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外の子  作者: 山田太郎
15/27

一五

 やがてバスは出発した。

 大きなバスの車内には運転手を入れても四、五人ほどしか乗っていなかった。

 F工場からM駅前までの往復バス。つい四年ほど前は二十分置きに出発していたが、今は三十分置きになっていた。

 これも不況の影響なのだろうか。

 金山の頭にちらりとそんな思いが浮かんでいた。

 会話一つないひっそりとした車内。聞こえてくるのは金山の鼻すすりと咳払いの音と、バスのエンジンの音のみであった。

 運転手はロボットのように存在感がなく、金山よりも後の方の席に座っているだろう人たちも、まったく存在感を感じさせない。

 それでもバスはかなりのスピードで進んでいた。ほとんど信号待ちもない。

 二十分ほど走り続けると、F工場の正門の前に到着した。

 バスのドアが開かれて、乗客が金山の横を通り過ぎていく。

 そして彼も立ち上がり、バスの出口へと向かった。

 バスを後にした金山は、正門の受付に進んだ。

「すみません、中に入りたいんですが……」

 受付口に立ち、彼はモジモジした態度でそう言った。

「通門カードはお持ちじゃないんですか?」

 警備員はそう尋ねた。

「はい、今は持ってないです。でも以前ここで働いたことがあります」

 金山は大きすぎる声でそう答えた。

 彼は少し耳が悪かった。

「そうですか。では再発行しますので、身分を証明できるもののご提示をお願いします」

 金山は財布から国民健康保険証を引っ張り出して、差し出した。

 警備員はそれを受け取って、メモに何かを書き写していた。そしてパソコンに何かを入力し、それから金山の顔をじっと見た。

「パスポートとか運転免許書とか、なにか顔写真が載っているものをお持ちじゃないですか?」

「いえ、持ってませんが……」

 金山は驚いてそう答えた。

「そうですか……では顔写真を一枚撮らせてもらっていいですか?」

「はい、別にいいですけど……」

 金山がそう答えると、警備員はデジタルカメラを彼に向けて、パチパチと何回か撮影した。

「少々お待ちください……」

 警備員はそう言って、再びパソコンをいじりだした。

 それから再度、金山の顔を見た。

「発行に二十分程度かかりますので……」

 警備員はそう言って、奥の方へと引っ込んだ。そしてかわりの警備員が受付に座り、じろりと金山を見た。

 金山はしばしその場に立ち尽くし、ぼんやりと警備員の顔を眺めた後に、一旦正門を後にした。そして自動販売機を求めて歩き始めた。

 それはすぐに見つかって、温かいお茶を購入した。そして近くの公園のベンチに座って、ぼんやりしていた。

 F工場は国営工場だった。厚生労働省が運営していた。そして警備員は、警察官だった。その敷地内には職業安定所があった。職業訓練スクールもあった。その敷地面積は広大であった。その中にたくさんの製造会社が入っていた。実際に物を作っているのは民間の製造会社であった。管理しているのは国である。特殊な工場であった。

(なんか前よりもだいぶ変わっている。前は健康保険だけですぐに入れたのに。カードの発行なんかもすぐだったのに……)

 金山はさきほどの出来事について、ぼんやりと考えていた。

(写真まで撮られて、なんか犯罪者か何かになった気分だ。まあ別にどうでもいいけど。とにかくF工場に入って、ちょっとブラブラしよう。で、内田さんに相談してみよう。なんか俺にも出来そうな仕事があるかどうか。別に今回は仕事をしに来たわけではない。久しぶりにF工場を見に来たのだ。いわば工場見学のようなものだ。で、そうだな……あわよくば、働き始めても良いのだけど、基本的には内田さんとだけ話をして、今回はそのまま家に帰るつもりだ。とにかくムリは禁物だ……)

 金山はぶつぶつとそう呟いていた。

 どうにも気が重くて、働く気にはなれなかった。止まらない咳払いや鼻すすりも気になるし、顔面の疼きも気になる。

 そして疲労感、けだるさ。どうにも働けそうな気にはなれなかった。

 しかしこの症状は、治るものではない。だからつべこべ言わずに働くべきだ。働かざる者は食うべからずである。

 そう、確かに働く。どっちみち働く。

 ただそれは、今日ではないと思う。今日はただ様子を見て、内田さんと話をして、それだけである。

 それだけなら自分にも出来そうな気がした。それ以上のことをしようと考えるだけで、胸が苦しくて、重圧に押しつぶされそうになる。

 金山は自分自身と色々と問答しながら、チラチラと公園の時計の針を見ていた。

(エンジョイだ。エンジョイ。今日は遊びに来たんだ。工場見学だ。なんかすでにぐったりしたけど、遊びだ。遊び。気楽に遊んでくるのだ)

 そろそろ時間になった頃、金山は自分にそう言い聞かせて、再びF工場の正門の受付へと向かった。

「すみません、先ほど伺ったものですが、通門カードは出来ましたか?」

「お名前をフルネームでどうぞ」

「はい、金山正夫といいます」

 警備員はチラリと机の端に目を走らせた。

「はい、どうぞ……」

 そう言って、通門カードと名札が差し出された。

「どうもありがとうございます」

 金山はカードと名札を受け取り、早速胸のポケットのところにそれを付けた。そしてとりあえずはF工場の営業担当者──内田のいる事務所の近くの休憩室を目指して歩き始めた。


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