれ、どしたの?」

「あらら、ミーシャちゃん。完全に固まってるわ」


 呆然と立ち尽くし、人々の通行の邪魔となる。その怪訝で迷惑しうな視線すら気にならない程に、顔が噴火する気分だ。

二度と制覇祭に表を歩かない。そう、心の中で誓った。



 城下町を賑わす人々の流れ、祭りの雰囲気ムードと活気に溢れた大通りに不自然な隙間が生まれる。その正体は探索者達メイズファミリア。数百規模の団体として移動する彼らの威圧感プレッシャーに呑まれ、自然と道を避ける。彼らの圧倒的な強さを自然と感じるとかの如く。


「いやぁ、美人だったすね彼女。もう獣としての本能が荒ぶりましたよ!!」

「その言葉、もう数十回は聞いた」

「なんすか、ルニ!! 君は構ってもらって羨ましい……!! 俺なんか引いた目で見られたんすよぉ」


 その先頭、獣人の集団を統べるように歩く三人。紅蓮の髪を揺らす人間の少女、金髪の狼族ウルフと十に満たぬだろう淡い青色の毛先を持つ猫族キャットの獣人の二人。後方に仕える者達は傭兵のように黙り込み口を出そうとはしない。ただ、その三人だけは違いまるで会話を楽しむ家族のような親しみやすいが感じられた。


「首領さま、ケルベがメンドくさい」

「ルニまで軽蔑する〜」


 金髪の男、ケルベはルニと呼ぶ幼児を抱き上げ、顔を擦り付ける。一人の男が幼女片手にガチ泣きする光景に、少女は関わろうとしない。その扱いは慣れているようで彼女にとっては日常なのだろう。


「ほら、バカな事してんじゃないの。私たちは別に遊びに来たわけじゃないのよ」

「ちぇ、なんスカ。折角の制覇祭なんだから女の子ナンパしたって……いやいや、俺はあの人一筋と心に決めたんすよ」


 ぶつくさと思考の波に溺れる彼を尻目に、幼児は拘束から自力で脱出する。


「首領さま、抱っこ」

「ハイハイ」


 ねだられたのでため息を吐きつつ応える。その光景は家族の世話をする母親のようだが、決してそういう訳でない。これが彼女の【灼熱英雄フレイヤ】のファミリア、その日常なのだから。

 ふと背後を振り返る。キャロルの映る光景には目当ての者、銀髪の獣人はいない。名残惜しくポツリ、とキャロルは呟く。


「……カイの従者、ね」


 その思考に浮かぶのは【宝剣英雄】の従者、唯一の編成として名高き銀髪の獣人。

 一年前、唐突に従者とし同行を始めた。彼の足枷になるどころか、迷宮制覇に貢献する彼女を一部の探索者はこう称した。





純白ピュア戦姫ヴァルキリア】。





 宝剣英雄、唯一の編成パーティの彼女は着実に、その名を王都中へと広めつつある。

 

一週間投稿が限界だと悟りました。

一万PV&ブクマ100件ありがとうございます。

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