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白花に刻まれた運命  作者: rara
第1章 その夜会で、私の世界は変わった

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6/6

夜会当日。


昼過ぎまで花屋を手伝っていたレイは、ナタリーの手を借りて支度をしていた。


鏡の前で、母に髪を編み込まれる。


指先の優しさが、いつもより少しだけ遅い気がした。



「大丈夫……?レイ」


ナタリーの声は、いつもより静かだった。


レイは小さく頷く。


「うん」


言葉はそれだけだった。



昨夜から胸の奥に残っているものがある。


消えないまま、そこに沈んでいる。



「実はね、レオに告白されたの」


少しだけ迷ってから、レイは口を開いた。



ナタリーの目が、ぱっと明るくなる。


「まあ……!おめでとう」



その反応に、レイは少しだけ息を吐いた。


(やっぱり、そうなるよね)



「嬉しくなかったの?」


「嬉しかったけど……」


言いかけて、止める。


言葉にすると、何かが変わってしまいそうだった。



ナタリーは一瞬だけ困ったように笑い、すぐに優しく言った。


「ゆっくり考えたらいいわ」



その声は、祝福というより“待つ声”だった。




支度が進むにつれ、レイは少しずつ別の人になっていく。


淡いピンクのドレス。


レースの重なり。


鏡の中の自分が、知らない人みたいだった。



「ねぇ、とってもいい」


ナタリーは小さく笑った。


「お母さんのお気に入りのドレスだったの。レイに着せられてよかった」



その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。


でも同時に、どこか遠くで何かがざわついていた。



「お母さんはね、ガラスの靴も馬車も用意できないけど」


ナタリーは少しだけ笑って、レイの肩を撫でた。


「それでもあなたには、ちゃんと幸せになってほしいの」



その声が、やけに遠く感じた。


そしてナタリーは一瞬、何かを思い出したように動きを止めた。


「……そうだわ」


小さく呟いて、化粧台の引き出しを開ける。


そこから白い布が出てきた。



「お母さん、これ……?」


レイが聞くと、ナタリーは少しだけ視線を逸らした。


「アリセナ国ではね……これは隠しておいた方がいいの」



レイの袖が、そっと捲られる。


冷たい指先が肌に触れた瞬間、少しだけ心臓が跳ねた。



包帯が巻かれていく。


ゆっくりと、丁寧に。


まるで“見てはいけないもの”を包むみたいに。



「どうしてかしら……?」


レイは小さく呟いた。


「この国では、刺青ってお守りとか、祈りの意味なのに」



右腕の内側。


包帯の下にあるそれは、レイにとっては“当たり前の一部”だった。



薄紫の小さな花がいくつも連なり、知らない言葉がその間に刻まれている。


幼い頃、病弱だった自分に“生きてほしい”と願って刻まれたものだと聞いていた。


痛みよりも先に、母の手の温もりを思い出すような記憶だった。




でも今、ナタリーの指は少しだけ震えていた。


「お母さん……これ、何か悪いものなの?」


問いかけると、ナタリーは一瞬だけ固まった。



「悪いものじゃないわ」


すぐに否定したその声は、少しだけ強すぎた。


「ただ……この国では、そう見える人もいるの」



その言葉だけが、やけに曖昧だった。



レイは自分の腕を見つめる。


ずっと自分の一部だったものなのに、急に“他人の目”が入り込んできた気がした。



(どうして今になって、こんなふうに隠すの?)



問いかけは喉の奥で止まる。


ナタリーの顔を見た瞬間、それ以上聞けなかった。



ナタリーは包帯の端を結びながら、小さく息を吐いた。


まるで何かを飲み込むように。


「あなたが嫌な思いをしないように、ね」


その声は優しいのに、どこか遠かった。



外から馬の音がした。


一瞬で、空気が変わる。


窓を開けると、白馬が一頭。


その上に、レオがいた。


「レイ、迎えに来たよ」



その笑顔は、いつもよりずっと明るくて。


だからこそ、少しだけ怖かった。



ナタリーは小さく笑った。


「王子様が迎えに来るなんて……本当にお姫様ね」


その言葉に、レイは照れて笑う。


でもナタリーはその横顔を見ながら、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


(どうか、この子が……)


言葉にならない何かを飲み込むように、ナタリーはレイの髪を撫でた。


「行ってらっしゃい、レイ」


「……行ってきます」



白馬が動き出す。


その瞬間だけ、世界が少し遠ざかった気がした。

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