メイド様、対抗戦出場を決意する
努力が迷走しているという名言をいただきました。
悔しいのでいつかリベンジします。
とりあえず新章です。どうぞ。
カナタが上段に構えたままこちらに向かって走って来る。やはり早い。全力を出せない今の状況では絶対に勝てない速さだ。
「ふっ!!」
腰のポーチから取り出した小石をカナタに向かって3つ投げる。
「おっと、危ないでござる。」
いや、危なくなんてないでしょ。余裕でかわしてるじゃない!!
投げられた小石をひょいっと避け、そのままのスピードでこちらに斬りかかる。
「はっ!!」
木刀でカナタの上段からの振り下ろしを受け流しつつ、側面から回し蹴りを放つ。
ビュンっといい音を立ててカナタの胴に向かっていた私の足をカナタが足裏で受け止める。その衝撃を利用して二人とも距離をとる。ズザサーっと地面をする音が響く。
「うむ。いい感じでござる。ちょっと本気を出すでござる。」
そういうと、先ほどよりも速いスピードでこちらに向かって走って来る。いや、走って来るというよりも地面すれすれを跳んでくる。
「くっ!!」
カナタの斬撃をかわし、避けられない物を木刀で弾いていく。剣の腕に関して、私はカナタにははるかに及ばない。努力はしているがカナタは天才だ。今は背中さえ見えない。
しかし及ばないからと言って戦えないわけじゃない。戦いには流れがある。それが来るのをひたすらに待つだけだ。
待つだけなんだけど・・・攻撃する隙が全く無いじゃないの!!
防ぐだけで精一杯で攻撃することが出来ない。石の投擲など無駄なことをすればその隙をつかれて勝負は決してしまう。出来るのはただカナタの斬撃から防御するだけ。
十数分攻撃を防いでいただろうか、カナタがいきなり距離を取った。
「ふぅー、終わりでござる。攻めきれなかったでござるな。」
「こっちは攻撃さえ出来なかったわよ。」
礼をして互いに剣を収める。そして私たちに対してぱちぱちと拍手が送られる。
「カナタ相手にここまで出来れば大したもんだよ。」
そう私を褒めてくれたのはミスミだ。大盾を振り回して訓練しながらこちらの試合を見てくれていたのだ。まだ朝早いので起きているのは私たち3人くらいだろう。
「いやー、アンと打ち合うことが出来る者は多いでござろうが、打ち倒すことが出来る者は少なかろう。」
「そうね。私の剣術は防御主体だから。幸いにもこの学園でSクラス以外に勝負で負けたことは無いわ。」
「ああ、あれか。いいよな。アン、変わっておくれよ。」
「変われるなら変わりたいわよ。」
ミスミの言うアレとは、シンに告白するために私に勝負を挑んでくる有象無象のことだ。いや有象無象は言い方が悪いか。男に恋した可哀そうな男子生徒たちだ。
新聞部が取材に来た時にお願いして、まず私を通すように書いてもらったのだがそれが掲載されて数日間が本当にひどかった。さすがに寮の中まで入ってくることは無かったが、午後の罠学の授業中に襲って来たり、食事中に襲って来たり、帰り道を集団で待ち伏せして襲って来たりといい加減にして!!と言いたくなるような状況だったのだ。結局、現状を見かねたシャロが月一回の集会の時に全校生徒の前で私に勝負を挑む場合は、正々堂々と午後の授業の終了後に挑むようにと宣言したことで一旦落ち着いた。まぁ食堂で襲ってきた馬鹿な男子は一緒に食事を食べていたカナタとミスミにボコボコにされて、その後は見ていないので諦めたのだろう。
で、現状一番厄介なのは・・・
「それで、貴公子はまだ毎日挑んでくるのかい?」
「うん。そろそろ諦めてほしいんだけどね。」
「まあ恋は盲目と言うでござるからな。自分の実力が見えていないのでござるよ。」
こんな風にボロボロに言われている張本人の貴公子とは、何を隠そう生徒会副会長のジャックさんだ。報道部の壁新聞で私に挑戦してほしいという掲示がされた当日から毎日勝負を挑んできている。まあ正々堂々と戦いを挑んで来るのでマシな部類だが、試合前に愛のためにとか叫ぶのはやめて欲しい。聞いているこっちが恥ずかしくなる。
まあ並以上の実力があるとは言え、格の違うシンとの訓練をさんざん行っている私にとってははっきり言っていい鴨だ。負ける気がしない。負けないのは良いことなのだが、どれだけ打たれても諦めずに向かってくるのでとても厄介だ。主にジャックファンの女子生徒の嫉妬と言うか怨嗟と言うか、そっち方面で。しかもなぜかジャックさんが恋い焦がれているシンじゃなくて、私にその感情が向かっているのよね。物語の悪役になった気分だわ。
まあそんなこともあって私の学園内の友人はSクラスを除けば片手で数えるほどしかいない。思っていた学園生活とはだいぶ違うが、いい友人に恵まれているから文句を言うのもお門違いよね。
学園生活も5か月が過ぎ、その間シャロを狙うような刺客もいないし、Sクラスを作ったり、最初に迷宮に突っ込んだ以外で暴走するようなこともない。シンとの魔法研究が面白いようでそっちに集中しているため平和が続いている。まだまだ図書室で読みたい本もいっぱいあるし平和が一番だ。
「そういえば専門対抗戦にアンは出るのかい?」
「たぶん出るんじゃない。なにせ私の教室私しかいないし。ミスミとカナタは代表に選ばれたんだよね。おめでとう。」
「いやー、今から楽しみでござるな。」
2週間後に専門対抗戦と呼ばれるこの学園の行事が行われる。午後の専門授業の各クラスごとに代表者10名を選んで1人の王様とそれを守る騎士として他のクラスと戦っていくのだ。もちろん生産系のクラスは出場しないのだが、自分の作った武器や防具、アイテムなどがどのように使われているか安全に見ることの出来る機会として人気があるそうだ。
普通の専門クラスは3学年合同なので少なくとも10人を切るようなことはないのだが、罠学を選択しているのは依然として私だけだ。出場するなら私一人で出場ということになるだろう。
「さあて、どんなことになるのかな?」
そんな風に話しながら、3人で剣や盾の型稽古を続けていくのだった。
「というわけでスタウト先生。罠学のクラスは専門対抗戦に出場するんですか?」
「何がというわけなのかわからんが、出なくていいぞ。」
「いいんですか?」
午後の罠学の専門授業に入る前に気になったので聞いてみたのだが予想外の出なくていいという回答だった。本当に良いの?
「だって出場手続きとかあるんだぞ。面倒だろ。それにアン1人しかいねぇし。勝てねぇ勝負はしない、それが俺の主義だからな。まあこの教室も後1年だし別にいいだろ。」
「はあ、そうですか・・・ってなんですか!!あと1年って。」
「あれっ、言ってなかったか?俺の罠学の教室は今年限りで終わる予定だぞ。まあ学ぶ生徒もほとんどいねえし成果もだしてねえしな。」
「そんな、困ります!」
確かに罠学は人気がない。この罠学が必要なのは基本的にシーフと呼ばれる冒険者たちや騎士団の斥候役などであるのだがこの学園に入るような学生はほぼ騎士を目指す者ばかりだし、冒険者を目指している者も盾役や前衛、魔法使いなどの花形と呼ばれる役割を目指している。つまり地味で裏方なイメージのあるこの授業を受ける人は変わり者か私のように誰かの従者が主人をサポートするために受けるくらいしか無いのだ。
スタウト先生も私が訓練している間、食事を食べ始めたり、全く関係のない本を読んでいたりそして読みながら寝たりとろくな授業態度ではない。二言目には面倒くさいって言うし。
しかし私はこのいい加減なスタウト先生が好きだ。もちろん異性としてではないけれど。面倒くさいって言いながら教えるときは真剣に教えてくれるし、私の疑問にもすぐにわかりやすく答えてくれる。私が打てば必ず響いてくれるのだ。それに罠に関しては本当に詳しい。図書室の本にも書いていないような裏技や根本まで知っている。習うなら私はスタウト先生がいい。
「もし、このクラスが無くなったら先生はどうなるんですか?」
「俺か?まあ運が良ければ教室を持たない補助教員に降格、運が悪ければ放逐って感じじゃねえか?」
「大事じゃないですか!!」
私の声にスタウト先生が耳を押さえて顔をしかめる。いや、大声を出しちゃったのは申し訳ないと思うけれどそこまでじゃなかったでしょ。それにしても職を失うかもしれないっていうのになんでそんなに危機感がないのよ!
「わかりました。」
「?」
「専門対抗戦に出ます。そしてこの罠学の必要性をこの学園にアピールしてみせます。そして卒業まで絶対に授業してもらいますからね。」
「うわっ、面倒くせえ。」
ものすごく嫌そうなスタウト先生とやる気に満ちた私はどこまでも相容れなかった。
新章入ります。
ぼちぼち書いて行きますのでよろしくお願いします。




