メイド様、リベンジマッチを受ける(2)
ラウロは全力で走っていた。この戦いにおいて時間は自分の味方ではない。
罠を張るということはどうしても時間がかかるものだ。それが見つかりにくかったり効果的なものであればあるほど慎重な作業が求められる。それはラウロ自身が罠学を学ぶようになって身を持って知ったことだ。
森は狭いといっても2人で戦うには十分すぎるほど広い。どこから侵入するかわからないから最初はある程度まんべんなく簡単な罠をはっているだろう。奇想天外なように見えて基本に忠実、それがラウロから見たアンジェラの評価だった。
つまり時間が経てば経つほど罠の構造は複雑になっていき、解除にも時間がかかるようになってしまう。そして罠はアンジェラを見つけない限りどんどん増えていく。アンジェラとラウロにはかなりの実力差がある。それはラウロ自身も自覚していた。
自分が解除できないほどの罠を十分にはられた段階で負けが決定する。だからこそこの勝負は時間との勝負。いかに早くアンジェラを見つけるかが肝なのだ。
右腕にはめた腕輪がキラリと光る。あの時と同じ重みだ。まだそこには1つの光もついていない。
「あの時と同じ、か。」
あの時の自分と今の自分はかなり変わってしまっている。剣についてももう一度自分で見直し、Sクラスを指導に来ていた騎士の方に頼み込んで相手をしてもらい、あの時よりも強くなっていると言う自覚はあった。慢心も消え、罠に関しての知識もつけたがそれでもアンジェラに通じるかはラウロにはわからなかった。
ラウロは進んでいた。しかし心のどこかがこの場所に囚われたままであったのだ。それを振り切り、前へとそして騎士として進んでいくためにこの場所への思いを断ち切る、それがラウロの決断だった。
森の前へとラウロが立つ。
定石で言えば前回と同じ正面からではなく、違う場所から侵入すべきであろう。しかしあえてラウロは同じ場所から入ることを選んだ。アンジェラがおそらくラウロならばそうするだろうと判断することはラウロも予想がついている。しかしそれでもラウロはそうするべきだと思ったし、実際にそうした。
そこにあったのは「ここから罠の森」と書いた看板だった。丁寧に木に紐でぶら下げられている。それを見てラウロは懐かしく思った。自分の騎士剣クラスとしての終わり、そして罠学クラスの始まりと言ってもいいものだ。
ラウロは躊躇なくそのロープを切り落ちてくる看板を受け止める。その看板の後ろにはビンに入った液体がくくりつけられていた。そして1枚の紙も。
「よろしくお願いします。ラウロ先輩。」
その紙にはそれだけが書かれていた。それを見てラウロの顔に笑みが浮かぶ。アンジェラも味な真似をするものだ、と。
その手紙はアンジェラがラウロの行動を予測していたこと、そしてあえて前回と同じ罠を用いたということを表していた。決して彼を馬鹿にしているわけではない。ラウロの気持ちを酌んでそうしたのだろうと、半年以上一緒のクラスで過ごしたラウロにはそう思えた。
液体の瓶を慎重に地面に置き先へと進む。この先は前回到達できなかった場所だ。ただ勝利を望むなら事前にこの森を調べ尽くせばいい。しかしラウロはそうしなかった。あくまで前回と同様の条件を望んだのだ。
慎重にしかし素早く、ラウロは森を進んでいく。
アンジェラの得意な罠はロープや糸を使用した罠だ。アンジェラがただ勝つことを目指すならこの森中にあの眠り薬を撒けばそれで事足りる。罠学の授業中にその薬の効果と、その効果がアンジェラに対しては全く効かなかったことをラウロは知っていた。シンリー様のメイドですから効きません、とアンジェラは言っていたが、そんな馬鹿な話はあるか!とジョゼ一緒に後で愚痴ったのを覚えていた。
しかしアンジェラの性格上、そんな真似はしないだろう。眠り薬を使うにしても先ほどと同じように罠と併用するはずだ、ラウロには確信があった。
ラウロが目の前に見えている細い糸に引っかからないように跨ごうとして、足を止める。ちょうどラウロが足を置こうとした位置にもう一本透明な糸が設置されていた。
スタウト先生が教えてくれたスライムの体液と魔石を砕いたものを混ぜて作った糸だ。丈夫でしかも透明なため罠を設置するときに非常に役に立つ物だ。スタウト先生が昔、罠の勉強をしていた時に古い文献で見つけたものらしくスタウト先生自身も自分以外に使っている者は見たことがないと言う話だった。
糸の先は木へと続いており、それを踏むと木の影から粘着性のある液体が飛び出してくる仕掛けだった。足を伸ばし、糸を踏まないように回避する。
ラウロは必要な時以外は罠の解除はしていなかった。その理由は明白で時間を短縮するためだ。一見すると罠を解除していったほうが後の探索に有利と思われるかもしれないが、簡単に解除しただけではそれを再利用されてもう一度罠をはられてしまうし、逆に使えないように完全に解除していては無駄に時間を食う。
そうラウロは判断していた。そしてラウロの考えは正しい。森の中心部、アンジェラがいるであろう方向に進むに従って罠の難易度は上がっていっていた。
「さすがアンジェラだな。」
目の前にある罠を解除しつつ、そうラウロは独りごちる。罠の解除はなかなか進まない。アンジェラの腕が良いということもあるのだが、ラウロがアンジェラの襲撃に備えていることもその理由だ。罠に集中しつつも周囲の気配を探ると言う、相反することをしなければいけないのだ。
そう言いながらもラウロの顔には笑みが浮かんでいた。罠の難易度が上がっているということはこの先にアンジェラがいるということに他ならないからだ。
「待っていろよ。」
森のほぼ中心。周りを罠で囲んだ、少し開けた空間で私はただ待っていた。罠は十分に仕掛けた。それこそ、ラウロ先輩を罠だけで倒すつもりで作ったものだ。ラウロ先輩が手加減されることを望んでいないのはわかりきっていた。だからこそ本気で仕掛けたのだ。
待っているのはこれ以上罠をはるよりも待っていた方が安全だからだ。難易度の高い罠を張るためにはそれなりの集中力を使う。余程のことが無い限り私がラウロ先輩の気配を見逃すことは無いはずだが万が一のことを考えた。手加減ではない。
足音が近づいてくる。
「こんにちは、ラウロ先輩。ごきげんいかがですか?」
ラウロ先輩に対してスカートを摘み一礼する。ラウロ先輩の装備は汚れていたが腕輪の光は1つ点いているだけでまだまだ2回の余裕を残していた。もうすこし行けると思っていたんだけど、ちょっと悔しいわね。
「ああ、アンジェラ。待たせたみたいだな。では始めようか、あの時の再戦を。」
「はい、もちろん。」
ラウロ先輩が剣を抜く。あの時と違い今回使用しているのはラウロ先輩が普段から使用している剣だ。私も同様に剣を抜いた。
構えながらお互いを見合う。その時ふと、ラウロ先輩がほほ笑んだ。
「そういえば名乗ってなかったな。元騎士剣クラス、現罠学クラス3年、ラウロだ。俺は騎士として先へと進むためアンジェラ、君を倒す。」
その言葉を聞いて私も笑う。そうね。
「罠学クラス1年、アンジェラです。シンリー様付きのメイドとして負けることは許されておりません。ご容赦ください。」
私も名乗りを上げた。儀式のように剣を顔の前に掲げ、そして戦いが始まった。




