白狐様、40階層のボスと会う
「じゃあ、行くわよ。」
シャロの言葉に皆がうなずく。スタウト先生は嫌そうだが、さすがに生徒だけを行かせるわけにはいかないとついてくることを了承した。本当にしぶしぶといった感じだったけど。
シャロが迷宮のボス部屋の扉に手を掛ける。扉がゴゴゴゴっと大きな音を立てながら開いていく。40階層のボスと戦うのは私たちが最初だろう。全く情報が無いことが不安ではあるが、ここまでの階層の様子を見てもアンデット系だろうし、光魔法を使えるリーゼとシンがいるからおそらく問題は無い。
開き切った扉の奥には何もいない。入ってからボスが出てくるようだ。一応警戒のため私を先頭に近接系の2人、そして後衛の3人、一番後ろにスタウト先生という順番で進んでいく。全員が中に入った瞬間、真っ黒なもやが数メートル先に現れ、私の全身の毛が逆立つ。
これはまずい!!
「シンリー!!」
叫ぶ。ただそれだけで私の意図をシンなら読んでくれる。全力で【魔気変換】。もう隠すとかそういう余裕はない。拳に全力で気を集め、壁をイメージした気弾を放ち全力で後ろへと飛ぶ。
「ハッ!!」
「『ホーリーサークル』」
私が下がるのと同時にシンを中心に魔法が発動する。光魔法の『ホーリーサークル』。物理、魔法問わない円形のドーム型の結界魔法だ。特にアンデットのような闇属性の攻撃を防ぐ力が強い。そのドームを覆うように紫色の煙が辺りを包んでいく。
気配を探るがあいつが動く様子は無い。この煙で倒したと思っているのかはわからないがこちらにとって都合がいいことは確かだ。
Sクラスの面々の顔を見る。その顔はいつものような自信満々と言った顔ではなく、難しい顔をしている。それも仕方がないのかもしれない。
「どうする?」
話しを進めるために先を促す。ホーリーサークルもタダで維持できるわけではない。シンの人並み外れたMPならしばらくは問題がないが、あくまでしばらくだ。このまま無為に過ごすことは出来ない。
「いやードラゴンゾンビとはまいったね。」
シンがわざと軽い調子で話す。その声に特に震えなどは無い。だって私たち2人はあれよりも怖いものを知っている。
煙とともに現れたのは巨大な体を腐らせ、体液を滴らせたドラゴンゾンビだった。その片目は無く、ところどころ骨が見えていた。そして現れた直後、その首を持ち上げブレスの動作に入ったため、気弾でそれをそらしそのブレスの余波をホーリーサークルで防いだのだ。本に寄ればドラゴンゾンビのブレスは呪い、猛毒、痺れ、混乱、腐食などの状態異常を誘発する。このホーリーサークルが無ければすでに壊滅していただろう。
「ここから出るっていうのは厳しいかい?」
サークルの外の煙を見ながら言うミスミに対してシャロが首を振る。
「無理ね。普通に出ればそのまま倒れて死ぬわ。」
「ならばこの場から攻撃するしかないでござるな。」
刀を抜こうとするカナタに対して、シンからストップがかかる。
「うーん、それはやめてほしいかな。今は追撃が無いからいいけど、攻撃されたら多分破られると思うし。」
「どうしましょうね~。」
4人が頭を悩ませている。私は何となくこうするしかないかなと言う案があり、シンを見るとうなずいている。まあこれしかないわよね。
「おいおい、逃げればいいだろうが。扉は内側からなら開くはずだぜ。」
スタウト先生の言葉は正しい。ボス戦の利点は外側から扉を開けることは出来ないが内側からなら開けることが出来、逃げられると言うことだ。ただ・・・。
「今は動いてないからいいけど、それをドラゴンゾンビがわざわざ待ってくれるとは限らないんだよね。」
シンの言った言葉が全てだ。ダンジョンの魔物は基本的に相手を殺すように行動してくる。みすみす逃がすようなまねはしないはずなのだ。
まあ戦うにしても、逃げるにしても私のやることは変わらない。装備をすべて外し、マジックバッグに入れるとシンリーに向かって渡す。ここに居るメンバーで人物鑑定を持っている者はいないので問題は無い。いきなり普通の服の姿になった私に、視線が集まる。
「何をするつもり?」
シャロの言葉にニヤッと笑う。実際どこまで自分の実力が通じるのかはわからない。しかしそのことを知らせて不安に思わせることも無いだろう。今は何もしてこないがこの先もそうかはわからないのだから早めに動かなくては。
「行く。」
それだけを告げて出て行こうとする。その私の肩をがしっとミスミが掴んだ。
「話を聞いてなかったのかい。出たら死ぬんだよ。」
そういったミスミの顔は真剣で、私のことを心配しているのが丸わかりだった。味方を守るその思いが詰まっていた。
「私には効かない。」
「なに!?」
「状態異常は効かない。」
驚愕したSクラスの4人とスタウト先生を残し、ホーリーサークルの一番端に行く。シンに目で合図するとシンがうなずいた。後はシンに任せよう。
「じゃあ行く。後は相談して。なるべく早く。」
そう言い、壁の外を向く。パリンと何かが割れるような音がして目の前の光の壁が消えうせる。
「『ホーリーサークル』」
背後でシンが再度魔法を発動する音が聞こえた。後は皆に任せよう。私が出来るのはあいつの注意を引き付けることだけだ。
煙の中を先ほどドラゴンゾンビがいた方向とは90度違う右方向へ駆ける。真正面から向かって再度ブレスでも吐かれたらシンたちが危ない。来ている服がボロボロと崩れていく。私は【全異常耐性】により問題は無いが、やはり服は耐えることが出来なかったか。銀貨数枚したちょっとお気に入りの服だったんだけどなと貧乏性が出てしまう。
ものの数秒で煙を抜けそいつと対峙する。煙を抜けてきた私を驚いた顔で見ているような気がするが、ゾンビに感情なんてあるんだろうか。まあいい。
私は私の役目を果たすだけ。メイドとしてご主人様が判断する時間を稼ぐ!
ドラゴンゾンビに向かって駆ける。動き自体はそこまで早くないし、なにより普通なら致命的な状態異常は私には効かない。こいつに私を倒すことは出来ない。でも私にもこいつを倒すことは出来ない。可能性としてはこいつの中にある魔石を砕いてしまえば倒すことが出来るかもしれないが魔石があるのは体内の奥深くだろう。いくら【魔気変換】でも腐ったとはいえ硬いドラゴンのそしてどこにあるのかわからない魔石を攻撃するなんてことは奇跡が無い限り無理だ。だから・・・
噛みついてきたドラゴンをかわし、その首へと拳を振り下ろす。首と頭が地面に叩きつけられるがその殴った感触に私は苦笑いする。
硬い、そして効いていない。
普通ならあそこまで叩きつけられれば脳震盪でも起こしそうなものだがそれもない。この一撃でわかってしまった。私の攻撃はこいつにはあまり通じない。先ほど殴った場所もだんだんと元に戻ってしまっている。
振り下ろされる爪、飛ばされる体液それらを避けながら、せめて露出している骨などを折るように拳を振るっていく。骨は固く、なかなか折れそうになかった。
シン、早いところ判断してちょうだい。こっちは決め手がないわ。
心の中で何とかしてくれるだろうと確信しているご主人様にそっとエールを送った。




