メイド様、長弓を教わる
運動場の一角。私のいる場所から60メートルほど先に丸い的が立っている。直径1メートルほどある大きな的なのだがこれだけ距離が離れるとさすがに小さく見えるわね。
弓を引き絞りその的を一度狙い、そしてその角度を上げていく。風は横風、南から1メートルくらいかな。
修正。
この風を読むっていうのが難題だ。自然だからいつも一定の風が吹いているわけじゃない。ここから60メートル先の的に当たるまで数秒、それを予測し方向を微調整しなければいけないのだ。
修正。
そして矢を放つ。手から自然と離れていくようにそっと。変な力が入るとあらぬ方向に飛んでいってしまう。弦の力のみが矢にかかるようにそれが理想らしい。
矢が大きく弧を描きながら的に向かって飛んでいく。そして的の端に刺さった。
「うん、距離は十分にあっているし、今日は風を読むのが難しいからね。いいんじゃないかな。」
「しかし、これではまだまだ使い物にはなりません。」
ジョゼ先輩が私の言葉にちょっと苦笑いをする。あんなに大きな的で、しかも全く動いていないのだ。実践で使えるかと言われれば、それは否だ。もし使えるとしたら相手が集団で突撃とかしてきた時にとりあえず当てるくらいしか使い道が思い浮かばない。
「半年でこの的に当てるだけでも十分すごいことだけどね。」
ジョゼ先輩が背負っていた弓を調節するように数回引くと、矢をつがえて狙いを定める。そして放たれた矢は綺麗な放物線を描きながら的の中心へと当たった。
「お見事です。」
「まあね、小さい頃から習っているしこのくらいは出来ないと。」
先輩の動きのトレースはほとんど出来ている。私はもう一度神経を集中させ、弓をつがえた。
こうやって先輩に弓を習っているのには訳がある。それは対抗戦の後、先輩たちが罠学の教室へと入ってきた日の授業の終わりから始まったことだ。
対抗戦が終わり、罠学の教室へ行くとそこには3人の先輩方がいた。エカテリーナ先輩とジョゼ先輩と確かラウロ先輩だ。ラウロ先輩は直接自己紹介されたわけではないが、一応この学校の生徒の名前と顔はほぼ一致しているので間違いはないと思う。
「こんにちは。何かご用事ですか?」
対抗戦で全員と直接戦闘をしているため何か私に用事でもあるんだろうか思ったのだが話を聞くと罠学の教室へと変わるために来たらしい。軽い自己紹介を済ませ、時間になったので席に座っていると少し遅れてスタウト先生がやってきた。
授業として再び自己紹介をし、スタウト先生が3人のために基礎の授業から始めると言ったのでそれを了承し、私は1人スタウト先生が用意してくれた罠の種類の書いた百科事典のような本を読み始める。スタウト先生の授業を先輩たちは真剣に聞いていた。
スタウト先生の授業はたまにいい加減なところがあるが基本的にはわかりやすい。本だけではなく、実物を見せたりしてイメージをしやすくしているのだ。これはスタウト先生自身が罠の知識をつけるときに、本だけだとあまり良くわからなかったことが、実際の迷宮で実物を見たら簡単に分かったという経験を元にしているらしい。
前に授業を褒めたら、ちょっと得意げに教えてくれたのだ。
それはそうと、今日のスタウト先生の授業はすごく真面目だ。いつもなら途中から面倒になってきて説明がいい加減になってきたりするのだが、それが無い。まさか中身が入れ替わっているんじゃあ、ってそんな馬鹿なことを考えてないで本に集中しよう。
でも後で教室の存続が決定したかは聞いておかないとね。
スタウト先生の基礎授業が終わり、先生が出ていこうとしたで慌てて呼び止める。
「先生、例の教室の存続の件ってどうなりましたか?」
「ああ、とりあえずは大丈夫だ。俺もちょっと思う所があってな。これからは真面目に授業することにした。新しい3人もいるからアンには苦労かけるかもしれんがよろしく頼む。」
スタウト先生がとても真面目な顔をしている。うん、学園の先生としてはこっちのほうが正しいのかもしれないけど・・・
「熱でもありますか?風邪はひきはじめが肝心ですよ。」
「うるせぇ。俺だって考えることがあるんだよ!」
うん、なんとなくこっちのスタウト先生のほうが私は好きだ。スタウト先生がちょっと拗ねながら出ていくのを笑顔で見送った。
「あの、ちょっといいかな。」
背後から声をかけられる。この声は・・・
「何でしょうか、ジョゼ先輩。」
くるりと振り返ると想像通りの人物が立っていた。長弓教室で王をしていたジョゼ先輩だ。まさか後輩が私を倒すと言っていたのに自分が罠学の教室に入ってくるとはちょっとびっくりしたのだがなにか考えがあるんだろう。たぶん。
「アンジェラ、不躾なお願いであることは重々承知しているんだが、話を聞いてくれないか?」
「とりあえず話を聞くだけなら大丈夫ですよ。」
そう私が言うとジョゼ先輩はホッとした様子で胸をなでおろした。あれっ、私ってそんな話さえも聞かないように思われていたんだろうか?噂はいろいろひどいのが流れているみたいだけれど、メイドだし、普通に考えたらそんなことがないってわかるはずよね。
ジョゼ先輩が深呼吸して、意を決したような顔で話し始める。だからそんな怖くないから。そんな風にされるとちょっとへこむわね。
「君に僕の指導を受けて欲しい。」
「はい?」
えっと、どういう意味だろう?先輩の指導って言ったらもちろん罠学じゃないわよね。あるとしたら弓だけど、それは意味が分からないし・・・
「弓のってことですか?」
私の言葉に先輩がうなずく。
うーん、ますます先輩の意図がわからない。確かに先輩が私に指導することって言ったら長弓のことになるんだろうけど、どうしてそうしたいのか考えても妥当な答えが見つからない。
対抗戦で戦って倒して、後輩が私を倒すと宣言して、罠学に入って、私に弓を教える。
うん、整理してみたけれどこの人の行動原理が意味不明だ。
私がそう考えて首をひねっていると、先輩が少し笑ってこちらを見返してきた。
「あぁ、意味がわからないって顔をしているね。うん、確かに自分に同じことが起こったら同じように意味がわからないと思うだろうし当然だ。」
「それでは、先輩の意図を聞かせていただけますか?それ次第で申し出を受けようかと思います。」
まあ教えてくれると言うなら教わった方が戦術の幅は広がるし、対弓用の戦いについての研究も出来そうだ。王をしていたぐらいだからジョゼ先輩の腕は長弓教室でも上位だったはずだし教わるのにはもってこいだろう。
先輩が私を見て、一度顔を上げ、空を見上げてから再度私を見る。
「そうだね。私はこの学園を卒業したら実家の道場を継ぐことが決まっているんだ。そこでは弓の指導を代々していてね、私もこれからは指導者として後輩を育てていくことになるんだ。」
「そうなんですか。」
私のあいづちに先輩がフフッと笑う。
「そうなんだよ。そこで本格的に指導する前に学園で教える練習をしておきたいんだよ。長弓教室に入る生徒は既に弓の経験があるからね。その点、君なら全くの初心者だ。迷惑でなければ私につきあって欲しい。」
ジョゼ先輩の言葉に嘘は無いと思う。だけどその瞳をじっと見ていると何かそれ以外にも意味があるような気がした。でも・・・
「メイドの仕事があるので毎日は無理ですが、それでもよろしいですか?」
「ああ、君に合わせて指導方法を考えるのも練習の1つだ。」
「わかりました。よろしくお願いします。ショゼ先輩。」
先輩に頭を下げる。こうして週一回、私とジョゼ先輩の長弓の訓練が始まったのだった。




